67:スパイシーなギリシア
シャリアと俺を二人きりにはさせられないと、ひっじょーに心外なことを言うアミーナと三人で地下の倉庫へ。
「遠慮せず入って」
「悪いな。抜き取り確認はしろって言われてるもんでさ」
「当然のことよ」
三つ並んでいる補強された長い木箱の一つをアミーナが開けると、魔石がびっしり並んでいる。
驚くべきことに、同じ大きさと色の魔石が整然と並べられているのだ。
「この色の濃さは、充填回数を基準にしてるのか?」
「そうよ。イオリが言ってたように魔導製品は十回以上の再充填が基準でしょ?」
「うちは十回以上を保証して売る」
「保証はすごいわね。うちは二十回くらい出来そうな色を基準にしているわ」
「そっちもすごいぞ。大きさが揃ってて小粒なのも都合がいい」
「でしょう? 屋外使用品は小さく軽い方が良いもの」
箱の中は魔石の大きさプラスアルファで仕切られていて、ご丁寧に麦藁緩衝材で包み込まれている。
当然ながら段間には板材が敷いてあり、これなら馬車で輸送しても魔石に傷が入ることはない。
はっきり言って、アデーレにここまでしてくれる商会はない。
再充填できる質の魔石でも、傷が入っていると充填回数は少なくなる。
クラック級の大きな傷だと初回の充填で砕けるし、目視だと判らない傷もあるため、製作しながら指先の触覚で確認する。
いかなシルバラッド錬金工房といえども、仕入れた魔石の不良率は三パーセント前後ある。
だから受注数量よりも多く仕入れる。
「どこまで仕入れ管理をしてるんだ?」
「うちは特定のハンターから直接仕入れてるの」
「買い取りの際に全数検査を行っていますのでご安心ください」
「それはまたすごいな。オーケーだ、三箱とも買わせてもらうよ」
「これからも贔屓にしてね。うちは迷宮産物も扱ってるから」
「マジか。最高だなバラッカ商会」
あぁそうか、迷宮都市との売り買いが多いんだな。
屋外使用品って言葉は、錬金術師か探索者、ハンターくらいしか使わない。
店舗に戻って金額を確認すると、単価は十五万シリン。
アデーレより五割増しで高いが、あの品質と管理体制なら納得の値付けだ。
ウェルニアも嗜好品、贅沢品の課税率は五割らしいので、一割減免の単価は十三万五千シリン。
一箱五百個が三箱なので千五百個。
合計価格は二億とんで二百五十万シリン。
「輸送費はいくらだ?」
「今回はご挨拶代わりに無償で届けるわ」
「挨拶代わりにしちゃ高すぎる。無理はしないでくれ」
「魔石三箱なら問題ないわよね?」
「問題ありません。四日後に出発する東方第二隊商がよろしいかと」
迷宮産物を東方諸国へ輸出する隊商があるらしく、三箱を運ぶくらいは何の問題もないと。
納期が一ヵ月弱なら俺らも余裕を持てるものの…
「なあ、中央街道は……あ、戦線がカデナまで南下してんだっけか」
「耳が早いのね」
「ここだけの話、それ用の魔導具に魔石が要るもんでね」
「そんなことを教えていいの?」
「礼代わりってことで。たぶんヴォーリッツは大勝する」
「ふ~ん。アミーナ」
「承知しました。東方方面各隊商長に通達します」
商人は戦争の勝敗で動くとルーカスに教えられた。
敗戦国は賠償金を支払う上に国土を切り取られるため、一気に経済力が落ちて生産力も急落する。
買うなら叩けるし、売るなら値を吊り上げられるそうだ。
特に売る場合は、国民が金を持ってる内でないと値を上げられない。
何を売るのか。当然ながら穀物を中心とした食料だ。
買えなくなるかもという危機感が強いため、買い貯めに走るのだと。
「じゃあこれ。額面を確認してサインよろしく」
「確かに。イオリと出逢えてよかったわ」
「俺もシャリアと出逢えてよかった。これからもよろしくな」
「こちらこそよ。寝室の鍵は開けておくからいつでも来て」
「会長……」
「魅力的な話だけど、裏切りたくない女がいるんでね。気持ちだけもらっとく」
「ハァ、良い物とイイ男って売れるのが早いわよねぇ」
シャリアの至言っぽいものが出たところで取り引きは完了。
浴場があって証札を使える宿をアミーナに紹介してもらい、しつこく「うちに泊まれ」というシャリアに愛想笑いを送り商会を出た。
「イチイチ芸術性が高えな」
宿は内装がアーティスティックなら、風呂場も同様。
白亜の大浴場って感じで、白大理石に彫刻が施されている。
