80:休息日の団欒
ッ! ッ! ッッ! ッッ! ッ! ッッ! ッッッ!!! ヒュヒュヒュン!
「もう一息だな」
詰まるところ風切り音が鳴るのは、振る角度に対して刃筋が立っていないから。
爺さんが言うところの、「剣筋が波打っとるわい馬鹿者」ってやつだろう。
素振りでぶっ倒れることもなくなったし、手の平の豆はタコになった。リリとココアに「手が硬くなったね」と言われたのは何気にショックだったが、なぜショックだったのかは判らん。つまり大した理由じゃない。
コンコン カチャ
「おはようございます」
「おはよ。筋トレ続けてたみたいだな」
「判るんですね」
「よく精悍な顔つきになったって言うだろ。そんな感じだ」
毎日鏡を見てると判りにくいかもしれないが、全体的に締まってきたし、首から顎周りもすっきりしてる。深層筋と中層筋を重点的に鍛えるメニューだったから、マッチョにはならないもんで余計に判りにくいのだろう。
「だからでしょうか、体が軽くなった気はしています」
「体幹がブレなくなったからだな。骨格を含めて正しく体を支えられるようになった、と言い換えてもいい。朝メシ作るから風呂を頼むわ」
「違います黒須さん、ここ新居です」(笑)
「あ、そうだった」(笑)
久しぶりな自宅の朝だから、以前のルーチンに入ってしまった。
「お前も朝メシくらい作れるようになったらどうだ?」
「教えてもらえます?」
「教えるってほど難しくねえよ。来い」
我が家のヘビロテ朝メニューを作る。
先ずは冷めても味が落ちにくいものから。
準備は湯を沸かしながら大判のフライパンをガツンと熱すること。
大食いばかりなので、うちのフライパンは直径が六〇センチもある。
「湯が沸いたら塩をひと掴み入れて、冷凍グリーンピースひと袋を一分茹でてくれ」
「ひと掴みで一分…」
「塩で沸点を上げて解凍するだけって意味だ。茹でたらザルに上げといてくれ」
「なるほど、サイエンスですね」
こっちはボウルに割り入れた卵二十個を溶き、十分に熱したフライパンに植物油を大匙二杯入れ、卵液を一気に投入。
ジュワァァァァァ
朝練の前に冷蔵庫から卵を出し、常温に戻しておくのがちょっとしたコツだ。
「バターじゃないんですね」
「フレンチトーストでバターたっぷり使うからな。これもバターだと重すぎる」
「なるほど」
「ヘラで卵を一方向に寄せていく感じにすると、半熟な部分が残る」
「波打ってるみたいになるんですね」
スクランブルは「かき混ぜる」という意味だが、俺はぼそぼそのスクランブルエッグが好きじゃないので、卵液の上層が半熟になったら皿に移す。中が半熟のオムレツでもいいんだが、五人分のオムレツはめんどい。
「フライパンに豆を全部入れてくれ」
「はい」
塩を小匙山盛り一杯、コリアンダーパウダー、パプリカパウダー、オレガノパウダー、ブラックペッパーパウダー多めを振り入れて軽く炒める。炒めるというより、塩味とスパイスを纏ったら皿に移す。
「これ使ってベーコンを弱火で焼いてくれ」
「フライパン洗わなくていいんですか?」
「洗う理由がねえな」
大判のフライパンをもう一枚出して火にかけ、昨夜仕込んでおいたフレンチトーストを傍に置く。残って固くなったバゲットを厚めに切って牛乳卵液に漬け込んでおくのだが、これも朝練前に冷蔵庫から出して常温に戻す方が、上手く焼けるし美味くもなる。
冷蔵庫からバターを出してデカいスプーンでドンとフライパンに落とし、溶かして全体に回したらバゲットを並べていく。もういい匂い。
アメリカに住んでる母さんが『アメリカ人はバターを冷蔵庫に入れないのよ』と言っていたが、それは一日の消費量が多いからだろう。
「ベーコンは時間がかかるんですね」
「弱火でじっくり焼かないとカリカリにならん。鉄板なら上から錘で押さえて中火なんだが、フライパンだからな。焼けたら他のも全部皿に盛ってくれ」
「分かりました」
フレンチトーストも中弱火でじっくり焼く。そうしないと中心に染みこんでる卵液に火が通らない。冷蔵庫から出してすぐ焼くと冷えてるので、めちゃくちゃ時間がかかる。まあ表面は焦げて中は冷たい仕上がりにしかならない。
