51:ヒツジもデカい
昼過ぎに標高が高いヒツジ魔獣の領域にある小高い丘に上ってみると、衝撃の光景が広がっていた。
「ここはニュージーランドの山岳地か?」
「行ったことないくせに」
「なぜ知ってる」
「アメリカしか行ったことないって言ったじゃん」
言った気がしないこともない。
「羊も大きいんだね」
「例えるのが難しい大きさですね」
「あのデカいヤツは大型のイノシシくらいだな」
「猪があんなに大きくなるんですか?」
「深い山ん中には二〇〇キロ超級が普通にいる」
「動物のボアならそれくらいだが、魔獣のマッドボアは三倍大きいぞ」
「「「うわぁ」」」
マジか。是非とも出遭いたくない。
都会で生活していると、イノシシのヤバさを知るなんて不可能だろう。
動物園の触れ合いコーナーにいるウリ坊は、生後四ヵ月未満。
深い山で育ったイノシシは、ドン引きするくらいデカいし狂暴だ。
猟銃がなけりゃ狩ろうなんて思わないくらいヤバい。
ともあれ、あの大きさだと三頭積むのが限界って話も納得。
「じゃあ仔羊っぽいヤツでよろしくな、ミレディの兄貴」
「お前いい加減にしろよ?」
「そうは言うけどよ、実際んとこミレディって女にモテるんじゃね?」
「それありそう。ミレディ背も高いし」
「………」
ほらね。どっちか言うと男顔で整ってるし、身長も一七五は確実にある。
迷宮に潜るからだろうけど、魔術師にしては体が引き締まってる。
ミレディお姉様ステキ!とかいう女が多くても不思議じゃない。
本人にとって嬉しいかどうかは別として。
「ほれほれ、兄貴のカッコイイとこ見せてくれ」
「覚えてろよイオリ…」
小悪党ご用達の捨て台詞を吐いたミレディが、略式詠唱から【地槍】のトリガーワードを三連呼する。
とんでもない射程距離で狙いたがわずヒツジの顎下から頭を貫通した地槍が、そのままヒツジを持ち上げた。
「すごっ!」
「土系統って狩りに向いてるね」
「本当ですね。石弾射撃よりも確実性が高そうです」
略式詠唱を続けたミレディが【地滑】のトリガーワードを発すると、地槍がヒツジを貫いたままこちらへ滑るように動いてくる。
「ホント便利だな」
「技量が高いと言え。これが出来る魔術師は少ないんだぞ?」
「確かにそうでしょうね。これは凄い」
「うん、私たちもっと頑張らなきゃだね」
「全くです」
思わずココアと顔を見合わせてしまった。
すこぶる付きで便利だとは思うが、どう凄いのかは判らない。
見てる分には「へぇ~」って感じだが、自分で術式を組んでやろうとすれば難しいんだろう。
丘の上まで上ってきた地槍はズズズっと地面に沈んでいき、三頭の哀れなヒツジが後に残された。
いつかテレビで観た刈り取り前の羊毛は泥まみれで汚かったが、目の前のヒツジの毛は真っ白。
獣らしい臭いはするものの、見渡す限り草原だから泥地がないのかもしれない。
取り敢えず触ってみると妙にベタついているし、毛が絡み合って毛玉になってる。
「三頭分で足りるかな?」
「仕立て屋さんに訊いておけば良かったね」
「いや足りるだろ。本体はかなりスリムだぞ」
「あたしも知らなかったけど、全部が毛糸になるわけじゃないんだって」
羊毛が毛糸になるまでには幾つもの工程があるらしい。
刈った毛の塊から毛糸に使えない毛を取り除いたり、取り除いた後もブラシがけみたいなことを何度も繰り返したり。
毛糸を使うのはココアとリリのロングニット四着と、ココアの毛糸パンツ数枚。
ダッフルコートも羊毛にするとか言ってたっけか。
