77:終わり良ければ
まぁ用意のよろしいルーカスが、気付け薬でホランドンを覚醒させた。
すぐさま暗い笑みを浮かべたホランドンが『やはりお前は強いなルーカスよ』と呟き、おそらく自死を意識した。が、発動しない。トイレで踏ん張るような仕草で何度も自死を意識する。が、発動しない。
「自死の術式は破壊された。我が弟子によってな」
「術式を……破壊……だと……」
俺を含め誰も理屈を解かってないので、事実を受け止めてもらうしかない。
「ジェフよ、お前は記憶を改竄されている」
「ククッ、クククッ、よもやお前もとはなルーカス。愚かな王に尾を振る犬に成り下がるとは」
ルーカスが司法官に目配せすると、彼はホランドンの前に書類を並べていった。
それらはホランドンの留学に関する書類。渡航許可書や費用支給証明、中には国王から帝国皇帝へ宛てた親書まである。
「ジェフよ、親書の玉璽を偽造する者が存在すると思うか? 知ってのとおり、親書の用紙は陛下の執務室にのみ置かれ、枚数も厳格に管理される」
「……あ、有り得ん……こんな、こんな物は……」
「メアリ殿が処刑された罪科は、歴とした男爵夫人の殺害だ」
「は……?」
「彼女が借用した金額は四億三千七百万。それもシリンだ」
「そんな……大金……」
ルーカスが滔々と語っていく。
領都ベルンでの出逢いに始まり、二人で共に恋焦がれた少女の話。帝国で名を上げ帰国すれば、王都追放も解かれるに違いないと語り合った船上。いつか二人で、世界最高峰と呼ばれる錬金工房を立ち上げようと決めた帝都の安酒場。
「ルーカス……私は……私には……その記憶が……ない……」
「按ずるなジェフ、私は必ずや、必ずやお前の記憶を取り戻す」
「ルーカス……」
「ジェフよ、お前は本能的に二ノ竜を欺いている。分かるか?」
「分からない…」
「このルーカスが生涯の友だと憶えているではないか」
「あぁルーカス、そうだともルーカス、お前は我が唯一にして生涯の友だ!」
「私はもう一つジェフに誓う。お前を二ノ竜に殺させはしない」
「ルーカス…うぅ、私は怖ろしい過ちを…うぅ……」
ルーカスはホランドン、いや、ジェフの手枷足枷を外させ、二人で寝台に座り審問官との質疑応答を始めた。聞いてしまうと手を出したくなりそうな気がしたため、俺は牢獄棟の外で待つことに。
「遅いんだが……」
腹が減って死にそうなので、俺は看守に宿へ戻ったと伝えてくれと頼み、牢獄棟を後にした。
ルーカスが宿に戻って来たのは、翌朝のこと。
木剣を振ってたら帰って来たので、朝メシを一緒することに。
「幽閉塔?」
「王宮の敷地北側にある尖塔だ。陛下が移送と使用をお許しくだされた。幽閉塔なれば二ノ竜も手出しは出来ぬ」
ジェフの調書を審問官と二人で纏めてパジャマ姿の国王と面会し、帰宅間際の官吏たちをとっ捕まえて手続きを強要し、法務卿の自宅へ押しかけ決裁署名をもらい、宮廷に戻って当直の官吏と段取りを相談。そりゃ朝になるって話だ。
「まあ、上手くいったなら良かったじゃん」
「ジェフも話している内に、僅かながら記憶が戻った部分もあったのでな」
ジェフは二ノ竜について知る限りの全てを話したそうだ。
ホランドンとは二ノ竜の頭目が付けた家名らしく、記憶を改竄したのは常に頭目の傍らに侍る老魔術師だろうと。
「その魔術師を殺さないと記憶が戻らない、みたいな話は?」
「それはないがイオリよ、私は迷宮都市へ赴かねばならぬ」
出たよ。出ましたよ。今すぐ行く気ですよコイツ。
そりゃいるだろうね、腕利きの闇系統魔術師が何人も。
「却下だ。最低でも挨拶回りが終わってから行け」
「しかしだな」
「しかしも案山子もねえんだよ。そもそも今回の予定組んだのルーカスだろが」
工房の仕切りと仕事回しはどうにかする。
実質的にルーカスは仕事にタッチしないんだし、言うたら叙爵を待ってるだけで暇になるのは目に見えてる。そう、最短でも二ヵ月は暇なのだ。
「叙爵の日取りくらいもう決まってんだろ?」
「……十月一日だ」
