56:短期計画
官吏たちが帰ると、今日からは俺が工房を仕切れと言われた。
仕切りの第一弾として、売上内訳書を基に来年四月末までの計画を立てろと。
ダンカン会頭とオルセン支部長が来たのはそのためらしい。
先ずは内訳書を見ながら、販売状況を確認し意見を出し合う。
「タンポンはナプキンの半分しか売れてないね」
「使い方に抵抗感があるんじゃないかな」
タンポンとナプキンは、どちらもワンパック四十個。
前者は三千シリン、後者は六千シリンが今の販売価格になっている。
日本だとタンポンの方が高いらしいが、こっちはマンパワーありき。
なもんで、手作業の工程数が多いナプキンの労務費が高くなってしまう。
タンポンはユウトが綿を纏めて圧縮成形する機械を考案したので、型に綿と留め具付き紐を詰め、プレス機をガシャガシャと三回押せばいい。
後はコルクを繰り抜いた部品を付けて完成する。
製造原価がナプキンの半分で収まっている理由だ。
「私から一つよろしいでしょうか」
オルセン支部長が人差し指を立てて軽く手を挙げた。
この人はイチイチ様になる。
「販売数の推移を見ると、伸び率はタンポンの方が高くなっています。この理由なり要因は判りますか?」
「多い日はタンポンの方が安心って分かったんじゃない? 捨てるのも楽だし」
「経血を吸収して膨らむので漏れないんです。違和感もすぐなくなります」
「なるほど、各商会に長所として伝えましょう」
良いと判れば、ナプキンの半値で買えるのも大きなメリットだろう。
「カノン殿、私からは避妊薬についてよろしいですかな」
「もちろんです」
「端的に申すと、生産量を増やして頂きたい」
皆で内訳書の販売数量に視線を落とすと、四三五シート。
カノンは二十八錠ワンシートで、三十日ごとに一〇〇〇シートを造っている。
「販売は供給の半数未満ですけど、なぜですか?」
「その数字は一月前、三月末日のものでしてな」
避妊薬を買った人の大多数は、娼館に勤める娼婦たち。
アデーレには、辺境伯府の許認可を受けた正規の娼館が三店あるらしい。
「どこにあるんだ?」
「知らないし! センパイも知らなくていいし!」
キッと睨まれたので、ほっぺをムニムニしてご機嫌取り。
ちょっとした好奇心でしかないんだが、まぁこれはこれでなんか嬉しい。
カノンが自分で試用したピルの初期モニタリング先は、三店の娼館だった。
一月末にサンプル配布を開始したらしいから、ちょうど三ヵ月が経つ。
三店の娼館で、娼婦の妊娠が発覚したのは二月だけで六名。
三月は二名に減ったのだが、その二人はピルを服用していなかった。
娼館の女主人が服用を厳命したところ、その後は一人も妊娠していないと。
「この噂が既にローメンス領の外にも流れておりましてな」
現時点で五百件に迫る注文が殺到しているらしい。
注文の中には隣領の娼館もあるらしく、噂はどんどん広域拡散している。
某貴族家からの大量注文もあったそうだ。
「貴族家からもですか?」
「ご当主様やご子息様方が女性使用人をですな。お家騒動も少なくありません」
「「「「あ~~~」」」」
貴方様のお子です! どうか認知を! とかだろう。
「どれくらい増やせばいいですか?」
「出来ますれば倍」
「うわぁ…」
「カノンさくっと作れちゃうじゃん」
「お薬はね。大変なのはパッケージングと、ルーカスさんの確認作業だよ」
見ればルーカスが眉間に皺を寄せていた。
生真面目だから全数鑑定してんだろうな。
「イオリ、いや駄目だ。ユウト、速やかに鑑定術式を会得せよ」
「頑張ります」
スムーズにディスられたんだが。
ともあれ、パッケージングは工場の従業員を割り当て、ルーカスに支払っている鑑定料はユウトが【鑑定】を会得したら工房に支払われる形に移行する。
ダンカンは販売価格を五割増しに改定し、その分を工房に支払うという条件を落とし処として提示し、カノンとユウトがOKしたので一件落着。
「この勢いだと西広場がうちの工場で埋まるんじゃね?」
「西広場の利用については、伯父上に話を通してあるゆえ心配無用だ」
おのれ根回しエキスパートめ。そのコネを丸ごとくれ。
「ゴムは三百ちょいか。売れてねえな」
「言い方は悪いですけど、男は痛くも痒くもないですからね」
「私も釈然としませんが、現実から目を逸らす訳にもいきません」
