79:ライカはヤバい
アデーレにはない辻馬車で北門まで行き、これまたアデーレでは乗る機会がない乗り合い馬車を乗り継いでシュミッツまで…と思ったが、遅いからウルヴァン侯爵とかって人の領都まででやめた。
「走る方が速いの法則!」
ルーカスが借りた馬車は最終的に領都ベルンへ帰るというので、王都から見た方角は北北東。しかしアデーレは北北西なので、街道をたまに無視して走りまくった。
初めは街道ガン無視で走っていたのだが、それは餓死道だと気づいた俺はかなり頭が悪いと思われる。
「あ、イオリ兄ちゃん」
「よぉジッタ、仕事終わりか?」
「うん、これから片付け。おっきな荷物だね。どこか行ってたの?」
「仕事で王都にな」
「いいな~、ぼくも行ってみたいな~」
「王都をお裾分けしてやろう。えーと…ほれ、妹にも分けてやれよ」
「これなに?」
「木の実が入ってる甘い菓子だ」
「やった! ありがと兄ちゃん!」
「おう、またな」
アデーレで代々馬丁をやってるジッタに、ピーナッツをピーナッツバターで固めたような菓子を渡し、アデーレの南門を潜る。懐かしさとかはない。アデーレだなあって感じ。
十八時を少し過ぎた時刻なので家に直行したが、誰もいない。
無駄に重い革製トランクを放り投げ、西広場の工場を覗くが、おばちゃんたちはもういない。工房への道すがら戦士ギルドに寄ってみると、リリはついさっき帰ったと。
「なんか嫌な感じだ」
リリが家に帰ったなら途中で会ってるはずなのにと思いつつ工房へ行くと、窓越しに白色灯が点いていると判る。忙しくなるのは一ヵ月後なのに、まだ工房にいるのは変だなと、扉を引き開けた。
「ただいま」
ココアたちが鬼の形相でズバッと俺を見た。
「センパイっ! はぁ、良かった…」
「ほんと帰って来てくれて良かったよ…」
「ふぅぅ、助かりましたね…」
何事かとココアの手元を見ると、造形した万年筆のペン先が山積みに。
「万年筆の注文もう入ったんだ?」
「センパイなに普通に言ってんの万年筆だけで十一万本だよ!? 別注品とかインクとかペン先とかもあるし!」
「は?」
「十日くらい前に、ライカ商会会頭の息子さんが来たの」
「王都圏独占販売契約書を持参されたので、断れませんでした」
「フットワークがヤバいなライカ商会」
「いいから手伝って!」
「分かったから落ち着けって」
ココアに歩み寄ってひょいと抱き上げ、耳にキスをした。
「ただいまココア、会いたかった」
「うん、お帰りセンパイ、すごーく会いたかった。大好き♥」
ココアの甘い匂いだ。帰って来たなあって気分になれた。
「ココアは造形がまた速くなったな」
「センパイいないから頑張った」(チュ♥)
「そっか。ところでさ、リリどこにいるか知ってる?」
「あたしたちの夜ゴハン毎日作ってくれてるから、市場行ってると思う」
「あぁそういうこと。よし、とりま注文内容を確認すっか」
ココアを降ろして自分の椅子に座り、作業台の隅に置いてある注文書の内容を確認する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【基準品】※卸単価:五〇万シリン
■外装:黒 ■ペン先:白銀 ■飾輪:白銀 ■留具:白銀
■注文数:一〇,〇〇〇
【高級品】※卸単価:一〇〇万シリン
■外装:艶黒 ■ペン先:艶金 ■飾輪:艶金 ■留具:艶金
※注文数:五〇,〇〇〇
【最高級品】※卸単価:五〇〇万シリン
■外装:艶濃藍 ■ペン先:艶金/白金 ■飾輪:艶金 ■留具:艶金
※注文数:二五,〇〇〇
■外装=艶葡萄 ■ペン先:艶金/白金 ■飾輪:艶金 ■留具:艶金
※注文数:二五,〇〇〇
【別注品】※卸単価:一〇〇〇万シリン
■外装:艶白銀蔦浮彫 ■ペン先:艶金/白金 ■飾輪:艶金 ■留具:艶金
※注文数:五〇〇
■外装:艶金蔦浮彫 ■ペン先:艶金/白金 ■飾輪:艶金 ■留具:艶金
