62:予定調和
五月も残すところ七日となった夏の昼下がり、ルーカスの対面に座るユウトとカノンは、真剣な面持ちで試験に臨んでいる。
かれこれ五時間近くぶっ通しだ。
二人ともココアが作った「必勝」の文字入りハチマキを締めているが、受け取った時に『合格じゃないんだ…』とカノンが呟いたのは余談である。
「これで最後だ。抜かるな」
深く頷いた二人はガラス製の小皿を手に取り、何かの粉末を凝視し口を開く。
「「【鑑定】」」
カリカリカリ………
二人の背後から解答が書き込まれていく藁半紙を覗くと、やはり鑑定で視える順序が同じなのか、今回も書き込んでいる答えの順序は同じ。
こちらの言語と文字で書かないとルーカスが読めないため多少の違いはあるものの、内容は同じだと思われる。
分 類:植物
名 称:ジキタリス
薬 効:強心作用 (心筋収縮力向上)、心拍数減少作用 (迷走神経興奮)
特 徴:有効域と中毒域の分量差が極めて小さい。
副作用:食欲不振・吐き気・嘔吐・不整脈・視覚異常・精神神経系異常
注意点:腎機能低下状態では中毒域が大きくなる。
解答を終えた二人が、ルーカスに答案用紙を手渡した。
「………………………………………………………うむ、二人とも全問正答だ」
「「ふぅ」」
全五十種全正解。
最初にやった文章問題も全五十問全正解。
キモイくらいすげえ。
「意味わかんない言葉が多いよね」
「言うな。悲しくなるから」
「センパイって意外とそういうの気にする」
「負けず嫌いなのよ」
「でも勉強しないじゃん」
「長く座ってるとあ"ーーーってなるのよ」
「わかる。あたしね、いつの間にかお絵描き始めちゃうのよ」
魔力操作教本の余白が、魔法少女の創作漫画で埋め尽くされていってるもんな。
第一話から始まってるもんで、思わず読んでしまうというね。
「二人とも薬師共同組合で薬師認定試験を受けるがいい」
はいはい、そう展開していくわけね。
「薬師になれば、クロス工房でも薬剤の製造販売が出来るんですよね?」
「然り。今日にも申し入れれば試験は月内、免状は来月早々に得られよう」
「分かりました。頑張りましょうカノンさん!」
「うん、頑張ろうね!」
「一つ忠告しておく。識別設問で鑑定術式が使えると悟られぬよう気を配れ」
「なぜです?」
「薬師の妬みを買うからだ」
調剤と販売で薬師と錬金術師は競合するが、嘗ては住み分けができていた。
薬師は生薬や動物の角や内臓などを粉末にして調剤し、庶民でも有り金を叩けば買える価格で薬剤を販売していた。
一方で、錬金術師は生薬や動物の部位はもとより、魔草や魔獣などを錬金溶液と合成製薬し、確実に効く魔術薬を高額で王侯貴族に販売していた。
ところが、商工業の発達と共に庶民の所得が増え始めた時代、低位の錬金術師が魔術薬の市場価格を下げ始め、庶民の手がギリギリ届く価格帯で安定させた。
この現象には高位・中位・低位という錬金術師の格付けが確立され、高位か最低でも中位でなければ、王侯貴族をお客とする商売は出来なくなったという社会背景が大きく影響している。
そして現在、鑑定を使えない薬師は患者に対する誤診が多かったり、診断が正しくても薬効が低い、もしくは、薬効がない薬剤を販売するケースが少なくない。
こうなると、借金を含めて経済的に多少無理をしてでも、確実に効く魔術薬を求める庶民が増えるのは必然だった。
要するに、現在の薬師と低位錬金術師は犬猿の仲ということだが、薬師にしてみれば低位が高位でも錬金術師は錬金術師だ。
「鑑定が使えない俺はどうなるんですかココア教授」
「そんなことも分からないのかねイオリ准教授。助手のユウトやカノンに鑑定するよう命じればいいのだよ。私は鑑定くらいお茶漬けサラサラだけどね」
「流石ですココア教授。お茶の子さいさいだとは思いますが流石です」
「お、お茶漬けを食べるのも簡単なのだよ!」
「ココア教授、耳が真っ赤ですよ?」
「ガチ恥ずいのだよ…」
ルーカスは冷ややかな視線を向け、ユウトとカノンは失笑している。
俺はガチで恥ずかしがってるココアが大好きだ。
「ショートコントが終わったようなので話を戻します。僕らはルーカスさんの弟子だと知られているのでは?」
「良くも悪くも目立つイオリとココアはそうであろう。されど件の二つ名も、自ら名乗らねば衆目を集めることはなかろう?」
