86:詫び入れ行脚
『卵がこんなに…』とか、『甘いパンがこんなに…』とか、ルグは今朝もエコノミックカルチャーショックが止まらない様子。まぁガン無視だ。
「食い逃げした食堂と、果物パクった露店を全部憶えてるか?」
「街へ行けば分かると思います」
「シアは憶えてるの」
「なら詫び入れと金払いに行くか」
「あたしも行きたい! てか飛びたい!」
「イオリ私もー!」
「無理」
「「えーーー!」」
そもそも飛べないから空を走ってるわけで、小脇に抱えておかないと落ちて死ぬ。
俺の腕は二本しかないのだよ。
空を見上げても「大きな鳥かな?」と思われる高度を走るので、もし落ちたらリアル肉塊になる。もう大惨事だ。
「ルグとシアだけず~る~い~」
「イオリすぺしゃるもしてくれなかった~~~」
楽しみにしてたのかよ。
「ココアは休息日に服を仕上げる言うてたろ。スゲー待ち遠しいんだが?」
「むぅ」
「私は何もない!」
「手伝えし!」
「あの、意味が分からないんですが」
「シャラップ。お手」
「俺犬ではないんですが…」
虎はネコ科か。犬人はお手するってことか?
いや初見で「お手」とか言ったらぶん殴られるな。
「とりまスニーカーぼろぼろだからブーツはマストで」
「ん。帰って来たらファッションショーね」
「りょ。ユウトカノンはなんかするのか?」
「暇なので工房の裏庭で管を造ろうかと」
「私は残りの配管図を仕上げるよ」
「任せっきりでごめんな」
「気にしないでください。浄化施設は黒須さんじゃないと造形できません」
「役割分担だから気にしないで」
頷きを返して書斎へ行き、金庫からユルグ硬貨をありったけ革袋に詰める。
何気にルグのツナギ「良いな」と思いつつ玄関を出て、西広場工場の裏手へ。
「シアは俺の腕に座って首に腕を回す。ルグは…腕に掴まってろ」
左腕にひょいとシアを抱え、こっちを向いてるルグに『背を向けろ』と言って後ろから胸に腕を回しツナギを掴んだ。
「ブーストで空へ高くジャンプするから掴まってろ。落ちたら死ぬぞ」
シアが「こいつナニ言ってんだ?」みたいな顔をしてる。
掛け値なしにカワイイんだが、エルフは幼児体形だから楽しくはない。
魔孔を閉じたまま苦行のダブルブースト八割で地面を…蹴る!
「ひゅわ!?」「う‟っ!?」
靴底に足場を創ってもうひと蹴り!
「ぬおっ!?」
「ふわぁ~~~! すごーーーい! 高い高いーーー♪」
シアが他界他界しないようしっかり抱え、新しい足場を創って高空に静止。
ルグは高所恐怖症か? シアがはしゃぎ終わるまで待ってやろう。
「さて、王都側からやっつけるぞ。王都でも食い逃げしたか?」
「初めてはウルヴァン領都なの。北門の近くだったの」
乗り合い馬車を降りた街だな、オッケー。
「シア」
「なに?」
「どんどん速くなるから、無理になったら俺の首をつねって」
「うん、わかったの」
「ルグ」
「は、はい」
「耐えろ」
「が、頑張ります」
高度が高くなりすぎると冬目前でクソ寒いので、左右の靴底に足場を創りクラウチングスタートっぽく前傾する。
重力魔法のすごいところは、好きな形に創った足場を意思で制御できる点だ。
例えば、「引っ張れ」と念じれば逆さになっても落下しないし、「反発しろ」と念じればロケットスタートを切れる。僅かでも重力に関係していれば自在だ。
「行くぞ」
ドンッ!
