82:事務職
ダンカンは基準品と高級品に絞って様子見の販促をかけるらしく、前者の注文数が二〇〇で、後者は五〇〇。注文数だけで見れば、いかにライカ商会の販売力が凶悪か判るというものだ。
「錬金術に組立がありゃいいのにな」
「センパイ作って」
「無茶言うな。イメージすら出来んわ。ユウト、組み立てロボ造れ。変形するやつ」
「それこそ無茶ですよ。ロマンはありますけど」
「西広場の従業員さんたちと分担してこの数だもんね」
「亜麻が季節物ってのを考えりゃ、おばさんらの仕事が切れないのはいいけどな」
「組立工を雇います?」
「お前が通年でイイ感じの数量を受注するならな」
「やめておきましょう」
身から出た錆というか、自業自得というか、軍向けの複合魔導具の主要材料は入荷済みなんだが、万年筆の組み立てがコア部品製造着手を許してくれない。
世の中にないモノを売り出してるから、どうしても注文が殺到してしまう。
まあ、あるモノを造っても一味、二味違うモノになるだろうから同じだな。
「今日何日だっけ」
「わかんなーい」
「八日だよ」
「あ! 八月八日って初めてセンパイん家に行った日だ!」
「おー、紅茶淹れるっつって母さんのお高いティーポット割った日な」
「ナ、ナンノコトカナ…(思い出しただけでお腹がキューてなる…)」
当初は八月末までに材料が揃えば御の字だと思っていたことだし、万年筆の組み立ても残り三万本を切った。八月半ばには複合魔導具に手を付けられそうだ。
「余裕っちゃ余裕だな」
「そういえば、あと三十日で一年が経ちますね」
「精霊祭か、早いな」
「あたしね、こっち楽しい」
「私も充実してる」
「僕もです。加えて幸せです」
幸せを実感できるのは大事なことで良いことだ。
地球のカレンダーならとっくに一年が過ぎてる。
今こうして焦りや不安を抱えずにいられるのは、頑張ってきた証拠だろう。
「人を雇う話に戻りますけど、そろそろ事務職が欲しいです」
「いると助かるね」
ユウトとカノンは既に各種帳票や帳簿を作っていて、在庫管理と生産管理帳簿の記入は家で寝る前にやっている。労務負担が均等じゃないのは良くない。こういうのが積み重なって関係が破綻しないとも限らないのだし。
「こういう人、みたいな希望はあるか?」
「ギルド事務職相当の能力は必要です」
「それなりの教育を受けた人じゃないと、教えても解からないと思う」
「アデーレに学校ないよね?」
「ないな」
月謝制で読み書きや算数を教えている爺さんはいる。
男尊女卑思想が根強いからか、不思議なくらい女性の識字率が低いのも問題だ。
「能力があっても、魔導金属など特殊材料の学びに抵抗感がある人は困ります」
「抵抗感っつーと?」
「では黒須さん、今日から術式構築理論を日々学んでください」
「くっ、分かり易なコノヤロ」
「身元が不確かで変に賢い人も怖いよね」
「不潔レベルがヤバいのもイヤー」
「いざとなる色々あるな。なんにしろ探すなら領都か」
辺境伯には「困ったら相談しろ」と言われているが、タダより高いものはない。
ルーカスを頼るのとは訳が違うので、借りを作ると身動きが取れなくなりそうな怖さもある。
「身元が確かで教育受けてて金属好きで小綺麗で暇な奴。んな奴いるわけ…ん?」
「いるの?」
「暇じゃねえけど一人いる」
「暇じゃないならヘッドハントかな?」
「違う」
「誰です?」
「ジャン・レストン」
「「「あ!」」」
辺境伯が公表したくないし出来ないという理由で、鉄の横流し事件その物は揉み消されてる。結果的に、アデーレ代官府が適当な罪科をつけてジャンを鉱山送りにした。
レストン商会頭は後悔していたから、アデーレ代官さえ話を飲んでくれれば、ジャンを鉱山から戻せる可能性がある。
クレームは多かったようだが、製錬・精錬工場責任者として帳簿関係の仕事をしていたし、領都の高等学院卒業成績は兄の商会頭よりも上。
本人も後悔しているだろうから、何気に良い人選じゃなかろうか。
失った人生をやり直せるとなれば頑張るだろうし、あいつは根本的に善人だ。
何より、ジャンを雇っても困る人がいない。
「いいんじゃない? センパイそういうとこ鋭いし」
「僕も悪くないと思います」
「私もオファーしてみる価値があると思う」
「よし、仕事終わりで代官府に突撃すっか。とりま昼メシ行くべ腹減った」
今日も元気だメシが美味い。
