76:救えるならば
人生ってのは思い通りにいかない。
「お前は一体何を考えておるのだ。錬金術で顎を粉砕できるはずなどなかろうが」
「うるせえな? ちょっと歪に造形したようなもんだろ」
俺を生贄にしたくせどの口が!?って感じだが、ルーカスに説教されている今日この頃。
「お前なれば取り押さえるくらい容易いであろうに」
「園遊会をお開きにしたかったから流れに乗った。王妃も笑ってたから問題なし」
「全くお前という奴は…」
「ルーカスだってかなり暴れたんだろ? 詳しく聞かせろよ」
「私は特務兵として国賊を倒しただけだ。お前と同列に並べるな」
「俺はなんちゃって国賊を倒しただけだ。ルーカスと同列に並べろ」
「……ハァ」
どうやらホランドン錬金工房ではルーカス無双が炸裂したらしく、死人が大勢出たこともあって、王宮内はその噂で持ち切りだ。ルーカスの全力戦闘を見たことがない俺としては、観戦できずひっじょーに残念である。
聞くに、タガートは正騎士二名と兵士三名を斬り伏せた後、騎士隊に取り囲まれ討ち取られた。ジェフリー・ホランドンは宮廷魔術師を全滅させたらしいが、ルーカスが半殺しにした上で意識を刈り取り捕縛したそうだ。
やはり工房はヴォーリッツにおける二ノ竜の最大拠点で、従業員の大半が二ノ竜の構成員である公算は高い。なぜなら、ほぼ全員が血反吐を撒き散らし死亡してしまったから。
「ホランドンはどうなんの」
「救いたいが無理であろう。やはり心臓に未知の術式が施されていた」
「ん? 救えるなら救っていいって話?」
「間違いなく記憶を改竄されておる故、情状酌量を嘆願する余地はある」
対峙した状態で言葉を交わした際、ホランドンの認識が事実に反しているのは明らかだったらしい。
ホランドンは「僅かな借金で母は公開処刑にされた」と言ったようだが、彼の母親は四億シリン超の借金を踏み倒している。
公開処刑にしても「私を帰国させ殺すための謀略」と言ったそうだが、そもそもホランドンは宮廷外務院から帝国への留学を認められ、ルーカスと共に旅立っている。
「ん? 国王はホランドンに私怨があるんじゃねえの?」
「馬鹿を申すな。メアリ…ジェフの母はとある男爵家の夫人を殺害し、後妻に入ろうとした罪で処刑されたのだ」
「え…」
借金額が膨大になり金を貸してくれる者がいなくなったため、ホランドンの母親は貴族家の乗っ取りを企てた。目を付けたのは、愛妻家であるが故に妻の不妊で悩んでいた、とある法衣男爵。不妊の原因は女って決めつけがあるそうだ。
時間をかけて男爵に取り入った母親は夫人を殺害し、「私が貴方を支えてあげるわ」みたいな感じで後妻に入ろうとした。ところが、宮廷に届いた告発状で夫人殺害が発覚し、投獄された母親本人も自白したため処刑が決まった。
平民による貴族殺害は、貴族制のみならず君主制を否定する大罪であり、これは子供でも知っている国法でもある。彼女は処刑されるべくして処刑された。
「ジェフ本人も悟っていたのだ。帝都へ赴く船上で、『母様は遠からず法を犯し処刑されるかもしれない』と私に語った故な」
「それも忘れてた?」
「然り。宮廷が渡航費や留学費用を負担してくれた事実の全てをな」
そういえば、ミレディが「闇系統は諸刃の剣になりやすい」と言ってた。精神干渉がメインの闇系統術師は、精神干渉に慣れているからこそ、他者からの精神干渉に対して鈍感になってしまう。
精神に干渉する際は相手の精神的揺らぎや変化を感受してしまうため、自分の精神が揺らいだり変化していても、それを違和感として捉え難くなるのだと。
「国王はどうなん。ホランドンを救ってもいいとは言わねえだろ」
「諸手を挙げて赦免なさりはしない。されど、極刑にならぬ減免の可能性はある」
「なぜ」
「第四王子殿下が陛下の庶子であること。ジェフの才能と留学をお認めになったのが陛下であること。この二つが理由だ」
「国王は個人的にもホランドンのことを認めてるってことか?」
「二年次末時点の成績が優良であったため、残りの三年間も宮廷で学費を負担するとご裁可くだされたも陛下だ」
「マジか」
俺も勘違いをしてた。んや、先入観ってやつだな。
先王が死んでソッコー母親とホランドンを王都追放にしたんだから、平民風情が!的に嫌っているとばかり思っていた。追放はあくまでも国政のためだったってことか。ユウトとカノンが一緒だったら、もっと上手く出来てたかもしれない。