「「っ!?」」
一歩ごとに加速度が増していき、三歩目ともなれば、ブレインブーストなしだと景色を楽しめる速度じゃなくなる。ここからは「反発するな」と念じ、ブースト筋力だけで走っていく。言うても余裕で時速三〇〇キロメートルを超えている。
進行方向に四角推の風防を創っても、音速を超えると色々不都合が出ると判ったので、時速三〇〇キロを維持する感覚を掴むまでは苦労した。
ヴォーリッツ王国では、辺境伯を除いた上級貴族家ほど領地が王都に近い。
上級貴族家の領地に入ると街道が石敷きに変わるため、王都圏に入ったと判る。
ライカの王都圏独占販売契約も、条項には〝石敷きの街道〟という言葉を使っている。
(王都が見えた。ってことはアレだな)
ブースト率を下げると共に速度が落ちていき、ウルヴァン領都の上空で静止。
どこに降りようかとテクテク歩き、北門から一番近い公園の敷地壁と樹木の間を選んで落下。
「「ひっ!?」」
真下を見ながら視点を定めた位置に足場を創り、踏む瞬間に「ゆっくり沈め」と念じる。踏んだ足場はトランポリンのように沈み込み、衝撃がなくなったところで消して次の足場を創る。
「よっと」
「落ちた時はびっくりしたけど楽しかったの!」
「これがあと八回も…」
両膝を地について項垂れるルグの後頭部をスパンと叩き、シアの案内で着いた先は果物露店。厳ついオッサンが果物屋ってのはイメージじゃない。
「ちょっといいか?」
「らっしゃい」
「客じゃないんだけど、後ろの二人に見覚えない?」
「……いや、知らない顔だ」
七月後半に果物を盗まれなかったかと問えば、『バナナひと枝を盗まれた』と。
房じゃなく?と思いつつ露店を見やれば、いくつもの房バナナをつけた枝が吊るされている。
(へぇ~、バナナってこんな感じかあ。二人ならひと枝で三日はもつな)
「思い出した! お前! バナナ盗んだ獣人だな!」
「キレられても仕方ないが落ち着いてくれ。ルグ、シア」
「盗んでしまい申し訳ありませんでした!」
「ごめんなさいなの!」
ルグとシアは両膝を地について胸の前で手を組み、店主を見上げた。
「犯罪奴隷に落ちてた二人を俺が買ったんだ。詫び入れと賠償金を払いに来た」
「ああ、そういうことか」
ホランドン錬金工房潰しは、二〇〇名を超える軍が出張った二ノ竜事案だったため、噂はかなり拡散している。店主に掻い摘んでルグとシアが陥った境遇を話し聞かせると、顰め面ながら『そういうことなら仕方ない』と飲み込んでくれた。
「賠償金はキリよく二万ユルグを払う」
「…いいのか?」
「受け取ってくれ。二人が働いて俺に返済するだけだ」
「兄さん何者だ?」
「前後したが、俺はこういう者でね」
シルバラッド錬金工房 主幹錬金術師肩書きの名刺を渡す。
「シルバラッドと言えば、国随一の錬金術師だよな?」
「ああ、年内に叙爵されてシュミッツ男爵代官に就任する」
「そ、そうか、分かった。二人の謝罪を受け入れる」
「感謝する」
「ありがとうございます!」
「ありがとうなの!」
こうして九箇所の賠償先を巡り、夕陽に照らされるアデーレへ戻った。
「クロス様、ありがとうございました」
「クロス様、ありがとうなの」
「ったく、奴隷根性が抜けてねえな? イオリでいい」
「イオリさん、懸命に働いてお返しします」
「シアも頑張って働くの」
「そんなに重く考えることじゃねえんだがな」
帳簿上は八月一日付で雇用したことにし、毎月末の給料三〇万から一人二〇万、二人分で四〇万ユルグを差っ引いて支給する。
俺への負債総額三〇二万なんぞ、来年五月で完済だ。
うちで暮らす間は生活費を払う必要もないので、月に十万は好きにすればいい。
先々に兄妹で暮らすとしても、毎月六〇万あれば問題ないだろう。
「俺たちが初めて仕事に就いたのは、去年の九月一日だ」
「「えっ!?」」
「一年足らずだが、やれることは全部やってきたと自信を持って言える。ルグとシアもやれることを全部やれ。判らないことは知ってる奴に聞けばいい。出来ないことは出来る奴に習えばいい。大変だが簡単だ。気張って幸せになれ」
「はい!」「はいなの!」
出来るようになったら、ユルグじゃなくシリンにしようと思いつつ家に入った。