※注文数:五〇〇
■外装:艶桜華浮彫 ■ペン先:艶金/白金 ■飾輪:白銀 ■留具:白銀
※注文数:五〇〇
【交換用インク(防腐・防乾・防凍)】※卸単価:二万シリン
■防腐防乾防凍水溶性インク:鮮黒色
※注文数:二〇〇,〇〇〇
■防腐防乾防凍耐水性インク:漆黒色
※注文数:二〇〇,〇〇〇
■防腐防乾防凍水溶性インク:瑠璃色
※注文数:五〇,〇〇〇
■防腐防乾防凍水溶性インク:鮮紅色
※注文数:五〇,〇〇〇
【交換用ペン先 (ペン芯・首軸一体型)】
■白銀=卸単価:二〇万シリン
※注文数:二〇,〇〇〇
■艶金=卸単価:四〇万シリン
※注文数:一〇〇,〇〇〇
■艶金/白銀=卸単価:二〇〇万シリン
※注文数:一五〇,〇〇〇
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ここまで多いとは思ってなかったわ」
「ライカ商会ってなんなの超ヤバいんだけど」
「ヴォーリッツの政商とは聞きましたけど、こんなに捌けませんよね?」
「私もそこが気になるよ」
「捌く自信があんだよ」
ライカ商会はウェルニア政商のバラッカ商会と帝国政商、あと、なんちゃら魔導国の政商とも提携し、大陸西方に販売網を築いている。ホランドン錬金工房が急激に成長したのも、ライカ商会の強大な販売力あってこそだとルーカスは言っていた。
「なるほど、だからこの数ですか」
「大国トップスリーにも売るなら納得だよ」
「ねえセンパイ、せいしょうってナニ?」
「王家とか宮廷に保護されてて、売買を一手に引き受ける商会なんだと」
「ふ~ん」
当初は、王都圏におけるホランドン錬金工房の牙城を崩すため、ライカ商会にインパクトを与えこっちを向かせる計画だった。少々インパクトがありすぎたようだし、色々あって崩す牙城もなくなったんだが結果オーライだ。
「なんかもう総額とかどうでもいいな。納期は?」
「九月末で大丈夫ですよねって、当たり前のように言われたの」
「センパイなにした吐け」
ココアは相変わらず勘が鋭いことで。
「会頭の前で高級バージョンを造ったからだな」
「イミフなんだけど」
「もしかしてイオくんまた熟練度が?」
「あ! え? まだ上がってるんですか?」
「ガリガリ上がった」
「「うわぁ」」
「オシエロ」
「シュギョウシロ」
「チッ、こいつ使えねえ」
「そういうこと言うなら寝かさないから覚悟しろ」
「ぅ、エッチだ…(なにされるんだろ…♥)」
ぶっちゃけ教えられるものじゃない。超簡単に言うと「コツを掴んだ」になるんだが、造形と刻印を使えるようにった以降で、久しぶりに苦行じみたトライ・アンド・エラーを繰り返した成果だ。
国王と王后に贈呈する万年筆はルーカスの合格が出なかったので、領都ベルンから王都へ向かう馬車の中で造っていた。あの美白野郎は「もっと煌びやかに」とか、「もっと優美に」などと抽象的なことしか言わないため、余裕で千回は造り直した。
材料を再利用する形で造って潰してを繰り返したことが、結果的には熟練度の大幅向上に繋がったと思われる。
「進化した俺のウルテクを見せてやろう愚民ども」
「うっざ」
「ココアは夜のウルテクでヒーヒー言わす」
「にゃ!?」
(どんなのだろう…)
(そっちを教えて頂きたい!)
各材料をあるだけ個別に纏めてドン!ドン!ドン!ドン!ドン!と置き、手指をワキワキさせながらブレインブーストで視覚情報を基に精査する。最も少ないのはペン先用のプラチナ合金。造れる数は……最高級品を二四五七本、たぶん。
「【造形】【造形】【塗装】【鍍金】【定着】【添加】【封入】【刻印】」
「キモ!?」
「なんで!? どうして!?」
「……すごい」
「ユウトは金属材料をガッツリ用意してくれ。ココアとカノンは組み立てな。さ、もう帰ってメシ食おうぜ。明日はカレンダーどおり休息日で」
材料さえ揃えば、出荷まで一ヵ月もかからんだろ。




