85:流石
デザインパターンまで仕上げたココアが組み立てに加わり、ココアとカノンが組み立て後にやっていた箱詰めはシアに任せ作業を続ける。
胴軸の持ち手側に飾輪を填めてケツのネジ蓋を填め殺し、キャップの溝にクリップを挿し入れてカチッとロック。ペン芯にペン先を填め、ペン先を上向きにしてカートリッジインクを捻らず奥まで真っ直ぐ差し、首軸を填める。胴軸に首軸ネジを填め、キャップもネジ填めて完成。
一本の組み立てにかかる時間は、丁寧を心がけて一分前後。
ブレインブースト効果で一本を二十秒で組む俺の速さは圧倒的だが、一時間が経った頃には、ルグもココアたちと同等の一分前後で組めるようになった。
通常は、八時から十八時までの十時間を勤務時間にしている。
年明け頃までは十七時で切り上げていたが、晩メシは外食なので、結局はリリを待つ時間があると気づいて十八時に延ばした。
休憩は十時と十五時に三十分と、十二時から十三時までの一時間。
そこに任意の小休憩を入れれば、実働は七時間半くらいだ。
まあ、二月の修羅場は七時から二十二時までぶっ通しで死ねたが。
ルグを加えた五名で一日に三〇〇〇本を組むと仮定すれば、残り二万六〇〇〇本程なので、九日間をみておけば、十日に一度の休息日を取っても八月十九日に終わる。シアが箱詰め専門要員として加わった点も、何気に貢献度が高い。
ジャンがいつ引き渡されるのか判らないが、記帳や護衛込みの輸送手配をしてくれるようになれば、ユウトとカノンの負担もかなり減るだろう。
ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ!
十八時を報せるアラームが鳴った。
「よーし、今日も色々頑張った。お疲れさーん」
「おっつー」
「お疲れ様でした」
「お茶淹れてくるね」
「お、お疲れ様でした…」
「もう終わるの?」
ブラックな発言が聞こえてきたんだが。
「ホランドンは何時何時だったんだ?」
「朝七時から夜八時まででした」
「時間的に半日って計算か」
「休憩時間はどんなだったの?」
「昼の一時から一時間なの」
「いくら半日とはいえ、十二時間労働は厳しいですね」
カノンがお茶を持ってきたところで、このところ考えていたことを話す。
「ルグとシアに、追っつけジャンも加わることだし、従業員の月給を上げようと思う。つーか上げたい。どうよ」
「さんせーい」
「私も賛成」
「僕も同様です。いくらにするんです?」
「三十万ユルグ」
「「三十万!?」」
ホランドンはブラックだったと。
「妥当だと思います」
「私も」
「あたしはもっと上げていいと思うんだけど」
「いや、上げ過ぎると問題が起きる。たぶん」
俺なら「あ‟?」で済ませるが、西広場工場の女性陣はヤバいだろう。
現状の二〇万でも夫より稼いでる人が多い可能性はかなり高い。
「あそっか。お母さんたちが夫婦喧嘩になるかも的な」
「それ的な」
「西広場工場の建物が、嫌がらせで損害を被る可能性もありますね」
「逆に求職者が殺到するのも困るよね」
うちで働くことが家庭内や近隣との不和に繋がるのは避けたいので、昇給の条件に「口外を慎む」を入れておきたい。そんで上手いことヘソクリを貯めてくれって感じだ。女独りでも暮らしていけるから離婚……うん、考えないでおこう。
「西広場工場にお母さん?」
「そだよ。今四十人のお母さんたちが働いてる」
「あの、今はいくらなんですか?」
「二十万だね」
「「っ……」」
おいおい、ホランドンの月給が気になるんじゃねえか。
年末には業績賞与も考えてたんだが、先送りする方が良さそうだな。
「あぁそうだ、カノンは術式無効化するのあるよな? コア壊してもいいけど」
「私も後で言おうと思ってたの。解術していい?」
「やっちゃって」
「【解術】」
俺とルグ、シアに繋がっていたパスが消えた。
「今のは…」
「隷属が消えたの…」
「これでルグとシアは奴隷じゃなくなった。つーか、手の焼き印も消せねえ?」
