70:挨拶回り
六月九日、昼休憩のリリもルーカス宅へ来てくれた。
「イオリ超カッコイイ♥」
「センパイって身長あるから何着ても似合うよね…」
「なぜジト目?」
「スケコマしそうだから」
「コマさねえし変な動詞作んな」
「でも本当に似合ってる。ね?」
「ええ、見栄えがします。危ない若頭みた痛いです!」
確実にユウトが調子に乗ってきている。
確実にDTを卒業したからだ。帰って来たら調教せねば。
「んじゃ苦行してくる」
「ユウト、カノン、留守を頼む」
「「はい」」
「あたしが入ってねーしー!」
「キレるなキレるな。ココア、リリ、いい子にしてろよ」
二人にキスをして抱きしめた。
「「はーい♥」」
言うて今夜はすぐそこの代官府なんだが。どこから調達してきたのか偉そうな馬車に乗り込み、何度も言うがすぐそこの代官府へ。
「晩餐なんだよな? 早すぎじゃね?」
「伯父上だけに会えば良いというものではない」
「さいですか」
「あ」っと百回くらい言う間に代官府に着いて降りると、証札の時に絡んだ偉い方の官吏が、数名の手下を連れて待っていた。
「ようこそお越しくださいましたシルバラッド様、クロス殿」
「世話になる」
「どーもー」
ルーカスにメンチを切られたんだが。
まだ地元なんだからいいだろうよ。顔見知りだし。
連れて行かれたのはパーティーホールのような部屋で、奥の扉前には長蛇の列ができあがっている。
「ウソだろ? アデーレでこの人数って正気か?」
「居住地なのだから道理であろうに」
「あ、減ってくわけね」
「王都はあの人数に数倍するがな」
「増えんのかよー」(白目)
一気に挨拶というか顔見せするのはアデーレと領都ベルンで、王都は面会希望の貴族連中と個別に会うそうだ。どうやら王都では、俺らのことが噂になっているらしい。魔術薬と魔導具を大量に造ったわけだし、分からんこともないが。
ともあれ、見世物席にルーカスと並んで座らされるや否や、会計局長だの鉱山管理局長だのと名乗りながら挨拶されていく。自分の名前をこんなに名乗ることなど、日本にいたらまずあり得ない。
「イオリ・クロスと申します。今後ともよろしくお願い致します」
「私こそお見知り置きください。ではシルバラッド様、これにて」
第一部完。
「第一部かよ! つーか名刺くらい作れや! んな挨拶意味ねえだろ!」
「メイシとは何だ?」
え、名刺が翻訳されないってことは、概念がねえの?
侍女さんに紙とペンを持ってきてもらい、工房主の名刺を書いてみる。
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クロス錬金工房
≪魔術薬製薬・魔導機器製造承ります≫
工房主:イオリ・クロス
ローメンス辺境伯領北部 鉱山都市アデーレ
東大通り中央を北へ一本入り右手角地
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「こんなん。言うたら連絡先カード。ファイリングしとけば忘れても平気」
「良い。これは良い。私なればどうなる。叙爵の後だ」
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シュミッツ郡政代理官府
郡政代理長官:ルーカス・シルバラッド男爵
ローメンス辺境伯領南部 交易都市シュミッツ
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「こんなん?」
「郡政代理長官……うむ、素晴らしい官職名である」
「テキトーだけど、代官の正式名称ってなに」
「領政代理官だ」
「いやシュミッツは郡だし、トップなら長官だろ」
「尤もである。領都にて閣下へ上申いたそう」
工房主になると決めた頃から、要るんじゃねえかと考えていた。
何をするにも現地に行かなきゃならないし、例えば先日のバラッカ商会にしても、行った先で道往く人に場所を尋ねないと判らない。
今はシルバラッド錬金工房だから、名が通っていて誰でも知ってるが、クロス錬金工房になった直後に、『クロス錬金工房に配送して』では通じないだろう。
それもあって、ユウトとカノンには測量と併せて番号付けを頼んだ。
例えば、東大通り沿い北側の、代官府に一番近い建物は「東大:北1」とか。
路地通りも大通りを基準に一番街:北1とか付けていけば、上水道利用料の集金や、未払いが発生した際に浄化施設から止水する管もすぐ判る。
こういうのは後付けすると訳が判らなくなるため、新設する時にやっておかないと、上水管の老朽化で交換する時も大混乱になるだろう。
「シルバラッド様、再開してもよろしいでしょうか」
「構わぬ」
「はぁ…」
第二部は中堅以下の挨拶だった。企業なら課長、いや係長級だろうか。
スリーピーススーツの評判が良いのはちょっと鼻が高くなる。
そして晩餐の直前、代官の執務室で。
「お目通りの機会をくださり、真に有難く存じます。イオリ・クロスと申します」
「アデーレ領政代理官、ラシンド・シルバラッド男爵である。漸く顔を合わせることができ嬉しい限りだ。早期に会わせよと言うておったのだが、ルーカスに焦らされておっての」
「男爵閣下が軽々に市井の者と面会しては、周りに示しがつきませぬ」
「この調子じゃ。はっはっはっ」
やたらゴキゲンなのは、このところ領主から褒められっぱなしだからだと。どうやら俺をお抱え錬金術師にしようと目論んでいるらしく、ルーカスには『私が叙爵されるまで安易に返答するな』と釘を刺されている。
今はルーカスも平民なので、真正面から断るのは不敬になるそうだ。
取り敢えず、早くメシ食って独りになりたい。
◇◇◇
――ユウト視点――
食卓が暗い。まだ初日だというのに、会話が弾む気がしない。
依存していたのだと、改めて思い知らされる。
「イオリがいないと寂しい…」
「あたし二ヵ月も耐えられる気がしない…」
「イオくんがいないと不安になるよね」
「黒須さんに『ユウトやるじゃん』と言われるだけで自信を持てます」
そうなんだ。彼に言われると、自分が間違えてないのだと確信できる。
この安心感は大きい。
祖父が「もっと自信を持て」と僕に説いていたのは、これなのだろう。
自信の源泉は何なのだろうか。なんて、そんなことは判り切っている。
独立独歩で物事をやり遂げた回数だ。例えそれが失敗に終わるとしても、自身の信念に従い踏み出す一歩の意味は大きい。僕には踏み出す勇気が不足している。
居酒屋で初めて会った時は、何て粗野な人だろうと思った。
だが違った。黒須さんは揺るがない信念を持っているから、僕のように周囲の人たちの顔色を窺う必要がない。
だからと言って、彼は他人に冷たい人ではない。
むしろ他人に優しく、自分に厳しい人だ。
黒須さんという見習うべきお手本が身近にいるのだから、僕はもっと努力しなければいけない。例え失敗するとしてもだ。……よし。
「皆で一緒にお風呂に入りましょうか!」
「え、嫌だ」
「今死ね」
「意図は判るけど完全に間違えてるよ」
「も、申し訳ありませんでした…」
た、例え失敗……したぁあああああああっ!
――カノン視点――
同じことをイオくんが言ってたら、笑い声に変わったんだろうな。
でもねユウトさん、私は頑張って空回るユウトさんが大好きだよ。
イオくんを目指すんじゃなくて、ユウトさんとして大きくなってほしい。
もしユウトさんがイオくんみたいになったら……うん、ないね。
――リリ&ココア視点――
イオリ帰って来て~~~。ユウトが怖いよ~~~。
カノンがそんなユウトも好きみたいな顔しててウケる。(笑)