「挨拶回りが終わってからだ」
「ぬぅ」
「ぬぅじゃねえわ。つーか、迷宮都市ってそう遠くないんだろ?」
「王都から大型船に乗れば十三日前後だ」
「早っ! アデーレに帰るより早いじゃねえか! それに明日の謁見はどうすんだよ。バックレて国王の心象最悪になったら本末転倒だぞ。いいのか? あん?」
「イオリに道理を説かれる日が来るとは…」
なんだろね? ユウトといいルーカスといい、最近ケンカ売られてばっかなんだけど、そこんとこどうなのかね? いや待てよ…
「一日でも早く行きたいか?」
「当然であろう」
「なら午餐だの晩餐だのを減らす方向で厳選すればいい」
「なるほど、半月は早くなりそうであるな。うむ、厳選しよう」
「よし!」
だいたい本物の重鎮なんて二十人前後のはずだ。
宮廷には七院があり、長官の椅子は二家か多くとも三家の大物貴族家が持ち回りで就任しているらしい。七院全てが三家だとしても二十一家。宰相をいれても二十二家。午餐と晩餐に振り分けて一日に詰めれば、十一日間で終わる。
流石にそこまで詰めるのは無理だとしても、二十日間で調整するくらいは十分可能だろう。俺と会う必要がないと考える人もいるだろうし。
そうすれば、七月末にはアデーレに帰ることが出来る。
もう帰ったらハッスルしよう。リリの時は軽くブーストしてもいいまである。
◆◆◆
宮廷の三階へ上がると、階段口から赤い絨毯が敷いてある。
騎士装のイケメンに先導されて入った謁見の間には、三十名前後の貴族と貴族夫人が左右に分かれ視線を向けてくる。
ルーカスの斜め後ろについて進み、偉そうな椅子が幾つも置いてある高座の十メートルほど手前でルーカスは片膝をつき、俺も同じく片膝をつく。
すると王后を先頭に王子や王女が上手からやって来て椅子に座った。
続いて宰相だろう初老の男が入室し、高座の下まで階段を下り立ち控える。
「直視してはならん。俯くのだ」
「おっとそうだった」
なんせ珍しいし、二度とないだろうからさ。
「国王陛下、ご入来ぁーーーーーーい!」
視界の端に映る貴族や夫人たちが、一斉に俯いた。
「皆の者、大儀である。面を上げよ」
と言われても、上げていいのは左右の貴族と夫人たちだけ。
「昨夜ぶりであるなルーカス」
「昨夜はお寛ぎのところ真に申し訳なく、また、陛下のご厚情に心底より感謝申し上げる次第にございます」
「其方の戦功および功績に免じ許す。面を上げよ」
「ははっ」
ここでルーカスがホランドン錬金工房と二ノ竜について、要点を掻い摘み報告の形で国王に伝える。当然ながら国王は知っているのだが、王子や王女、左右に立ち並ぶ貴族や夫人に対し、二人の平民が謁見している正当性を知らしめるためだ。
「征討に至るまでの委細は、そこなる弟子が集めたと申すか」
「御意にございます」
いや面倒くさいね。事前資料でも作って配れよと思わずにはいられない。
「ルーカスが弟子よ、名乗りを許す」
「国王陛下がお目通りの栄誉に浴すは光栄の極みにて、厚く御礼申し上げます。この身はイオリ・クロスにございます」
「園遊会にて其方が武を披露したと耳にしておる」
「拙き武にて、お恥ずかしい限りにございます」
「我が后よ、ああ申しておるが?」
「あれを拙いと評すならば、近衛の多くが拙き者となりましょう」
(おい…)
「それ程であるか」
「陛下におかれてましても、一見の価値があるものと存じますわ」
(待て待て…)
「ほぅ、イオリ・クロス、面を上げよ」
「はい」
視線は国王の顎より上へ上げてはいけない。顔見てぇなあオイ!
「ラダトゥール、前へ出よ」
「はっ!」
「どう見る」
「魔力を微塵も感じませぬ。これは余りにも異質にて、怖ろしいですな」
「であるか。イオリ・クロスよ、そろそろ本性を現してはどうだ?」
(うそーん…)
内心で盛大にため息をつきながらルーカスをチラ見すると、頷きやがった。
こんな所で勇者 (笑)になるなんぞ御免だと思い、魔孔を十分の一だけ開く。
これでルーカスとほぼほぼ同じだからカンベンして…




