57:上下水浄化インフラ構築企画
ダンカンとオルセンが帰ると、ルーカスが『正気か?』と言った。
「いや俺も乗るとは思ってなかった」(笑)
「賭け金の根拠と勝算を話せ」
「断る。つーか、ぜってー教えねぇ」
「………好きにするがいい!」
珍しく怒ったルーカスは、自室がある方の扉を開けて立ち去った。
「怒っちゃったよ?」
「ルーカスさんが怒るとこ初めて見たね」
「なぜ話さなかったんです?」
「ルーカスの手を一切借りない初仕事にするって決めただろ」
「確かに決めましたけど、もう少し柔らかい言い方でも良かったと思います」
「…まぁそうだな。後でフォロー入れとく」
「ねえセンパイ、あたしにもインフラのこと教えて」
ココアに頷きを返しながら促して前庭へ移動し、説明する。
二月の修羅場を乗り切って商品を出荷した日、俺は初めてルーカスに浄化関連の話をした。
あの時は井戸の横と、うんこ壺の中身を捨てる廃棄場所に浄化容器を設置するつもりだった。
しかし、よくよく考えれば全ての容器に魔力源を内蔵しなければならず、魔力を再充填できるレベルの魔石の入手は簡単じゃなく、交換作業も超大変になる。
魔石の品質は真球度と色の濃さで判断でき、長く生きて強い魔獣の魔石ほど品質は高い。
一定以上に品質が高い魔石は魔力の再充填が出来るものの、そもそも高品質な魔石は流通量が少ない。
井戸と排泄物廃棄場所の魔石を、定期的に調達・交換するのは実質無理だと悩み始めた。
そんな折、日課のド早朝ランニングに出かけたら、出勤途中のオルセンとばったり会った。
トラブル処理で早朝出勤だと苦笑いしてたから、普段はリリと同じくらいの時間に出勤するのだろう。
俺はアイデアとして「上下水道と浄化設備を知ってるか」とオルセンに尋ねてみた。
彼は近場なら領都の領主邸と周辺直臣家に上下水道があり、国内最大級ならば、王都の王宮と上級貴族家に上下水道と浄化設備があると教えてくれた。
「それがインフラに変更した切っ掛けだったんですね」
「そう。領都も王都も側溝みたいな流水道らしいけどな」
オルセンは『王家と領主家以外は年間利用料を徴収されます』とも言い、其々の金額を教えてくれた。
その時に『低所得者が払える金額じゃないと意味がない』と返したので、俺らに儲けるつもりがないと察したかもしれない。
「領都と王都はいくらなの?」
「年額で領都が六十万ユルグ、王都は百五十万ユルグだと」
「高っ!」
「ダンカンが賭けに乗った理由だろな。百五十万が六十万でも庶民には払えない」
「そゆことかぁ」
「王都は浄化設備の維持費が上乗せされてるんだろうね」
「間違いありませんし、王家はそれなりの利益を出していると思います」
「ダンカンが乗った理由はそれもあるだろな。俺ら儲ける気なんざねえのに」
詰まる所、ダンカンは日本人の価値観を知らないから乗った。
当たり前だが、彼は俺らが卸している魔導具の原価を知らない。
だからこそ、王都と同等以上の上下水道や浄化施設を造るなら、結構な年間利用料を取らなければ維持できないし、儲かりもしないと思ったのだろう。
「年額三万ユルグだと知ったら卒倒するでしょうね」(笑)
「子供の人頭税より安いからな」(笑)
少しばかりダンカンが可哀想な気もするが、今月の頭に俺が個人注文した魔晶で稼げるんだからいいだろう。
なんせ一級品を十八本、総額十八億シリンだ。
「ねえセンパイ、三万ユルグに理由ってあるの?」
「あるぞ。ユウト、詳しく説明しときたいからノートもってきてくれるか?」
「了解です」
色々と調べた数値を基に試算しているのだが、ノートを見ないと憶えてない。
「どうぞ」
「さんきゅ。お、清書してあるじゃん。さすがだわ」
「癖みたいなものです」
先ず前提として、上下水浄化インフラは維持費と手間がかからない仕様にする。
といっても五年に一度は、俺らの誰かが魔晶に魔力を充填する手間がかかってしまう。
俺とココアは忘れそうだが、実際にそれだけだ。
アデーレの確定世帯数は5897世帯。
この数字は今年の一月に人頭税を徴収された人たちの帳簿が元になっているので正確だ。
人口は3万1283人。こっちはある意味で推定数なのだが、出生届と死亡届が漏れなく提出されているなら確定人口になる。
この辺の数字は、ユウトとカノンが代官府に行って調べてくれた。
俺がダンカンに『全世帯の七割以上』と言った理由は、世帯主総数の約九割が定職に就いているから。
男の就職率は驚くほど高いのだ。
その理由はアデーレが鉱山都市だからで、世帯主総数の約半数が鉱山や金属関係の仕事に就いている。
とはいえ、「上下水道? ナニソレ美味しいの?」って人も出てくるだろう。
だから、少なく見積もって七割以上にしたわけだ。
