71:エロい女魔術師
ローメンス辺境伯カルステン・デルリングは、尊大な態度や口調とは裏腹に、実は気さくなナイスガイでちょっと驚いた。
家の借地権については「一戸建てなら土地ごと売っても良かったのだが」と言っていたし、工房関連では「困り事があれば直接私に書状を送るがよい」とも言われた。
考えてみると、俺たちは「ルーカスのおかげで」という言葉を頻繁に使うが、証札のことにしろ何にしろ、決裁してくれてたは辺境伯だ。俺は「全部私のおかげだぞ貢献しろ」くらい言われると思っていたが、客観的に考えても人に恵まれていると実感した。
食事会についても「晩餐では気疲れするだろう」と気を遣ってくれ、午餐で家族紹介をされて終わったというお手軽さだ。
「いい人だった」
「うむ、貴族として見れば稀有な御方故な」
「つーと?」
「祖先が農家であったことを誇る貴族は閣下くらいだ」
デルリングの家系は元来土着の大地主で、言うたら農家の親分みたいなものだった。昔の豪農は野盗団に襲われることも屡々で、雇っている小作人と農地を守るため傭兵を家門に加えて自警団を組織させ、その子孫が今でも直臣家や陪臣家として存続しているそうだ。
「厳つい顔で損してるタイプか」
「言い得て妙である」
国王じゃなく、辺境伯からの叙爵をルーカスが望んだ気持ちが解かった。
とまあ、領都訪問は悪くなかったってことでいいんだが…
「なあ、領都から王都まで護衛が増えるって段取りある?」
「ないが、何か気になることでもあるのか?」
「総勢十六人が付かず離れずだ。気のせいか思ってたけど、これ狙われてるな」
「真か? 距離は」
「前方三キロメートル超に八人、後方一キロメートル超に八人」
「全員が魔術師ではないのだろう?」
「魔術師は後ろに三人だな。魔力量だけで判断すれば、そこそこの使い手」
ルーカスが呆れた目で俺を見た。
「なんだよ」
「お前の…否、お前たちの成長速度には呆れるばかりだ」
「そこは師匠が優秀だからって自画自賛しとけ」
「自身らの異常性を理解しろと、以前にも申したであろうに」
「はいはい、で? 心当たりはあんの?」
「多すぎて判らぬ」
「は? ルーカス実は嫌われ者か?」
「馬鹿を申すな。叙爵にはそれ程の価値がある。一般的にはな」
ルーカスが叙爵から逃げていた大きな理由の一つらしい。
要するに、貴族特権の争奪戦ってやつ。
先ず、ヴォーリッツ王国の男爵位は、無条件に男爵位年金三〇〇〇万ユルグが支給される。言うたら年棒で、支給するのはローメンス辺境伯。ルベリオン帝国辺りだと、男爵でも余裕で一億を超えるらしいから経済力が凄まじい。
年金に加え、貴族家当主でなければ就けない官職は多いそうで、分かりやすいのはシュミッツ郡の代官職。これの官職手当は、男爵位年金より圧倒的に多い。
どの郡も年次税収の五割を辺境伯に上納するが、手元に残る五割内の四割を郡政資金に充て、一割は代官職の手当てになるという。交易都市を擁するシュミッツ郡の年次税収を想像すれば、一割でも莫大な金額になるだろう。
「ルーカスの伯父さんボロ儲けじゃん」
「故にお前たちの望みが否認された試しはなかろう」
「む、確かに。俺らは金の卵を産むニワトリか」
「フッ、上手いことを言うものだ」
俺らが頑張ると、最終的には辺境伯の取り分も増えるわけで。
金は金持ちのところに集まるの法則か。
「つーかさ、ルーカスが死んで一番得すんのって、ルーカスの次点でシュミッツ代官に近い奴じゃね?」
「例え該当者が一人であっても、殺害を目論む輩が自身の手下を使うと思うか?」
「アレか? 鉄横流し事件の時の裏仕事専門組織とか?」
「嘗ての呼称は臥竜、昨今は七竜と呼称される闇の組織だ」
世界人口の七割超が信徒とも云われるウェルン正統聖教会には遠く及ばないものの、七竜は四つある大陸と群島諸国の全てで裏の仕事を請け負う巨大組織。
中でも俗に中央大陸と呼ばれるこのラカンレート大陸は、一ノ竜と二ノ竜が活動エリアとする世界最大の大陸らしい。
(ここって中央大陸だったのか)
一般常識ガン無視で暮らしてんなあと考えていたら、ルーカスが車窓越しに、馬車の左右を並走する護衛パーティーリーダーの片方に視線を送った。
(おいおいそれはどうなんだ? 斥候いねえんだぞ?)
