58:ココアの野望
この六日間ほど、【造形】を使わず皆でDIYをやっている。
年間ならぬ二年間スケジュールボードや書類トレイ、木製バインダー、宴会用のデカい折り畳み式テーブルや背もたれと肘掛けがある椅子などなどだ。
ココアは『丸椅子で良くない?』と言ったが、背もたれと肘掛けは酔っぱらった時にこそ威力を発揮するからマストで。
「いい加減にルーカスも手伝えや」
「私が使う物ではない」
「いやいや、テーブルと椅子はルーカスの送別会で使うだろ」
「送別会……手伝おう」
送別会は嬉しいらしい。
先日のルーカスご立腹事件については素直に詫びを入れ、一から十まで俺たちだけでやった結果を評価してほしいと頼んだ。
いつもの薄い笑みを浮かべ頷いたルーカスを見て、最初からこう言えば良かったと猛省した次第だ。
「こらこらこらこら、いきなり造形と合成を使うな」
「なぜだ」
「……手作りの温かみが欲しい的な?」
「何を馬鹿な。暇なだけであろうに」
鋭いなコノヤロ。
まあ、五日と半日を潰せたしもういいか。
「あーーーっ! センパイが造形使ってる! ズルい!」
「今から解禁で~」
「あたし初日から飽きてたんだけど! もお!」
暇潰しメインではあったけど、ココアが造形するとカワイイになるんだよなあ。
ほら、もう椅子がカワイイに変わってくし。
ユウトとカノンも造形の熟練度が上がってきているので、もうその辺の錬金術師なんぞ目じゃないだろう。
いい加減に魔術師ギルドに加入しろと言いたいが、迷宮に行くかもと思ってるのは俺だけ臭いので強制はできない。
そんなことを考えている内に、十二脚だった椅子が二十脚に増えている。
【造形】して【合成】すると釘やら木ネジが要らんから早いわ。
「終わったー!」
「錬金術の凄さを改めて実感するよね」
「黒須さんの椅子も凄いことになってます」(笑)
「思わず王様椅子を造っちまったぜ」(笑)
木材だけだから茶色一色だけどな。
「片付けて昼メシ行くか」
「はーい♪」
椅子を倉庫に放り込んで戻ると、ルーカスは定位置で大豆バーを齧り始めていた。
ルーカスはいい加減に結婚すべきだ。
常連になりつつある食堂で、四人前の日替り定食を大皿に盛ってもらう。
ココアは三人前、ユウトとカノンは二人前だ。
こういうオーダーになるから、快く対応してくれる食堂に通ってしまう。
というか、これ以上食量が増えるようだと我ながら嫌になりそうだ。
「ねえセンパイ、今から何かすることある?」
「どうしてもってことじゃないけど、代官府に行こうと思ってる」
「イオくん、受け取り予定は明日の午後だよ?」
「まぁそうなんだが、二、三日前に終わってるだろ」
「僕も登録と発行処理は終わっていると思いますよ」
ルーカスが辞退した報酬を工房の運転資金に回すと決めた日、つまりご立腹事件が起きた日、俺は詫びを入れた後で「工房の口座を作れないか」と尋ねた。
ルーカス曰く、政商認可を受けた商会は取引専用口座を持てる。
権力者を相手に商売する政商は取引額が大きいため、国が発行する信用証札という小切手的な紙で金銭の受け渡しをするそうだ。
ユウトは『ジャパンで言うところの当座預金口座ですね』の言葉に続けて、『過去の実績と直近半年前から年内、更に今後の取引高を考えれば、シルバラッド錬金工房は口座を開設できるのでは?』とルーカスに問う。
少し思案したルーカスは『前例は知らぬが可能性はある』と返し、伯父である代官宛に申し入れ状を書いてくれた。
それを俺たちが代官府に提出したところ、その日の夕方には『登録許可が下されました』と、使いの官吏が伝えに来たという経緯。
官吏は登録処理の後に発行される魔導式認証カードと信用証札の受け取り予定日を七日後の午後に指定したが、俺は三日もあればやっつけるだろうなと予想している。
急ぐことではないものの、やることが無くなったから行ってみようってノリだ。
「あたしも行かゃなきゃダメ?」
「なんだと? 俺を捨ててどこ行く気だ!? いやどこの男だ!?」
「バカ(笑) 工場に行きたいの。糸と生地を作る練習」
もう少しで糸作りから生地織りまでの一連を魔術で出来そうだから、このところ練習したくてずっとウズウズしてたと。
詳しく訊けば、原料の植物を解すことから始め、良質な繊維だけを抜き取り、更に解したり伸ばしたりしながら撚り合わせて糸珠を作り、知識にある織り方で複雑なパターン織りまで出来そうだと。