俺に何か出来ることはないもんか……あ、そうだ。
「心臓の術式さ、抑え込めるかもしれないんだけど」
「なんだと!?」
「落ち着け顔近いわ!」
「む、すまぬ。真か?」
「見当違いの可能性がないこともないけど、たぶん?」
複合魔導具のミスリルプレートに複数の術式を刻印すると、術式効果の乗った魔力が相互干渉して発動しない。その解決策が魔力遮蔽材なんだが、それも閾値以上に魔力強度が高いと遮蔽できず、魔導具は機能しない。
おそらく、心臓の術式は仕掛けられた時の術式魔力を消費して発動する。であれば、俺の魔力で術式だけを覆えば発動を抑えられるかもしれない。
「有り得る。イオリの馬鹿馬鹿しい魔力強度なれば」
「ケンカか? 今のケンカ売ってんよな?」
「顔を近づけるな鬱陶しい」
「こ、こいつマジで…」
一頻り思案したルーカスは『今考えても致し方ない』と呟き立ち上がると、俺に向けて顎をしゃくり歩き出した。着いた先は宮廷法務院。
ルーカスは特務と書かれた腕章を見せながら、特務権限で牢獄棟への立ち入りと、司法官および審問官の同行を要求し始めた。
「お弟子殿が上手くやれば、二ノ竜の情報を引き出せると?」
(失敗したら俺のせいかよ)
「解決せねばならぬ問題は他にもあるが、自死を止めるが先決と心得る」
「…仰るとおりですね、承知しました。上申しますので別室にて暫しお待ちを」
女性官吏の案内で小ぢんまりした応接室に入り、待つこと一時間。
「暫しの長さが間違ってないか?」
「おそらく法務卿閣下まで話が上がっておる。外務院の保管書類が必要故な」
「のんびりしてんと覚醒すんじゃね?」
「捕縛の際に睡眠薬を投与した」
(用意のよろしいことで)
更に待つこと一時間弱で許可が下り、モノクルをぶら下げた司法官と小太りな審問官の先導で、馬車に乗って牢獄棟へ向かった。イメージだと地下牢なんだが、宮廷にそんな物を造るはずがないだろうと言われ、王都西門を出た脇にある牢獄棟に入った。小汚い合宿所みたいだ。
看守の案内で開けられた鉄格子を潜ると、手枷足枷を填められたホランドンが転がっている。元々が細身なんだろうと思っていたが、病的に痩せている。
「失敗しても文句言うなよ」
「言いわせぬ。術式範囲は――」
「もう判ってる。ここが術式コアで、半径はざっと十五センチだな」
「「ほぅ」」
「……術式核とは何だ」
へぇ、ルーカスが知らなかったとは予想外。やるじゃんユウト。
「ユウトが『術式には必ずコアがあるんです!』ってな。とりまやるぞ?」
「うむ、後ほど詳しく聞かせよ」
「理屈は帰ってからユウトに聞け。俺は感覚的に判るだけだ」
循環魔力に圧縮をかけて強度を更に高め、手の平の魔孔を開いて導入する。拡散と集束の要領で心臓表面を覆い、直径を微調整し纏着で固定。我ながら秀逸。
「完了」
「見事だ」
「シルバラッド殿、解術は出来ないのでしょうか」
「解術は万能に非ず。発動罠の回避が困難でな」
「その発動罠とやらが仕掛けられているのですな?」
「発動罠は術者により千差万別にして、確認には数日を要すのだ」
なるほど。術式コアを知らないとそういう論理になるワケか。
やっぱユウトはアホだけど天才だ。帰ったら頭を撫でてやろう。
「おーい師匠、纏着して判ったんだけど、この術式壊せるぞ。壊すか?」
「……意味が解からぬ」
出たよ。意味が解からないと先に進めない病の末期患者め。ココアとリリなら『やっちゃえばイイじゃん!』って親指立てるっつーの。
「実演すっから、規模がデカくて強度が高い術式の発動カモン」
「…されば――」
「シャラップ! 今からナニナニを使いますよーなんて言う魔術師いねえだろ」
「ふむ、道理であるな。よかろう」
ルーカスの魔力が動いた刹那にブレインブーストし、圧縮を繰り返した超高強度魔力で魔力線を形成する。
(【堅牢障壁】)
仄かな虹色を移ろわせる壁がルーカスの前に出現。感知強度を徐々に上げていくと、八割六分に到達したところで術式コアの位置を捉えた。流石はルーカス。ユウトとカノンなら五割手前でコアが判る。
「いくぞ?」
女王様気分で魔力線を鞭に見立てて振り下ろす。
パキーーーーーンッ!
「馬鹿なっ!?」
コアを破壊された術式が、残渣を撒き散らしながら霧散していく。
「解説はユウト」と念押しし、ホランドンの心臓を縛る術式を同じ要領で破壊した。