「ははは、否定の余地がないです」(苦笑)
「私たち地味だもんね」(苦笑)
「じゃあ僕らは腹違いの姉弟で、実父が故郷で薬剤店を営んでいた、という設定にしましょうか」
「もし尋ねられるならそうだね。早速申し込みに行こうよ」
カノンとユウトが工房を出ていき、何とはなしにスケジュールボードを見やる。
今年分の薬剤素材は発注済み。納期も九月二十日指定で調整済み。
製薬は余裕をみて十月十五日までに終わらせて各地へ出荷する。
予定どおりなら、八日後の六月一日に覚醒と発火の複合魔導具が、宮廷からダンカン商会を経由して発注される。
六月一日に素材を手配しても、まぁ二ヵ月は見とかないと危ない。
魔力源アリだから、仮に宮廷の威光が利いても千個前後の魔石調達は簡単じゃない。
数量さえ判明すれば先行手配もできるのだが、やっぱ注文書がないと怖い。
要求納期は九月内。
王都までの輸送を十五日と見積もって、出荷は九月二十五日以前が必須になる。
二十六日から二十九日まで銀の車輪で贅沢リフレッシュして、九月三十日から製薬になだれ込むという完璧な生産計画…どおりにいくといいな。
プライベートでは、先ず来月早々に仕立てた私服が出来上がる。
今となってはココアが作れば早かったのだが、まぁこっちのオーダーメイド品質を確かめておくのも悪くない。
来月下旬にシカとヒツジの鞣した革が革製品工房に届けられる。
ココアと革職人の打ち合わせはこれでもかというくらいやったので、冬までには素晴らしいブーツが出来上がることだろう。
もし変な仕上がりだったら、俺が造形と合成でカッケーのを造る。
他にも魔晶十八本が九月初旬に――。
「ねえセンパイ、あたし工場行っていい?」
「いいけど何すんの」
「寒くなる頃って忙しそうだから、今の内にコート作ろうかなって」
「いいね。結局んところ何色にするんだ?」
「ピンク♥」
「おい…」
「ジョークですぅ。女子は白で男子はチャコールグレイですぅ」
「グッド。期待してる」
「任せなさい。魔銀で装飾も付けるの♪ ルーカスのも作るからね!」
「楽しみにしている」
「そのまま家に帰っていいからな」
「はーい。んじゃ行ってきまーす」
新居に引っ越してからこっち、ココアの独り歩きに心配がなくなった。
ここは東大通りから一本入った場所だから、大通りを真っ直ぐ歩けば西広場。
工場の目の前に家があるので安心だ。
我ながら過保護な気もするけど、リスクは徹底的に取り除く所存だ。
リリも通勤距離が半分くらいになって喜んでいる。
独身寮は南大通り沿いだったけど、南門の近くだから結構距離がある。
「イオリ」
「ん?」
「六月から七月にかけてアデーレ男爵代官閣下、領主閣下、国王陛下に謁見する」
「え……マジで言ってる?」
「当然だ。見ず知らずのクロス工房を、誰がどう信用するという」
まぁ確かにそうね。
転移した時は何が何でも貴族は避けて通ると思ってたが、そうもいかない。
この七ヵ月で痛感した。
偉い人の助けを借りないと、若造の俺たちだけじゃやりたい事は出来やしない。
アデーレの上下水道浄化インフラも、代官と領主の許可なしじゃ出来ない。
甘えを捨てて腹括らないと。
来年には一家の大黒柱になるんだし。
「わかった。キッチリやる」
「うむ。伯父上殿とは六月九日、領主閣下とは六月十九日、両陛下並びに殿下方への謁見は七月一日で承諾を得てある。謁見の前後では王国重鎮諸侯との知己を得る。園遊会や晩餐会への出席が相当回数あると心得よ。帰着は早くて七月末だ」
もう少し甘えておきたい…
いや日取りが決まってるってどういうことだよ、この根回しファンタジスタめ。
「あ、正装なんて持ってないぞ」
「既に手配しておる故、心配には及ばぬ」
「なん…だと…」
これが予定調和……お前の仕業かライプニーーーッツ!
五月三十八日の午後、工作室の棚を片付けていると、ユウト、カノン、ココアが駆け込んで来た。
「合格しました!」
「私も合格したよ!」
「センパイのシャツとネクタイとスリーピーススーツできたよっ! あとタイピンとカフリングも! 靴は黒いヘビ革だけど我慢で!」
三人はかいてない汗を手で拭って『ふぅ』と息をついた。
世界は俺の知らないところで動いているのだな。
ライプニーーーーーーッツぁあ!




