72:ホロッホー
「んじゃ合図は拍手三回後の声張りで」
「うむ」
馬車が小川沿いの水場に到着し、御者は早速とばかりに馬用の水桶を手に水を汲みに走る。
ルーカスに続いて降りた俺は、周囲を見回してちょっとした上り坂を駆け上がって丘陰へ下り、ムズイ魔孔閉じバージョンでフルブースト。
パンパンパンッ!
「諸君! 手を止め参集してくれ!」
重力制御板、俺的呼称の足場を踏み蹴り無音で高空へジャンプ。
一気に世界が広がり、ルーカスたちが蟻のように小さく見える。
最高到達点で靴裏に足場を形成して静止すれば、少なくとも後方の八人は黒寄りの真っ黒だと判る。水場も何もない場所で、ピタリと止まっているのだから確定だ。
「さーて、飛ばすかな?」
と思った瞬間、後ろの八人の中から鳥が飛び立った。蛇足だと思ったからルーカスには言ってないが、後方には鳩サイズの鳥が一羽いる。
後方への合図は女魔術師が担っているが、後方から前方への合図は鳥が担っているワケだ。一ノ竜だか二ノ竜だか知らないが、手慣れてる感はハンパない。
観察してみると鳥がメモ書きを運んでいる様子はなく、男の肩に舞い降りると、餌だろう何かを啄んだら再び飛び立ち後方へ戻っていく。
停止したことさえ判ればいいという、シンプル イズ ベストってやつだ。
「ちゃちゃっと片付けるか」
ブーストは腹が減るんでね。
前方の八人を越えた先一〇〇メートル付近の下り坂へ一気に着地し、ポケットに手を突っ込んで口笛を吹きながら歩いていく。いやまあ、スリートーンパーカーだから目立つこと山の如しなんだが。
「「「!?」」」
二〇メートルを切った辺りで、最前列の三人が俺に気づいた。
背後の五人も次々と気づいていく。
「ヘイ、ユーたちは悪さする竜か?」
『!?』
マジで七竜かよ。
「なぜ貴様がここにいるっ!」
「あらやっぱりご存じで。領都に前乗りご苦労さん」
最後方の一人が馬へ向かって走り出した。
「行かせるわけねえ」
ドシュッ!
『っ!?』
連中のど真ん中を駆け抜けミドルキックを振り抜く。
ゴシャッ!
「がぁああああーーーっ!?」
「左腸骨粉砕骨折でご愁傷様。腰椎もイってるか?」
「ひ、怯むな! かかれっ! 殺せ!」
「遅い遅い! 蝶のように舞い蜂のように刺す!」
ゴシャッ! ゴシャッ! ゴシャッ! ゴシャッ! ゴシャッ! ゴシャッ!
「よっとぉ、我ながらアクロバティックだぜぃ」
六連続腸骨粉砕で阿鼻叫喚の地獄絵図だが、いや足場マジで最高だわ。
宙を踏めるもんだから、これぞ三次元立体機動ってやつ。
訓練を積めば死角を失くせそうだ。
結果論だが、ブレイキンとパルクールやってて良かった。
「な……何なんだ貴様は……」
「錬金術師!」(サムアップ)
「ふっ、ふざけるなっ!!!」
「唾飛ばすな汚えな。で? スパイは女魔術師だけか?」
「裏切りやがったのかクソ女…」
「あぁ違う違う。もう片方の護衛パーティーが手鏡に気づいただけ」
「……クソ」
命令した奴だから残してみたが、特に強そうってこともない。
他より少しばかり魔力量が多いもんで、魔剣士?と思ったが違うか。
「どうするよ。悪の組織にありがちな、口を割るくらいなら服毒死だ!か?」
「…よく判ってるな? だが忘れるな。我らの死は貴様らを地獄に落とす序章となる。貴様らは二ノ竜を敵に回しごぼぉぉ」
ぶごぉ ごふぅ がはぁ がふぉ ごぼぉ お‟え‟ぇ ぶべぉ
「お前らが歯を噛み締めるより俺の方が速いっつーの」
奥歯に毒仕込む技術があるのかは知らんけども。
「そしてコレ! タラララッタラ~♪ みすりるわいやー」(どら声)
ユウトとカノンの前例もあることだしと、太めのミスリルワイヤーを三〇メートルくらいボディバッグに入れといた。備えあれば憂いなし。
一纏めに手首を縛り上げ、念のため歯を噛みしめられないよう口周りを三重巻き巻き巻き。
「残りはサクッと片付けるか」
あんまり長いと「どんだけウンコしたんだ」と思われそうなので、縛った八人をよっこらしょと肩にぶら下げ、空を走って降りてドドドドドドドドンッ!
