63:ワーカホリック
五月四十日の休息日、いつもより遅く起きてバルコニーで木剣を振っていると、西広場前に見たことのある馬車が停まった。
あのガチガチに装甲をつけた黒塗り馬車は、ダンカン会頭専用車。
「クロス殿~!」
馬車を降りたダンカンがどこか疲れた笑顔で手を振り始めた。
「休息日にどこのワーカホリックだ!」
「はっはっはっ、確かに中毒やもしれませぬな!」
休日と知りながらも王都から戻ったその足で寄ったらしく、仕方ないので招き入れて、皆で朝メシを食べることに。
「素晴らしき居宅ですな。天井の魔灯は売りませんのか?」
「意外といい出来だからその内に。それより用件は複合魔導具だろ?」
「然り然り」
当初は王国軍務院が発注元になる予定だったが、国王の勅命に変わったと。
なぜならば、軍務院が発注元になるとローメンス辺境伯が税金でアホほど儲かってしまうから。
そこで国王は、今回のオーダー分を非課税にする勅命で国庫から支出する。
辺境伯との話はついているらしいが、詰まる所は強権で黙らせたのだろう。
まあ、国の存亡とまではいかないまでも、戦争の勝敗が懸かっているので仕方ない。
一方、シルバラッド錬金工房を占用する対価として五〇〇万を上乗せし、一個当たりの非課税価格三〇〇〇万シリンで買い上げてくれるそうだ。
ダンカンの取り分六〇〇万を差し引けば、工房の取り分は二四〇〇万シリン。
普段の課税ケースなら二〇〇〇万なので、四〇〇万よけいに儲かるという話。
注文数量は千個で確定。
材料原価を前回と同じ一〇〇万と仮定すれば、千個分の仕入れ原価は一〇億。
「二三〇億シリンの粗利ですか。悪くはないですね」
「え、なにお前、二三〇億がそんな感じなの?」
「祖父が会長、父が社長を務める企業グループは、前年の本体単独売上が二兆五〇〇〇億超でした。粗利率も四〇パーセントを超えています。つまり一兆ですね」
「「「「………」」」」
「ねえイオリ、ちょうって何?」
「一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億、百億、千億、一兆」
「へっ…?」
うん、兆なんて言葉は普段使うことないからね。
超ならよく使うけど。
「お前の親父さんって年収おいくら?」
「確か十億ほどです。こう考えると安く思えますね」
爽やかに微笑んどるで。
そら大学生でフェラーリ転がせるわ。
俺はどんなに金があっても、四十歳くらいまでは大型ピックアップトラックの一択だな。
そんで長めのキャンピングトレーラー牽いてキャンプ旅をしたい。
この夢が叶うことはもうないんだけど。
んや、キャンピングトレーラー造って軍馬で牽くか?
「なあユウト、エアサスの構造を知ってるか?」
「知ってますよ。馬車の改良ですよね?」
「まぁそんな感じ」
ヤバい造れそう。
タイヤもカーボンブラック混ぜればどうにかなると思うし。
こうなると展望ルームがあるトレーラーだな。
よしよし、夢が復活した。
乗馬と御者の練習をせねば。
「ダンカン商会の王家政商認可はどうなんです?」
「今のところは夢のまた夢ですなあ。ローメンス伯家のご認可もあと数年は先。いずれにせよ、ダンカン商会の命運はクロス工房の先行きに懸かっておるのです」
政商認可には明確な条件と基準があるらしい。
いきなり王家政商というのは無理で、通常は下級貴族家のお抱え商会を目指す。
アデーレならルーカスの伯父だ。
ダンカン商会は去年と今年で名を売ったこともあり、一足飛びにローメンス辺境伯家のお抱え認可を狙える。
とはいえ、ローメンス辺境伯家に税金が落ちる取引で、累計一〇〇〇億シリンを超えなければ検討対象にすらなれない。
これが王家になると、累計五〇〇〇億シリンに跳ね上がる。
王都に店舗を構えている必要もあり、基本的には三代以上の存続で信用度を上げる必要があるそうだ。
条件や基準をクリアしたとしても、王家を相手に商売が出来るわけではない。
伯爵以上の上級貴族家当主から王家に紹介されて初めて、公爵家を含めた王室ご一党と直接会える可能性が生まれる。
が、もし嫌われたら即終了。
「シルバラッド錬金工房との累計取引高はどれくらいですか?」
「四〇〇億程になりますな」
「あと六〇〇億ですか。今回の一〇〇〇個は非課税なので対象外ですね」
「国政が絡む取引にはよくあることです。利益付いて信用付かず、ですな」
信用か。
軽く考えてたけど、信用証札をもらうって大変なんだな。
ルーカスが積み上げてきた実績から生まれた、ネームバリューあってこそ。