確定世帯数5897の七割は4127.9なので、4128世帯と仮定する。
4128世帯から年額3万ユルグをいただけば、総額は1億2384万ユルグ。
ここから先が、ココアの質問に対する答えに繋がっていく。
定職に就いてる人の平均月収は約20万ユルグ。年収にして約200万だ。
西広場の工場で雇っている女性陣には、この金額を給料として払っている。
つい先日追加雇用したので、現在の従業員数は40名。
求人数は8名だったものの、400人近くが殺到したから18人雇った。
今の西広場は、ものすごく女性率が高いのだが、さておき。
40名に年額200万を支払うと、8000万ユルグ。
年間利用料総額の1億2384万から差し引くと、残額は4384万ユルグ。
残額4384万を平均月収の20万で割ると、219.2。
つまり、残った金で219人を一ヵ月だけ雇える。
ユウトと相談した結果、NHKよろしく利用料の集金に200人は必要だろうということで、毎年一月には200人前後のバイトを雇って集金してもらう。
そんな計算と逆算をして、年間利用料を3万ユルグに決めたわけだ。
「たくさん考えてたんだね」
「ユウトとカノンがな」(笑)
「アイデアは全部イオくんだよ」
「これでダンカンさんから一億五千万シリンを奪えば経費ゼロですね」(笑)
「奪う言うな」
「でもさ、七割以上が使ってくれるのかな?」
「絶対に使う。な?」
「使いますね。使ってくれる家庭には、蛇口とシンクをプレゼントするんだよ」
「それ上手い!」
ユウトには土壌から鉄とアルミを【抽出】してもらい、【合成】して鉄アルミ合金を作ってもらう。
それを俺が【造形】して蛇口を造る。
なるべく手間をかけたくないので、コックを九十度だけ水平に動かせば栓が全開するレトロな蛇口だ。
シンクは石製ならユウトが造れると思ったものの、「家によっては床が抜けるのでは?」と言われた。
十分あり得るので軽いアルミ製にし、利用してくれる各家庭へ水道管と排水管を引く際に設置する。
因みに、水道管の元栓は魔導式にして、浄化施設で開閉できるようにする。
これは料金を払わなくなる世帯への対策なのだが、当初は考えが足りず、集合住宅だと全戸が使えなくなってしまう。
そこで戸別元栓にしたら、イニシャルコストが跳ね上がった。
なんせミスリル系魔銀を山ほど使うことになる。
「あたしは皆に下水道を使ってほしいよ」
「ほんとそれな」
「下水はお金かからないから使ってほしいね」
「細い路地の奥は酷いですからね」
排泄物廃棄場所が少ないというか、廃棄場所を造れる立地が限定的なので、家の窓からうんこ壺の中身を路地に捨てる奴が少なくない。
冬は凍ってたからか気づかなかったのだが、一月半ば頃に「なんか臭くね?」とか、「うんこ踏んだんじゃね?」みたいな会話が始まった。
リリから「路地にうんこ捨てる人がいっぱいいる」と聞いたのが、浄化槽を造ろうと決めた切っ掛けだ。
今はもうすっげえ臭くて窓を開けられない。
「そういやあ、下水道の仕様を詰めなきゃな」
「改修作業は避けたいので、よくよく詰める必要がありますね」
「私思ったんだけど、廃棄管の内壁に水を流す仕組みが要るかなって」
「確かに!」
「やるなカノン」
「なんで水流すの?」
「管の内側にうんこつくじゃん」
「あー、カノン賢い」
「ありがとう♪」
下水道は地下を通すのだが、そこから地上まで石管を立ち上げて、排泄物を捨てられるようにする。
漏斗型の口には足踏み式の蓋を付けるのだが、間違っても子供や年寄りが落下しないよう、管の直径は四〇センチ以下にする。
うんこ壺は口の直径が五〇センチくらいあるので、中身を捨てる時は必然的に排泄物が管の内壁を伝うため、ロートも含め水で汚物を流し落とす機構は必要だ。
「廃棄管に細い上水道管を付けないとだな」
「そうですね。まんべんなく流し落とせる機構を考えます」
「頼むわ。さて、腹減ったし続きは昼メシ食いながらにすっか」
「お薬の話は?」
「そっちはざっくり考えてある。メシ食ったら素材発注しに行くべ」
「数量はどうするんです?」
「去年納品した数の半数分を発注する。下から千、五百、二百五十な」
「今なら半月もかからないかな?」
「俺的には十日でイケると思ってる」
「変態だ」(笑)
「まあな」(キメ顔)
最近よく行く食堂に入り、周囲の客が見るだけで胃もたれしそうな量を食べながら、下水道の仕様を詰相談していく。
薬剤の素材を注文しに行く道すがらでは、迷宮都市向け複合魔導具の出荷を手配しようとか、年間スケジュールボードを造ろうと言った相談もした。
まだ計画書や施工図に落とせるレベルじゃないため、もっと詳細を詰めなければ。