少し早めに仕事を切り上げ、代官府へ向かった。
待たされることもなく執務室へ通され、ジャンの身柄引き渡しを頼んだ。
「代官としても個人としても構わぬが、大丈夫か? 借金奴隷が無難であろう?」
「我々では監督できないでしょうか?」
「ふっ、出来ぬ道理がないの。二ノ竜に係わる諸々も耳にしておる」
「恐縮です」
「よかろう。関係各局へ通達し、貴殿に引き渡すよう手配する」
「閣下のご高配に感謝を申し上げます」
「貴殿らの貢献に鑑みれば易いことだ」
ココアから受け取った白木の小箱をスッと差し出し、蓋を開ける。
「おぉ……良いのか?」
「年明けの上下水管敷設でもご不便をかけますので。先日の品はご令息にでも」
「ははは、敵わぬな。されば遠慮なく受け取ろう」
席を立ち、目礼して代官府を後にした。
「センパイが悪い大人に見えた」(笑)
「越後屋と呼んでくれ」(悪い笑顔)
「なんで?」
「なんでだろね?(実際に観たことねえけど時代劇だっけ?)」
「袖の下を目の当たりにしたのは初めてです」(苦笑)
「私もだよ」(苦笑)
目元が緩んで仕方ない代官に進呈したのは、五〇〇万シリンの最高級万年筆。
商品ラインとしては上級貴族向けなので、そりゃあ嬉しかろう。
ヴォーリッツの男爵年金は三〇〇〇万ユルグ。シリン換算なら一〇〇〇万。
今年のアデーレ税収はズドンと上がるから、代官手当もズドンと上がり、収入面で来年なら余裕で買える。
が、貴族は上位者を忖度してナンボなので、領主と同じモノを買い求めるのは憚られる。しかし、製造者に贈られたとなれば、憚ることなく嬉しいの法則が成立する。
「さっき代官に言われて思ったんだけど、チラッと奴隷商会を覗いてみね?」
「興味はありますけど、カノンさんはどうです?」
「私も興味がないと言ったら嘘になるけど、イオくんは買うつもりなの?」
「判らんから覗こうぜって企画。ルーカスも借金奴隷は定期的にチェックして損はねえみたいなこと言ってたもんでさ」
「借金奴隷ってどんなんなの?」
「ルーカスと二ノ竜っつーか、ジェフの話したじゃん」
「うん、あんま憶えてない」
流石だ。俺のカノジョはこうでなくちゃ。
俺も知ったばかりだが、プラスの財産やマイナスの財産に関係なく、兄弟姉妹や子は財産を引き継ぐ義務がある。ルーカス曰く、『貴賤を問わず平等な法はこれくらいだ』と。尚、こっちに相続放棄なんて制度があるはずもなく。
爵位や既得権益を含む官職は世襲が常套だし、現金や土地建物といったプラスの遺産相続に問題はない。「なぜ弟が継承する!?」とか、「どうして私の取り分がこれだけなのよ!?」みたいな揉め事はあるだろうけども。
厄介なのは借金に代表されるマイナスの財産で、借金した奴が死ぬかバックレるかすると、返済能力が高そうな近親者に借金は押し付けられる。
それが問答無用で合法なもんだから、借金を押し付けられると返済するしか道はなく、返済できないなら借金奴隷に落とされて売られる。
「奴隷落ちの時に債権絡みのアレコレがあんだけど、とりま横に置いとく」
「そこに興味があるんですけど」
「お前はホントめんどいな?」
「そう言われても、借金奴隷を買うとなった際の要点になるのでは?」
「まぁそうだな。簡単にいくぞ」
意味は様々だが「質の高い奴隷」なら、債券ごと奴隷商が買うケースもある。
借金奴隷は売られた先で働き、給料は自動的に奴隷商へ支払われる。
債権が借金を踏み倒された者のままなら、そっちへ支払われる。
そこには月次ないし年次の最低返済額と利子があるため、奴隷を買う者はそういった条件を勘案し、買う買わないを決めるわけだ。
つまり、奴隷を買った者には給料を支払う義務が発生する。
しかし、どう働かせるかに法的制約がない点はヤバい。
例えば、性別問わず可愛い子なら、ほぼ間違いなく性奴隷を兼務させられる。
なんせ、こっちはバイセクシャルや男色が多い。
俺らはヤバくないし、あのルーカスがチェックして損はないという価値もある。
それは没落貴族家の子女だ。
奴隷落ちした年齢が成人する十五歳前後なら、性別に関係なく十分な教育を受けている可能性が高い。武術や魔術を使える、なんて奴がいる可能性もある。
「センパイが行くならあたしも行くけど、今から?」
「行くなら明日の昼にリリも誘って。どうよ?」
ユウトとカノンも頷いたので、奴隷商会見学が決まった。




