54:片手剣は難しい
名匠と謳われる魔工鍛冶師が、領都に一人だけいるらしい。
設計図はココアに描いてもらとしても、鍛冶師に仕様の説明をしなきゃならんから先送りだ。
おそらく一日じゃ終わらんだろうし。
「また暇になった…」
「ガンドウが剣術教えてやる言ってたじゃん」
「なんなのココア今日デフォで神なの?」
「崇めるがよーい」
「ガンドウが指南をするとは珍しい。奴は二等級の大剣士だが魔剣士でもある」
え、ガチ猛者じゃん。しかも大剣士かよ。
あのガタイで小っちゃい双剣は変だと思った。
魔剣士ってことはブーストを使えるわな。
「鋼木買ってギルド行ってくる」
「いてらー」
見た目は黒檀だけど鉄より硬い鋼木を買いに木材専門の商会へ。
鋼木は屋内で使う魔導器の筐体やフレームに使われる高級木材だ。
湿気や温度で変形せず腐食にも強いため、給湯魔導器によく使われるとか。
「どーもー」
「あらイオリさん、いらっしゃいませ。ご用向きはなんでしょう」
やば、名前何だっけ。会長の奥さんとしか憶えてねえし。
「鋼木の板材あります? 厚さと幅はこれくらいで、長さはこれくらい」
「大凡の寸法でよろしいの?」
「木剣用だからざっくりで」
「あらまあ贅沢な木剣だこと」
その辺の硬い木じゃあ、ブーストすると折れる予想なんでね。
「これでよろしいかしら?」
「それで。おいくら?」
奥さんが鋼木を天秤棒に引っ掛けて錘を動かし始めた。
量り売りとは知らなかったわ。
「少しおまけして二十四万ユルグでいかがです?」
シリンかと思ってビビったぞ。
いやリリの税引き前月給と同じだから十分高いか。
「八万シリンってことでいい?」
「もちろんです」
質の悪いユルグ硬貨で払われるより嬉しいはず。
そもそもユルグで二十四万も持ってないし。
シリン銀貨三枚を渡して、お釣りの一万シリン分はユルグ硬貨だった。
計算が面倒なので渡された硬貨をポケットに突っ込み路地裏へ。
記憶にあるファルカタを脳裏に浮かべて【造形】すれば、ほんと不思議だけど破材が出ない。
個人的には密度が上がってる予想だが、暇な時に検証してみよう。
依頼を受けたベテラン勢がいない戦士ギルドは、いつもと変わらず若い連中が掲示板の前に屯してる。
リリと仲良くなれなかったら、俺らもあそこにいたかもしれない。
それでもリリの窓口には七人が並んでると。
ほんとに用があんのか?と思いつつ最後尾に並んでおく。
「イオリだ♥」
「お疲れさん」
「ありがと♪ 会えて嬉しいけど、どうしたの?」
「ガンドウに剣術を教えてもらおうと思ってね。ほら」
「その木剣、鋼木だよね?」
「リリの税引き前月給と同額」(笑)
「すごーく悲しいけど、恋人が稼ぐ人でものすごーく嬉しい」(笑)
リリが『ちょっと待ってて』と言って奥の扉へ入り、暫くするとリリに続いてガンドウが扉から顔を覗かせた。
親指で背後を指さしているから、「裏に来い」ってことだろう。
「私とココアを守るため?」
「九割はな」
「残りの一割は?」
「仕事の材料がまだ届かないから死ぬほど暇」(笑)
ココアたちは魔術ってるとか話して窓口を後にした。
昼休憩になったら見に行くと言われたので、三時間くらい戦らなきゃならないわけね。
リリ姫とココア姫は要求が厳しいぜ。
「お待たせ」
「ほぉ、エンシスとはまた珍しい。鋼木で上等な拵えとくれば高かっただろ」
「鋼木は高かった。錬金術で自作したから加工はタダ」
「造形か。ほんの数ヵ月で大したもんだ」
「やらなきゃ餓死か凍死だったからな」
「違いねえ。取り敢えず振って見せろ」
片手剣をまともに振ったことがないもんで、いきなりダメ出しされて振り方指導が入った。
「膂力の使いすぎで体の軸がブレている」
俺も思った。
日本刀が木刀や竹刀でも、力を入れるのは添え手の小指と薬指。
親指と人差し指は元々の握力が強いので、力を込める意識は要らない。
昔のヤクザ者が小指を詰めていたのは、抗争の武器がダンビラだったから。
小指を失くすと刀を握る力が半減する。
指詰めは即ち「ヤクザとしての大事な物を差し出す深い反省」を意味していた。
と、爺さんが語っていた。
片手剣でも要領はそう変わらないはず。
小指と薬指に握力を込め、相手の斬撃を捌けるよう手首は柔らかく。
(む、片手剣で正眼に構えるのってムズいな。つーか、五行が合わない)
フェンシングの構えの意味を初めて分かったような気がしつつ、左足を引いて半身に構えてみる。
(これはこれで左手をどうすりゃいいか判らんけど、振ってみるか)
フォン!