「帰って調べれば出来ると思う」
「帰って? 家にか?」
「うん」
カノンは闇系統にある【麻痺】の初級術式を改造して、【麻酔】という術式を創った。局部と全身の二種があるらしい。
要は麻酔をかけて皮膚を切り取って【治癒】すれば消せるってアイデアだが、皮膚を一定の厚さでスライスする手術具の記憶が曖昧だと。
スマホの外部メモリに医学関連書をわさっと入れているので、熱傷や皮膚移植の辺りを調べれば載ってるんじゃないか、みたいな。普通にめんどい。
「現代医学に拘りすぎじゃね?」
「イオくん何かアイデアあるの?」
「焼き印を上からガッツリ焼いてハイヒールとか」
「あ…上手くいきそう」
「黒須さん天才ですね」
「だろう?」(ドヤ顔)
「センパイのドヤ顔がヒドイけど、良かったねシア」
「…どうしてそんなに良くしてくれるの?」
「はい、センパイ」
「丸投げかい。別に理由なんか要らんだろ。消したいから消す、じゃダメか?」
「ううん。嬉しいの。ありがとうなの」
「あの! 俺とシアは命を懸けて働きます! ありがとうございます!」
「「重い」」
ハモったココアと顔を見合わせサムアップ。
「分かってねえ臭いから言っとくぞ。ルグとシアは普通の従業員になる。月給も三十万払うから、今日の二七〇万と九軒の賠償金を工房にコツコツ返済しろ」
「給金までもらえるんですか!?」
「なんか言ってんぞユウト、労働基準法でも語ってやれ」
「余計に混乱すると思いますけど」(苦笑)
カチャ キィィ
「お待たせイオリ~」
「ん、お疲れさん」
「二人ともいるね。工房で雇うんでしょ?」
「雇う。あんな恰好だし今日は持ち帰って家で食おう。自己紹介もそん時な」
「そうだね」
「ルグとシアは食う前に風呂だぞ」
「「???」」
「二人ともイミフって顔してるし」
「知らん慣れろ。んじゃ行くべ」
無駄な時間を使うのも馬鹿らしいので、ブラン宗家の姫様を指示役に任命してルーカス宅を後にした。流石は姫様、非常にスムーズな誘導である。
にしても、奴隷落ちして一ヵ月も経っていないだろうに、何年も奴隷だったかのような反応と態度は、それだけ奴隷について見聞きする機会が多いんだろう。
二人と同じようにアデーレへ流れ着く元ホランドンの従業員がいるなら、なるべく雇ってやりたいと思う。まあ、会ってみないと判らないが。
リリ指導の下、ルグは四階、シアは三階の風呂で身綺麗にして、ココアがソッコーで作ったパジャマ姿でおずおずと食卓についた。シアよりもルグの入浴時間が長ったのはどういうことか。まぁ好きなだけ入っていいんだけども。
「こっちルグの、こっちシアのね」
ココアが指差したのは、ツナギ作業服と魔法少女コス、ならぬシアの普段着。
「こんな高価な衣装…もらってもいいんですか?」
「ありがとうなの! 可愛いの♪」
「シアみたいに素直に喜んどけ。そして食え」
コクコクと頷いたルグは、喜ぶシアを諭すようにして服をワゴンに戻させ、出逢った頃のリリと同じような祈りを捧げ始めた。「いただきます」の祈りだ。
「美味い…」
「美味しいの」
何の変哲もない、むしろお安い部類の食堂の料理が身に染みているようだ。
リリと出逢わなかったら、ルーカスを紹介してもらえてなければ、俺たちが二人のような境遇になっていただろう。
「今日からルグはそこの廊下の手前側の部屋、シアはその奥の部屋な」
「「え…」」
「向かいの部屋から夜な夜な変な声が聞こえたらレポート用紙に――」
「レポートを書かせないでください!」
「じゃあ口頭で詳しく――」
「やめてーーー! 遮音する! 絶対に遮音するんだからね!」
カノンにはその手があったか…無念だ。いや俺なに言ってんだアホか。
「あ、あの、俺たちを住まわせてくれるんですか…?」
「飽きた」「ウザイ」
「ウザイは酷くね?」
「じゃあキモイ?」
「違うよココア、めんどいだよ」
流石だ。俺のカノジョたちはこでなきゃ。




