61:【章間】アイゼン・ロウのやらかし
――アイゼン・ロウ支部長視点――
コンコンコン
「どうぞ」
カチャ
「やっほーシア」
「あらリリアーナ、ここへ来るなんて珍しいことね」
「支部長に話があるんだけど大丈夫かな?」
「どんなお話かしら」
「もうすぐ引っ越すって職長に言ったら、支部長にも伝えておけって」
「退職…ではないのよね?」
「違う違う、寮を出るだけ」
「彼と?」
「イオリがね、ミレディさんからお家を買ったの♪」
「それは素敵ね」
ビーーーッ! ピッ!
「どうした」
「リリアーナが私事をお伝えしたいそうです」
「…通せ」
ピッ!
「どうぞ?」
「ありがと」
カチャ
「失礼します」
視界の端に映るリリアーナは相変わらず美しい。
しかし雰囲気が変わっている。
彼女と最後に言葉を交わしたのがいつだったか思い出せん…これは拙い。
「急ぎか?」
「いいえ、お待ちします」
婚約者が姿を晦ましたと耳にしたが、まさか辞めるなどと言わんだろうな?
他領の中等級ハンターが多く流入するこの時期に辞められるのは困る。
カリカリ カリカリカリ カカカッシャシャ
「待たせた、聞こう」
「独身寮を出ることを支部長に伝えるよう、オーウェン職長に言われました」
やはり退職か…勘弁してくれ…
「隣室で話をしようじゃないか」
「はい(どうして?)」
ビーーーッ! ピッ!
「お伺いします」
「応接室に紅茶を頼む」
(えぇ…)
「承知しました(どうしたのかしら)」
カチャ
「入って楽にしてくれ」
「はい…」
そう不安気な顔をしないでくれ!
カチャ
「お待たせしました」
「誰か来たら待たせておけ」
「承知しました。(難しいお顔ね。何か勘違いなされてるのかしら)」
予算の兼ね合いで増員は二名が限度。
理想を言えば五名は増やしたいところ。
この状況下でリリアーナが辞めるとなると、人員計画の全てが狂ってしまう。
そもそもギルドの窓口嬢は、婚姻までの腰かけが多い。
そこへきて見目麗しく長寿な上に人気も高いリリアーナに辞められる損失は、余りにも甚大だ。
ここは何としても懐柔せねばならん。
「担当直入に言おう。窓口を統括する副職長でどうか」
「え…?」
「(くっ、不足か)ならば給金を正規の職長と同額にする。今の倍だ」
「えっ? で、でも、私まだ五年しか経ってないので、他の職員に悪いです…」
「そのような気は遣うな。故郷へ戻られるくらいなら安いもんだ」
「誰か故郷に戻るんですか?」
「なに? リリアーナは故郷に戻らないのか?」
「今はまだアデーレを離れるつもりがありません。(イオリがいる間は♥)」
仕事に対する不満が原因だったとは想定外だ。
オーウェンからは問題も不和もないと聞いているのだが、女のいざこざは表面化しにくいということか。実に厄介だ。
「しかしだな、アデーレにギルドよりも条件が良い職などない思うのだが」
「そ、そうですね、私もそう思います」
「だろう? 副職長で給金は職長と同額。これで手を打とうではないか」
「…本当にいいんですか?」
「無論だ。誰にも文句は言わせんし、オーウェンにも働きやすい環境を整えるよう厳命しておく」
これ以上は流石に出せんが、どうだ…
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
「そうか! 良かった! リリアーナには期待している!」
「心機一転で頑張ります! 今度の休息日には独身寮を出て西広場前に引っ越すので!」
「おぉ西広場前か! 家賃は高いが閑静で良い物件が……」
ちょっと待て、給金が倍になっても西広場前は到底無理だ。
奥まった場所ならいざ知らず、広場前の相場は安くとも月額五十万ユルグを下らない。
「一つ確認したいのだが、西広場前とは大通り沿いという意味か?」
「支部長もミレディさんはご存じですよね?」
「無論だ。彼女が幼かった頃から知っている」
「私の恋人がミレディさんからお家を買ったんです♪ 五十年の所有権付きで!」
こここ、恋人が五十年の所有権付きで…だとお!? 一体いくらするんだ!?
「も、もう一つ確認するが、退職する気はなかったのか?」
「ないですよぉ。独身寮を出て西広場の前に引っ越すだけです」
「ギルド職員のままか?」
「ままです」
ドサ
「お疲れみたいですけど、体には気をつけてくださいね? 私はこれで失礼します」
「ご、ご苦労だった…」
やっちまった……予算がないというのに勘違いで余計な人件費を……くぅ!
◆ー◆ー◆
「広い! 綺麗! 素敵! イオリ愛してるっ♥」
「俺もリリを愛してる。もちろんココアも愛してる。ほらこっちゃ来い」
「はーい♥」
いやホントこのメゾネットはいい。ミレディの親父さんとお袋さんの物が取っ払われたもんで、前に上がり込んだ時より圧倒的に広く感じる。というか広い。
四階は広いダイニングキッチンと広いリビング、そこそこ広いゲストルームが四部屋、トイレ、洗い場、浴室、広いバルコニー。
三階は広い浴室とトイレがコネクテッドのマスターベッドルーム、サブベッドルームが二つ、トイレ、造り付けの書棚に囲まれた八角柱形のシックな書斎、サンルーム型バルコニー。
トータルの専有面積は四〇〇平米を超えてるだろう。
なんと言っても良いのは天井が高くて壁が厚く、鎧戸付きの透明なガラス窓が多いこと。
バルコニーに面したデカいガラス扉はセキュリティの追加が必要だと思うが、ユウトとカノンに協力してもらえば余裕だ。
「いやあ、本当に良い物件ですね」
「壁の色漆喰もデザイン性があって綺麗だし、魔導設備も結構揃ってるね」
「僕らもここに負けない物件を探しましょう」
「うん、今から楽しみ♪」
四階のリビングに集合して、引っ越しの段取りを相談するか。
リリも昇進して給料が倍になったし、最近はいいことづくめだな。
「ユウト、引っ越しの人手はどうだ?」
「ギルドで十名を確保しました。バイト代の総額は百万ユルグになります」
「百万? 一人十万? そんなにすんの?」
「梱包と運搬の経験者で、迅速丁寧な仕事を絶対条件にした相場らしいです」
「明後日の休息日だけで終わるからいいじゃん」
「昼食と夕食代も込みだし、梱包材と荷車も持参してくれるみたいだよ」
「私の荷物が多くてごめんね?」
「いや、リリの荷物はそう多くない。今造ってる魔導機器の物量がな」
ミレディが魔灯を全部持っていったから照明がない。
どうせだから浴室も含めて、壁や天井に取り付ける照明魔導器を造ってる。
黄色じゃなく白色灯で、玄関前やバルコニーにも付けたいから二十台は必要になる。
基板は魔銀だけど、固定金具を含めた二十台分ともなれば総重量は結構なもの。
何気にスケールと脚立が存在しないことに気づいて造ったし、俺とユウトは照明の取り付けで手一杯になるだろう。
他にもデカいベッドとソファを五脚、照明付きのデスクと椅子が四脚。
工房から運ぶ物の方が圧倒的に多い。
「まあ、変にケチって後悔するのは嫌だしな」
「住んで初めて気づく必要品もあると思います」
「それな。さて、今日のところは晩メシ食って風呂入って帰るか」
「「おー♪」」
いよいよプライベートでも自立する日がやってくる。
今の気持ちを忘れずに、これからも頑張ってやっていこう。