これで湯口がライオンならパーフェクトなんだが、アレは象さんだな。
風呂上りにレストランへ直行してフリーズした。
「こ、このスパイシーな香り……ここはインドだったのか!?」
「お客様? 如何なされましたか?」
「カレー?」
「はい?」
「この複雑なスパイスの香りはナニ!?」
「ウェ、ウェルニアは香辛料の産地でして、各種ラッサル―マを…」
埒が明かないので席についてメニューを見ると、色んな種類のラッサル―マという文字が並んでいる。
確かに「カレー」と翻訳されはしないが、いわゆる本番のインドカレー的な料理を周りの客が食べている。
おいおい、あれなんてビリヤニにしか見えねえんだが。
「あの人が食べてるのライスだよな?」
「はい、香辛料と一緒に炊き上げたライスでございます」
ハレルヤ。ココアたちを連れて来なくては。
「全部」
「はい?」
「このメニューに載ってるの全部」
「か、畏まりました」
ルーカスがやたらとスパイスを持ってる理由はウェルニアか。
隣国がスパイスの産地なら納得だが、街中でスパイスの専門店を見たことがない。
辺りを見回して目が合ったウェイターを呼んで聞くと、栽培が難しいため輸出量は少ないのだと。
「バラッカ商会はスパイス扱ってる?」
「政商であられますので、取り扱われております」
定期購入で。
怒涛の勢いでカレーとビリヤニを食べまくった翌朝、ひとっ風呂浴びてからレストランへ。
昨夜は手を着けなかった肉類をオーダーしてみると、タンドリーチキンよりも北京ダック寄りなアレコレがずらっと並べられた。
ちょっとした部屋サイズの石窯の中に吊るして焼いているらしいが、各種スパイスソースに漬け込んでから焼くとあってどれも美味い。
「ちょっといいか?」
「お伺い致します」
「二日くらい日持ちして、冷めても美味い料理ってある?」
「二日間ですと、スパイスに漬け込み油で揚げた肉やパン、水分が飛ぶまでスパスイスで炒めた芋類や豆類であれば大丈夫かと」
行商人や隊商の連中が、出がけに買っていく弁当みたいな物が三種あるらしく、サンプルを見せてもらうとデカい葉っぱに包まれていた。
「これ五つを一纏めに包める?」
ウェイターは俺が平らげた皿の数をチラ見して、納得の顔を浮かべた。
「繋いだ葉を最後に紐で縛ってもよろしければ、ご用意いたします」
「グッド。三種を一つずつ。証札で宿泊代込みの先払いして、後で取りに寄るからよろ」
「畏まりました。ご用意させて頂きます」
ハシュアは住めると思いつつ、チェックアウトしてバラッカ商会へ。
「ようこそバラッカ商会へ。お探しの品がございましたらお申し付けください」
「アミーナの手が空いてれば呼んでもらえる? イオリが来たって言ってもらえれば判るから」
「承知しました。暫くお待ちください」
待つ間に一階をざっと見てみると、家具類が多い。
これもまた山一つ越えただけなのに、デザインや木材の使い方がアデーレとは違う。
アデーレは鉱山都市だけあって釘に困らないのだが、こっちは組み木なのか、繋ぎ目をよく見ると手間をかけた仕事だと判る。
「お待たせ致しましたクロス様。連日のお越し、真にありがとうございます」
「どうも。スパイス類を定期で買いたいと思ってさ」
「あまり多くは出せないのですが、それでもよろしければ」
「自宅用だから量よりも種類が欲しいんだわ」
年に一度のスパンで、詰め合わせを一箱なら出せるというので当然OK。
送り先はシルバラッド錬金工房にしてもらい、年末か遅くとも年明けにはクロス錬金工房に名称が変わると伝えておいた。
「会長が一度ご挨拶に出向きたいと申しているのですが、如何でしょう?」
「製品の品定めか」
「身も蓋もありませんが、有り体に言えば」(苦笑)
「望むところだ。いつでも来てくれ。修羅場ってる時も多いけど」(笑)
「ありがとうございます。時期を決めてお報せします」
「了解。じゃあシャリアによろしく伝えといて」
「承知しました」
ホテルに寄って弁当をピックアップし、靴底がヤバいので魔獣と戯れるのは程々にしようと心に誓い、ハシュアを後にした。
「待て待て待て待てっ!? うおぉぉおおおおおーーーっ!!!」
麓の森を抜けたところで、ワイバーンの群れに急襲された。
行きがけに狩った魔獣が撒き餌になった臭い…