まだ平民のルーカスは辺境伯の私兵や領兵を使えないため、領都ベルンを活動拠点にしている二つのパーティーを雇い、アデーレの東門で合流した。
ここまで全く絡んでいないが、どちらも護衛と要人警護を専門にする戦士と魔術師の複合パーティーで、一人めっちゃエロいお姉さん魔術師がいる。まあ、服装というか装備と体がエロいだけで、顔面はリリとココアの圧勝なんだが。
左を並走しているリーダーが馬を寄せてくる。
ルーカスは扉のレバーに手を伸ばす。
(やっぱダメだろ、たぶん)
ルーカスの手を払い落して扉のレバーを握る。
「何を――」
「いいから任せろ」
ルーカス越しに扉を少し開け、顔だけ出した。
「悪いんだけどウンコしたい」
「ここは見晴らしが良いのですが…」
「余裕で我慢できるから、丘があれば停めてくれる?」
「承知しました。間もなく水場が見えますので、そこへ」
「よろしく」
扉を閉めて、そのままルーカスの対面ベンチシートに腰を下ろした。
「何を考えている」
「確証も保証もねえけど、護衛の中にスパイがいるかも」
「なに? 根拠は」
「斥候らしいのがいない」
「……道理だが、遠目が利く斥候やもしれぬ」
「馬車では常に半径五キロメートルを感知範囲にしてる」
「なっ…全く、お前という奴は」
苦笑するルーカスは小さく頭を振った。
「弟子の成長を喜べ師匠」
「お前に感知を指南した覚えなどない」
「あの技能集はルーカスの字だった。世の中ではそれを指南と言う。みたいなことをルーカスに言われたような?」
「さればそういうことにしておこう。して、策はあるのか?」
「こんなんどうよ」
座ったまま両手で体を持ち上げ、ケツ下に重力制御板を構築してバンザイ。
「馬鹿なっ!?」
「馬鹿言うな。すごいって言え」
「な、何なのだそれは…」
「リョウタロウ・ナカムラの重力魔法を継承した」
「有り得ん! 彼の者は疾の昔に……魔導書か!?」
(ホント頭いいなコノヤロ)
流石に持って来てないので物証はないが、ハシュアからの帰りでワイバーンに襲われて云々と一連を語る。辻褄合わせで『ナカムラは同郷人』とだけ明かし、同郷人で魔力の量と強度が必要十分な者に継承させる仕掛けだったと説明した。
「魔導書に制約を設けられるとは…」
「考察は今夜にしろって」
「うむ、具体的にどうするつもりだ」
「人目につかないようフルブーストで一気に高空へ跳ぶ」
「人知れず前後を殲滅か」
「殲滅言うな。人殺しはしたくない。再起不能にはするけども」
「パーティー単位の内通なれば厄介だ」
「個人的に怪しいと思うのは、エロい女魔術師だな」
「根拠を聞こう」
最初はココアみたいな奴だと思った。
ココアはコンパクトで前髪を整える。あの女は手鏡をよく使ってる。
領都からここまで水場に二回寄ったが、あの女は二回とも小高い場所に立ち、必ず進行方向を向いて手鏡を使っていた。だから俺は、比較的に近い後方の八人が怪しいと思い始めた。なぜ俺が女を見てたかはお察しだ。
馬車で動く一行なんて、速度や休憩する場所は似たようなもの。護衛は歩きだし、水場がそこかしこにある訳でもなく、街道脇に馬車を停めるスペースがある場所も限られている。
だが、怪しいと思い始めれば色々と気づける。
先ず、女魔術師のパーティーは四人、もう一つのパーティーは八人。
そしてルーカスと俺と御者の三人で、総勢十五人からスパイを引いて十四人。
一方、前後の推定襲撃者は八人ずつで、総勢十六人にスパイを加えて十七人。
俺はずっと魔孔を閉じているから、女魔術師はミレディのパーティーと同じように、俺のことを錬金術が使えない工房主候補者だと思ってるはず。
つまり、俺と御者は戦力外だと思っている。
後方に三人いる魔術師は、対ルーカス要員だろう。忖度なしに言うと、如何なルーカスでも三人への対処で手一杯になりそう。基準は双方の総魔力量。
おそらく先に仕掛けてくるのは前方の八人で、護衛の八人パーティーを抑えるか、一人一殺という目論見だろう。後方の魔術師三人がルーカスを抑えている間に、残り五人が女魔術師を除く護衛三人と俺と御者を始末し、いよいよという場面で女魔術師も加わりルーカスを仕留める、みたいな。
ま、あの女のパーティー丸ごと敵ならジリ貧だわな。普通なら。