そろそろ中心まで熱が入ったかなというところで、強火に上げて表面を軽く焼き付ければ出来上がり。バゲットのエッジだけカリッとしてるヤツが俺は好きだ。
最後に粉砂糖をふりかけ、ホイップクリームにプレーンヨーグルトを混ぜた無糖クリームを添える。これは俺流だ。
そして振り向くと、ココアとリリがダイニングテーブルでナイフとフォークを持ち「早よ!」って顔をし、カノンはちょっと申し訳なさそうな苦笑を浮かべている。とまあ、ここまでがルーチンだ。
「ユウト、冷蔵庫からトマトソース出してくれ」
「はい。……どれですか?」
「いつも使ってんだから憶えとけ! お前好きだろが!」
「はい! すみません!」
メイプルシロップの瓶を小脇に抱え、トマトソースを出して食卓へ。
うちのトマトソースはチリトマトソースでパンチが利いてる。
「では、いただきます!」
「「いただきまーす♪」」
「「いただきます」」
うん、甘いのと塩っぱいのと辛いの。もう最高だ。
「イオリが作るゴハン美味しい♪」
「そりゃ良かった」
「センパイのフレンチトーストって美味いんだよね。どして?」
「美味しくなーれ、萌え――」
「はいはい」
「お前も缶コーヒーにやってただろ!」
「あの頃のあたしは若かった…」
「なに遠い目してんだよ」
「センパイに好かれたくて頑張ってたってこと」(笑)
若かったといえば、俺もう二十二になってんな。
ま、注文日と納期さえはっきりすりゃ一年が何日だろうと構わないし、何歳か判らなくなっても構わない。でもバースデーパーティーは開きたいな。誕生月の休息日前夜にやればいいか。あ、ユウトの十二月がない(笑)
なんか知らんけど、カノンとユウトが挙動不審だ。
「なにコソコソやってる」
「ユウトさん」
「ここはカノンさんの方が安全だと思います」
「そ、そうかな?」
「どっちでもいいから言いたいことがあるなら言えよ」
「あたし分かっちゃった」
「なに」
「センパイの錬金術だよ。特に造形、でしょ?」
カノンとユウトがウンウン! ウンウン!と頷いた。
「イオリの造形がどうしたの?」
「たった二回の造形でバカみたいな数を作っちゃったんだよ」
「言い方な? すごい数で良くね?」
「だが断る!」(笑)
ちょいちょいネタ刺しこんできやがる。
「イオリいくつ作ったの?」
「たぶん二四五七セット」
「「すごっ!」」
「数も判ってるんだ…」
「なぜ二回の造形で異種材料から全てのパーツを造れるのか、僕には全く理解できません。理解どころか想像すらできません」
う~ん、根本的な話をするべきか、浅い話で終わらせるべきか。
今日はガンドウと模擬戦やろうぜ計画だったんだが……この先で二ノ竜みたいなのがまた出て来ないとも限らない。良い機会だと捉えておくか。
「造形を二回使ったのは、感覚っつーか、固定観念の面で素材の硬さが大きく違うからだな。もっと熟練度が上がれば、おそらく一発で全パーツ造れる」
「「えっ!?」」
「センパイ野生? ってか魔獣?」
「夜のイオリ?」
「リリウケる。当たってるけど」(笑)
そこの二人、俺のメンタルをごっそり削らないように。
ガオーってツッコミたいけど、真面目な話しないとだから我慢、我慢。
「今のは表面上の話な。肝になるのはブレインブーストなんだ」
「五感と思考力をブーストするという?」
「認識力と想像力も上がる。昨日のは視覚情報で材料の分量を認識して、パーツ単位で完成形をキッチリ想像した結果だ。フィジカルにしろブレインにしろ、脳と感覚が慣れるまで不都合の方が多い。けど慣れて使いこなせば世界観が変わる」
これは言葉で説明できることじゃない。俺が説明できないだけかもしれないが、ブーストを修得すれば全員の安全度が大きく上がる。工房の仕事も大事だが、俺にとっては皆の安全の方が大事だ。
おそらくリリは簡単に修得する。その次はココアで、カノン、ユウトの順になるのも間違いない。これは魔力操作に長けている順番と言っていい。
「つーことで頑張れ」(サムアップ)
「教えてくれないのかよー」(白目)
ココアは今日も絶好調。ま、教える気がなきゃ話してないわけで。