何が起きたか分からん内に片付けた。
「おっと! お前は悪くないけど、飛んで行かせるわけにはいかんのよ」
「ホーホロッホー」
普通に鳩だな。キジバト?
十六人を街道脇の立ち木に縛りつけ、空を走って丘陰に着地。
鳩をパーカーの中に抱いてただいま。
「お待たせ」
「ホロッホー」
「え?」
「ちょっと喉がね。ほろっほーんんっ」
「そ、そうですか、出発します」
ジタバタしない鳩で助かったってことで。
「ご苦労であった」
「ホーホロッホー」
「あ、お土産。はいどうぞ」
「ホロッホー」
「………」
ルーカスの脚に立ってキョロキョロしてる。愛い奴め。
帰巣本能でアジトに戻られても困るし、どうする……晩メシにするか? 俺鬼畜?
「街道脇の木に縛ってきたけど、遠くに捨てなくて良かったのか?」
「構わぬ。ここはベルンから遠くない故、閣下の私兵が来るであろう」
「ミスリルワイヤーで縛ってんだけど。太めの」
「お前という奴は…」
「ロープなんて持ってねえし、あっても嵩張るし」
「ミスリル線は重かろうに」
「五パーセントのブーストで楽々」
なんでこうすぐ呆れるかね。リリとココアみたいにケラケラ笑ろとけよ。
「拘束素材については宿場町から早馬を走らせる。して、何か掴めたか」
「二ノ竜だった。たぶんスパイは女だけ。たぶんだぞ」
「二ノ竜は閣下にお任せしよう。女は王都に着くまで下手に手出し出来ぬな」
ルーカスがそう言うなら、そうなんだろう。
ミレディがいれば口を割らせられるんだが、俺が深入りすることでもない。
挨拶回りで下手に目立つと面倒なことになりそうだよな。トレーニング続けてきて、重力魔法まで手に入ったもんだから、知らず知らずの内に気が大きくなってた観もある。自制を心がけよう。
旅の必需品認定したナッツフルーツバターでカロリー摂取も心がけた昼食を経て、夕陽が山の稜線に差しかかった頃に宿場町へ入った。
護衛の旅費もルーカス持ちとあって、宿に荷物を預けた護衛たちが、宿の斜向かいにある食堂へ次々とやってくる。
「諸君、ご苦労であった。好きに食べ英気を養ってくれ」
護衛期間中は酒量を控えるのは基本契約条項らしく、皆はエールをちびちび飲る程度で食べる方がメインだ。俺は温くて微炭酸のエールが得意ではないため、ジャガイモの蒸留酒に香草で風味付けされた酒を水割りで。
「毎晩飲むのか?」
「俺とユウトはな。例のビールで乾杯して、俺は白をグラスで二杯か三杯。ユウトは赤を同じくらい。焼肉すると皆飲むけどな。で、気づいてるか?」
「うむ、女は中座してばかりであるな」
たぶん二ノ竜は泊まる宿を決めていたのだろう。トイレにしては長すぎる中座を繰り返していて、戻って来る度に表情が曇っていく。
一方で、三人のパーティーメンバーは、見ている限りだと普通に歓談している。
戻って来た女の尻を撫でたりして。
「あの女さ、最近パーティーに加入したんじゃね?」
「やもしれぬな。二ノ竜である可能性が高い」
しっくりくる。あの煽情的な装備は、護衛・警護専門パーティーにしては浮きすぎだ。体で取り入って加入した、って推理は強ち間違いじゃない気がする。
さて、俺は填め殺しの巣箱を作りますか。