オルセン支部長のハンサムコメントで締めくくられた。
すると、「俺にも歌わせろ」的に再びダンカンが口を開く。
「時にクロス殿、件の複合魔導具が王国軍で正式採用されますぞ」
「決まるの早えな」
「東部戦線がカデナへ移りつつある故な」
王国南東部に位置するカデナ地方は起伏が大きな丘陵地帯らしく、夜襲や奇襲への対策が必須になる。
敵国の領土からカデナを見れば、南西端の国境を越えた辺り。
戦況を巻き返されてる敵さんは比較的に温暖な地域へ戦線を移し、来年早々にでも総力戦を仕掛ける腹づもりではないか、と。
「軍務院からのご下命はおそらく六月」
「六月のいつ」
「今はまだ何とも」
「軍ってことは魔力源ありか。数と納期は?」
「数はおそらく千個、納期は九月内のご要求になるでしょうな」
ココアたちへ目を向けると、早くもどんよりしている。
俺も同じ気持ちだ。
こっちは一ヵ月が四十日間あるものの、物流は遅い。
注文が六月の何日になるかで間に合う、間に合わないが決まる。
仮に六月二十日に注文がくるとすれば、九月末まで百四十日ある。
しかし、千個分の材料が一ヵ月程度で納品されるとは思えない。
仮に材料納期が発注後二ヵ月だとすれば、六月二十日に発注した材料の納品は八月二十日になる。八月二十日から九月末までの製造期間は六十日間。
王都までの輸送期間分をマイナスすると、実質は四十五日間しかない。
「六月一日までに注文必須って交渉できる?」
「それであれば納められると伝えてよろしいのですかな?」
「いいぜ、完納を確約する」
「それは心強いですな。されば鋭意交渉いたしますとも」
もう一度ココアたちへ目を向けると、三人が親指をぐっと立てた。
製造期間が正味六十五日間なら、日産数は十七個でいい。
二月の時は最終的に日産数が二十三個まで伸びたから、
次回は昼メシを食う時間くらい確保できそうだ。
千個って話が、千五百個とかのオーダーだとまた死ねるんだが。
「余談ということでもありませぬが、喜ばしい報告がありましてな」
ナニヨと尋ねたら、迷宮都市のクランに売った初回ロットの中から、「ぶっ壊れたぞゴラ!」というクレームが三件あったらしい。
現品を回収したところ、三つともドロっと熔けていたそうだ。
「バラしやがったな」(笑)
「取説の冒頭に大きく書いておいたんですけどね」
「分解して熔ける魔導製品など存在せぬ故、こけ脅しと受け取ったのであろう」
「その旨を伝えたところ、三クランともバツが悪そうに退散しましてな。これほど安心して売れる魔導具は他にありませんぞ」(笑顔満面)
バラしたら自壊する仕様は知ってたくせに、こいつ信じてなかったな?
まあ、自壊を思いついた奴は他にもいるだろうけど、それを実現するには俺らと同等の知識や技術が必要になる。
仕様を公開しても簡単には真似できない。
「既存品はこんなとこか。問題は新規品――」
「黒須さん、薬剤も既存品ですよ」
「おぅそうだった。もう遠い昔の思い出になってたわ」
「イオリ、注文数量は少なくないと心得ておけ」
カデナで総力戦だーってやつか。
薬剤を作るのは問題ないんだが、そろそろ錬金溶液をきちっと作れるようにならないと、ルーカスが引っ越しする頃に底をつきそうな気がする。
この話はユウトと二人でしないと、誓約術式で死んじまうんだよな。
「薬剤の話は後でするとして、他に何かあるか?」
「クロス殿が言いかけた新規品は、何らか決まっているのでしょうか」
「絶対に造るのは上水道と下水道と浄化器。つーか、浄化施設を建てる」
「アデーレには上水道も下水道もありませんし、敷設予算もないかと」
「任せろ、インフラは俺らが無償で構築する」
「なっ!?(失念ではなかったのか…)」
「但し、代官を含めた街の世帯主には年間利用料を払ってもらう」
「豪胆ですな。その制度は既知なれど、住民が払うとは思えませんぞ」
「……じゃあ賭けるか? 条件は全世帯の七割以上、賭け金は一億五千万シリン」
(うっわ(笑))
(概算見積り金額だよ…)
(考え方が怖いなあ…)
「(庶民の収入額を知らんのだな。七割以上など不可能)乗りましょう」
「OK決まりだ。(乗っちゃったよ(笑))」
ダンカンと誓約書を取り交わしてミーティングを終えた。
ふっふっふっ、したり顔のダンカンを泣きっ面に変えてやろう。