「お前すごいな?」
「うんうん! ココアちゃん凄いよ!」
「好きこそ物の上手なれ、だね。大したものだよ吉岡さん」
「えへへ~♪」
ほんとココアには驚かされる。
八割冗談だったのに、マジで服飾魔術師になってしまうとは。
「つーか、日曜大工やってねえで工場行けば良かったのに」
「皆で使う物を皆で作ってるのに、あたしだけ違うことするなんてヤだもん」
「我儘なくせに律儀だな?」
「あたしが我儘になったり優しくなったりするのはセンパイだけだもん♥」
こいつ……超カワイイんだが抱きしめてやろうかしら。
「ねえユウト、紡績機と織機の複合機を作りたい」
「ど、どうやってだい? 魔導器という意味だよね?」
「そだよ。術式にできそうだから」
「どんな術式なの?」
「色々たくさん」
原材料を解しながら異物を取り除く。
良質な繊維を選り分ける。色や光沢をつける。
繊維を伸ばしながら揃える。
揃えた繊維を纏めて紐にする。
紐を引き伸ばしならが撚りをかけて粗糸にする。
粗糸を更に伸ばしながら撚りを加えて細く丈夫な糸にする。
糸を筒に巻き取って縦糸と横糸のホルダーにセットする。
織り方を選択する。
パターンを選択する。
幅と長さを選択すると、生地が織り上がる。
「うわぁ……」
「ははは……」
カノンとユウトが口を開けて絶句してる。
術式を工程ごとに分けるのは誰でもやっている。
でも、それらを一発で事象発現させるんじゃなく、段階的に進めていく魔導器は見たことがない。
そうなんだよ。
魔術だから一発で事象化しろなんて決まりはないんだよ。
「いつか縫製機を合体させたいんだよね。編み機も作りたいなぁ」
「「え…」」
「どこの信長だっての」
「織田さんちの?」
「ご近所さんみたいに言うな」
なんかもう、独りユニクロみたいなことになりそうだ。
野望のココアを西広場まで送って、俺たちは代官府へ。
「お早いお越しですね。用意できております」
ほらね。
ルーカス宅に来た偉い方の官吏が、二枚の魔導式認証カードと、文庫本サイズだが革張り装丁の分厚い証札だろう一冊を机に置いた。
「特例として一枚はクロス殿に。もう割らないでくださいね?」
「ですよねー。(質が低いから簡単に割れるんだっつーの)」
どうやら、ルーカスは俺の分もカードを発行してくれと書状に書いたらしい。
その要望を代官が領主に伝えたところ、あっさり許可されたと。
カードと証札をボディバッグに入れ、ユウトへ目を向けて丸投げ。
「基本的な質問で恐縮ですが、この制度の正式名称はなんですか?」
「政商にもご存じない方はいますので。信用会計保証権利制度です」
「では証札は当然ながら、信用証札も略称ですか?」
「仰るとおり。正式には信用会計保証券札です。我々も証札と呼びますが」
王家や皇家だけの特権から派生した制度で、莫大な資産を有し税金など関係ない権力者が振り出す額面価格券札。
元になっているのは王札や皇札だと。
例えば、一千万の魔導具を王札で買うなら、自動的に五割の税金が差し引きされて五百万になるそうだ。
「免税ではありませんが、シルバラッド錬金工房も嗜好品販売所得税率は四割、必需品販売税率は二割に減免され、仕入れ品への課税も一割減免されます」
「「えっ!?」」
「ラッキーじゃん」
「こちらが権利証書です。紛失したり盗難に遭うと大問題になるのでご注意を」
「わ、わかりました。国境を跨ぐ取引はどうなるんでしょう」
「仕入れ先や売り先が友好国であれば通用します。この冊子を参照ください」
ユウトが捲る冊子を覗き込むと、結構な数の国名が載っている。
太字で書いてあるのは、ルベリオン帝国とウェルニア聖皇国、そして独立都市国家ラヴィリオ。
「ラヴィリオって迷宮都市だよな?」
「ですね…自治権を持つとは聞いていましたが…」
「特権工房になっちゃったね…」
「なんでそんな感じなんだよ。ルーカスと俺らがビシッと努力した成果だぞ? 普通に喜べばいいだろが」
「クロス殿の仰るとおり、喜ばれない方はお二人が初めてです」
気を取り直したユウトは個人口座と工房口座の入出金方法や、証札に記入した額面の現金化可否など、よく思いつくもんだと感心する質問を投げかけていった。
代官府から西広場の工場へ戻った俺たちは、魔術で楽しそうに糸を紡ぐココアの手元に見入ってしまった。