「お前、もしかして片手剣を振るの初めてか?」
「鋭いな?」
「なんで片手剣を作ったんだよ」
「カッコイイから」
「あぁまあ、大事ではあるな」
「だろ?」
「威張るとじゃねえけどな」
ですよねー。
「あのさ、片手剣って基本的に真上から真下に振り下ろさないモノ?」
「そういう場面は殆どないな。そもそも振り下ろしにくいだろ。貸してみろ」
ガンドウが『エンシスは刺突から変化するもんだ』と言いながら構えた。
完全に右半身で、柄頭を右頬に添え、剣身は水平で刃は天を向いている。
使わない左手は腰の後ろに回してるので見えない。
「こいつは古い型だが、片手剣士で使う奴は今も多い」
ヒュシュシュッ!
右脚で踏み込んだ刺突から、手首を返して左袈裟を落としつつ、更に右脚で半歩踏み込み腰を回して右から左への右薙ぎ。
「速いな」
「これをやれってことじゃない。ま、当分は素振りだけしてろ」
「わかった」
「やけに素直だな?」
「そりゃあ出来ないことを教えてもらう立場だからな。最低限の礼儀だろ」
なんだそのUMAに遭遇したような顔は失礼な。
木刀での素振りをずっとやってんだから大切さは解かってる。
あの体験は衝撃的だった。
木刀がすっぽ抜けるくらい毎日ヘトヘトになって素振りをしてたら、唐突に木刀の風切り音が消えた。
あの一振るいは我ながら目を剥くほど自然で速く、同時に空気抵抗の大きさを思い知らされた。
その翌日だった。
爺さんが剣術を基にした打突技を教えてくれたのは。
「ガンドウ、もう戻っていいぞ。何ヵ月後なのか何年後なのか分かんねえけど、自分なりに満足できる素振りが出来るようになったらまた来る」
「フッ、精々精進しろ。指南料は付けとく。(祖父殿に会ってみたいもんだ)」
そういえば有料だった。完璧に忘れてたわ。
「一回いくら?」
「一万シリンだ。腕が上げれば値上りもするぞ」
「シリンかよ」
まあ、ミレディ講座の受講料と同じだわな。
昼休憩でやって来たリリに斯く斯く然々と話したら、ほっぺにチューと『応援してる』の言葉をくれた。
この日から朝と夜にぶっ倒れるまで素振りをするようになったが、迷宮都市向け複合魔導具の製造に差し障りがあると判明。
ならばと夜だけにしたのだが、ココアが『つまんない』とクレームを言うようになった。
ココアの気持ちは解かるが、やると決めたから続けている。
毎日ヘトヘトになってぶっ倒れているものの、一ヵ月半が経った今でも何かを掴める予感は全くしない。
先は長そうだが、没頭できる何かがある日々ってのは悪くないもんだ。




