60:別れ
なぜ気を遣うのか知らないが、カノンはこの家で唯一無二のお高い茶葉で紅茶を淹れた。
ルーカスも「なぜそれを…」って顔してる。
「ユウト、カノン、預り証の説明よろしく」
「了解です」
「責任者はクラウドさんでよろしいですか?」
「俺で構わない。念のためシドも聞いといてくれ」
「応よ」
折角なのでお高い紅茶を啜っていると、リゼがチラチラと俺に視線を送ってくる。
いやココアさん、脇腹を手刀で突くのは地味に痛いから止めてくれ。
さておき、こっちはこっちでミレディと契約事を話さなきゃならない。
そう、あのメゾネットを買ってしまうのだ!
「なんちゃら所有権は大丈夫だったか?」
「二つ返事で驚いたくらいさ。ご領主様はイオリの名をご存じだったよ」
「ルーカスの弟子だからな」
「シルバラッド様、これが工房主でよろしいのですか?」
「これって言うな」
「ユウトとカノンがおる限りは支障ない」
「「おい!」」
叫んだものの、ココアと俺は否定できないとこがちょっと悲しい。
「そういやぁさ、今の内に渡した方がいいんじゃね?」
「あ、そだね」
ココアがバッグから出したのは、赤地に白の格子、日本でよくタータンチェックと呼ばれる柄でフランネルのフード付きパジャマと、同じ柄のフカフカなスリッポン。
それをサイズ違いで二セット。
「はいこれ、試作品だけどミレディとお母さんにプレゼント」
「こんな上等な衣装と履物を……いいのかい?」
「魔獣狩りでお世話になったし、お母さんのケーキ美味しかったからお礼だよ」
ミレディが柔らかく笑み、『ありがとう。広げてもいいか?』と尋ねた。
ココアはこくんと頷き、触り心地に感動するミレディに説明していく。
よくある前開きパジャマではなく、首元から胸まで三つのボタンを付けたパーカーみたいなデザイン。
寝相が悪くても横ズレしないし、フードを被って寝れば暖かいのは見ただけで判る。
「ボクにも触らせてくれる?」
「構わないよ」
「うわぁ、柔らかくてふわふわだよ。いいなあ」
「私もよろしいかしら?」
「もちろんさ」
「素晴らしい手触りね……聖王聖下でもお持ちにならないと思いますわ」
迷宮都市の冬も寒いらしいが、こっちには暖かいパジャマがない。
寒ければ毛皮を敷いて掛けて寝る。
スリッポンはあるが、お決まりのキャンバス生地か革なので暖かくはない。
「わざわざ仕立ててくれたのかい?」
「デザインパターンと縫製は手作業だけど、糸と生地は魔術で作ったの」
「「「え?」」」
うちのココアはスゲーだろ。
「遅くても来年の冬までには多色展開で発売すっから、良かったらルカとリズも買ってくれ」
「リゼですわ」
「あ、ごめん。リゼも買ってね?」
アンネリーゼだったな。リズって誰だよ。
「ボク買いたい! でも高そうだよね?」
「まだ確定じゃないが、五万シリンで売るつもりだ」
「へっ?」
「そ、そんなに安く仕立てられますの?」
「原材料がアホほど群れてるからな」
「もしかしてヒツジの毛かい?」
「そだよ」
ウールフランネルというそうだ。
毛を梳かしたり伸ばしたりせず、毛羽立った太い糸を織るとフランネル生地になる。
製造工程が少ないし、ココアの野望を叶えるべくフルオート量産機も鋭意開発する。
ユウトの試算だと、ヒツジ狩りを外注で経費計上しても、一着当たりの最終原価は三千シリンもいかないだろうと。
拡販して普及するほど値段を下げていくことになるので、五万を発売価格にするというユウト戦略だ。
とまあ、実はプロモーションを兼ねたプレゼントを喜んでもらえたところで話を戻す。
「イオリ宛の立ち退き返金保証付き長期所有の権利証書を渡しておくよ。ここを見てごらん」
有効期間は三十年で残り二十一年くらいのはずが、今月の一日から五十年間の有効期間に変えられている。
加えて、ローメンス辺境伯領内であれば、転居先や土地の長期所有についても便宜を図ると書いてある。
「閣下もお考えになられておるようだ」
ルーカスが苦笑しながら言った。
これくらいは俺でも意味が分かる。
「ローメンスから出て行くなよってことだな」