堅苦しい付き合いと暮らしが嫌いなルーカスは、アデーレに住む人たちのためにとそれをやってきたんだろう。
権力者とパイプが繋がってなきゃ成長は望めない。
成長しないとやりたい事はやれない。
面倒だからって俺が逃げたら、クロス工房は信用を信頼に伸ばすどころか、ルーカスが作った信用を失ってしまうんだろう。
俺たちは手持ちの大金で暮らしていけるけど、クロス工房が仕事を取れなくなったら、工場で働いてくれてる皆やダンカン、オルセンに迷惑をかけてしまう。
いや俺らも暮らしていけないか。
たぶん三〇〇年くらい生きるんだろうから。
リョウタロウ・ナカムラも悩んだんだろうな。
でも出逢ったダチとの縁を大切にして頑張って、ルベリオン王国を帝国にした。
ダチの孫の代まで面倒をみて、帝国を世界最強の国にしたのは素直に凄いと感心する。
あぁそうか、出逢ったのはダチじゃなくて恩人だったのかも。
俺たちにとってのリリやルーカスみたいな。
何にしろ、今出来ることを着実確実に頑張るしかない。
あれ? アデーレに来た当時と変わってねえな。
「とりま話は分かった。明日の朝イチで材料手配をかけるよ。魔術薬の要求数量も判ったらすぐ教えてくれると助かる」
「ダンカンさん、注文書もお願いします」
「承知しました。美味なる朝食を馳走になりました。では私はこれにて」
ダンカンを玄関で見送ったユウトが、『欲を隠さない人だから付き合いやすいですね』と笑う。
するとカノンが、『イオくんの気質に合わせてるんだと思う』と付け加える。
俺とユウトは、思わず「なるほど」と顔見合わせ納得した。
下手な小細工するような奴はイラっとするからな。
「休日なんだし、切り替えてのんびりしようぜ」
「水を差すようで申し訳ないんですけど、もう少し仕事の話をしません?」
「つーと?」
「役割分担の明確化と、年棒くらいは決めておきたいと思いまして」
「あぁそうだな」
「私は上下水道整備の先の新製品が気になるよ。開発計画は必要だと思う」
「今は思いつきとノリでやってるからな」
「センパイがいない間は話せないもんね。仕事も八月からずっと忙しいし」
「それな」
「ねえイオリ、一緒にお風呂入ろ♥」
「今すぐ入ろう」
「をいっ!」「「えぇ…」」
「ジョークだって」
「私も冗談だよ(笑) 入ってくるね~♪」
リリもすっかり風呂好きだ。
三階のバスタブは広くてイイ感じの深さだから、つい長居してしまう。
「年棒は一億シリンで十分じゃね? 娯楽も欲しいモンもねえし」
「僕に異存はありません」
ココアとカノンも頷いたので決まり。
次は役割分担。
「ユウトは特殊品開発と業務管理。カノンは医薬品開発と財務。ココアは民生品開発とデザイン全般で」
「前々から考えてたんですか?」
「いや、そんな感じになってんじゃん」
「センパイはなにすんの?」
「工房主だから偉いさん専門の渉外と、民生品以外の開発製造」
「イオくんそんな感じになってるね」
「つーかさ、当分は俺とココア、ユウトとカノンって分け方でよくね?」
「合理的だと思えます。では定期で経営会議を開いて意思決定しましょうか」
「「賛成」」
「決まりで」
お次は開発計画。
「もう一個ボード造ってさ、開発したいモノを書き込んでいけばよくね?」
「黒須さんは枠決めが上手いですね。賛成です」
「皆が見れて、皆で取捨選択して優先順位をつけられるね」
「カレンダー付の手帳が欲しい、とかでいいの?」
「超いいじゃん。俺も欲しいわ」
「僕も欲しいです」
「私も欲しいな」
「柔らかダブルのトイレットペーパーもほしいんだが」
「下水道が出来たら作るよ。今作ると壺にめっちゃ溜まるっしょ」
「あぁそうだな」
「カートリッジインク式の万年筆なんてどうかな?」
「いいですね。ヒット商品になる予感がします」
そんなアレコレをボードに書くってことで決まり。以上。
「よしココア、一緒に風呂入ろう」
「にゃ!? ムリムリムリムリムリ!」
「えーと、カノンさん…」
「……まだ無理」
近すぎて踏ん切りがつかないの法則。
まあ、焦る必要は何もない。
毎日が充実してるから、最近の俺は大賢者モードだ。
「素振りの続きしてくる」
手の豆が潰れなくなってきたこと、風切り音が小さくなっていることを実感しながら、ぶっ倒れるまで木剣を振り続ける。
余計な力を使わなくなってきてるのか、ぶっ倒れるまでの時間が長くなってきている。
もう暫く素振りを続けて、ガンドウと仕合ってみるかな。