「然り。ここまでなさる理由が分かるか?」
これも何となく分かる。
「ルーカスが錬金やってる場合じゃなくなるからだろ」
「それも大きな理由の一つだが、もう一つある」
もう一つ……はて? ココアも小首を傾げてらっしゃる。
「腕の良い錬金術師は、王都や他国の大都市へ流れがちなんだよ。イオリたちなら、ラヴィリオの都市機構や大手クランも大歓迎するだろうさ。金色狐もだよ」
「うちのマスターならクランハウスの敷地に工房建てちゃうね」
「バルラッカを引き抜いた際に建てましたものね」
ミレディたちの言葉を聞いてルーカスへ目を向けると、深く頷いた。
「クランが錬金術師を引き抜くのか。まぁ分からんことはないけど」
「もしあたしたちが金色狐に入ったら五人になるじゃん。そんなに要る?」
「ああ、バルラッカは古匠を持ってる魔工鍛冶師だよ」
「古匠を抱えておるとは大したものだ。鬼人であろう?」
「仰るとおりです。それも純血なので争奪戦になりました」
「ほほぉ、純血の鬼人には会ったことがない」
鬼人がヤバいってことしか分からんね。
名匠より古匠の方が上っぽいけど。
「ま、今んとこ俺らはアデーレから動くつもりねえし」
「家を買うからかい?」
「それもある」
「他の理由はなんだい?」
「この辺の土は金属元素が多くてさ。鉄なんて買ったことねえよ」
「イオリは抽出が出来ちゃう土系統魔術師でもあるの?」
すげえな。探索者にとっては常識かよ。
「系統魔術ヲタはあっちの二人。二人とも六系統使える」
「えぇーーーっ!?」
「じ、事実ですの?」
「事実だね。ここの四人はおかしいのさ」
「おーい」
「おかしい言うなしー」
「そ、そうですのね…」
闇は初級までだけだが同じく六系統を使えるルーカスは、我関せずとばかりに目を閉じた。
面倒事を嫌って、公称は三系統を使える錬金術師だったりする。
「いい時間だし金払うぞ。輸送報酬も一緒でいいよな?」
「構わないよ。重くて難儀しそうだけどね」
「いいモン手に入れたから心配すんな」
ボディバッグから証札を出――
「「「証札っ!?」」」
「ふっふっふっ、羨ましいだろ。超便利だぞ」
言いながらココアにボールペンを借りて一億四四〇〇万シリンの額面を書き、続けてほんの少し魔力を導入しながら署名。
「あはは…インク要らないんだ…」
「お二人の鞄も素敵ですわね…」
「俺らの故郷じゃ普通に売ってる。ほれ、ミレディも魔力導入しながら署名しろ」
「あぁそういう仕組みなんだね。初めて知ったよ」
「当たり前だけどミレディしか換金できないぞ」
ミレディはコクコクと頷きながら、証札をまじまじと見つめた。
証札は発行元を明らかにするため、王家と辺境伯家の紋章が透かしで入ってる。
紙質は赤みを帯びた生成り和紙みたいな感じで高級感がある。
「家ゲットだぜ」(サムアップ)
「うん! お引っ越し~♪ お引っ越し~♪」
ユウトとカノンも賃貸物件を漁っているが、取り敢えずは新居の客間に居候する。
ミレディが家の購入と併せて買った家具の大半はセンスが良いので、そのまま使わせてもらう。
色々と魔改装するつもりだが、魔導機器の運搬と搬入は大変だろうから、空間拡張バッグを造ってからが無難だろう。
まあ、戦士ギルドでマッチョを雇ってもいいんだが。
「じゃあなミレディ、帰って来た時は寄ってくれ」
「そうさせてもらうよ。イオリたちもラヴィリオに来る時は寄っとくれ」
「また会えるの楽しみにしてるからね!」
「私もですわ。ココアさんやカノンさんとゆっくりお話ししてみたいですもの」
「じゃあさ、迷宮都市で女子会しよっか」
「女子会…いい響きですわね。楽しみが増えましたわ♪」
ユウトの預り証関連が終わるのを待つ間、ココアたちは女子会の会場をどこにしようかと会話を弾ませた。
夜はパジャマパーティーをするらしい。
ユウトが独自に作ったガチガチの預り証説明が終わり、げんなりとした様子のクラウドは箱馬車へ、シドは幌馬車の御者台へ。
探索者はいつ死ぬか判らないが、また会えると信じて馬車を見送った。