仕立て屋が「冬に間に合うよう急がせる」と言ったくらい時間がかかるらしい。
ココアが仕立てるんだと思ってたが、防寒前提だから初回はプロに任せるのだと。
「もう三頭くらい狩るか?」
「ほしいけど積める?」
「便所と天幕と水樽を屋根の上に積めばどうにかなる。積み降ろしは大変だがな」
「センパイいい?」
「また来るのも面倒だしいいんじゃね?」
ということで、ミレディが追加で三頭を狩って積み込んだ。
大した重量になったもんで馬も大変そうだ。
「イオリ、帰りは五日かかると思うが食料は大丈夫か?」
「二日分くらい余計に積んだし大丈夫だろ。硬いパンとチーズと干し肉だけど」
「野営食はそれが普通だ」
にしても、一番デカい運搬用の箱車にしといてほんと良かった。
運搬用の箱車は御者台が二段式になっていて、一段に四人座れる。
これが幌車だったら荷台に座るしかないから考えただけでぞっとする。
「ユウト、箱車の中を冷やしといてくれ」
「了解です」
「んじゃ帰るか」
「おー♪」
◆ー◆ー◆ー◆ー◆
五日後の夕方、やっとアデーレに着いた。
いやマジで大変だった。
良馬でもこんだけ積むと疲れるのが早いもんで、俺たちは基本歩き。
俺はブーストで箱車を押し、ココアがすぐ疲れるからおんぶまでするという。
出発前は遅くとも八日後に帰れると思っていたが、今日は九日目。
手配した解体職人がキレてるかもしれんと思いつつギルドへ行くと、
「帰って来ないから心配したんだよ! もお! チューして!」
リリにキレられた。
キレたカノジョにキスを要求されるとは、お仕置きなのかご褒美なのか。
熱いのを差し上げたらすぐご機嫌になるリリが可愛いからヨシ。
解体職人ラモンがまだいると言うので裏へ行ってみると、ガンドウに勝るとも劣らないゴリマッチョだった。
「久しぶりだなミレディ。親父さんは残念だった」
「ありがとよ。あんた相変わらず太い体してるねえ」
ラモンとミレディは知り合いらしい。
「よくもこれだけ運べたもんだな。お? キッチリ冷えてるじゃねえか」
「この子が水系統なんだよ。最近噂になった二つ名は聞いたことあるだろう?」
「黒髪の水魔か! 若えのに大したもんだ!」
「定着してるんですけど、どうすれば?」
「俺に聞くな。自業自得だろが」
「もう風系統は使わない…」
呟いたカノンの目がマジだ。手乗り竜巻けっこう好きなんだが。
「おじさん、ヒツジの毛は早くほしいんだけど出来る?」
「奥が見えないが何頭だ?」
「六匹」
「なら二時間はかからねえな。待つか?」
「待つ待つ!」
「よっしゃ、可愛い嬢ちゃんのために張り切るか!」
そうそう、こういう時にカワイイ女子って得だよな。
迅速・丁寧な仕事をするに違いない。
「カワイイって言われた」
「聞いてた」
「俺の女にカワイイ言うなゴラ!とかは?」
中坊でもないのに何を言ってんだアホ、とか言うと機嫌が悪くなる。
「自慢のカノジョだからな。触らなきゃ目の保養くらいは許す」
「え~もぉ♪ くふふ♪ センパイってあたしのこと大好きだよね♥」
こんだけチョロいと逆に心配なんだが、大丈夫か?
ほら周りを見ろ、気づいてないのココアだけだぞ?
ミレディなんて、死んだ魚が発酵したような目になってるぞ?
「すげえ毛量なんだが?」
「うん、こんなにいらないかも」(笑)
「私は帰るぞ」
「おう、ありがとな。解体代はちゃんと払えよ」
「どこまでもいい性格してるな?」
チャームポイントだと言ってミレディと別れ、馬車を返却して四人で羊毛を担ぎ仕立て屋へ。
「こ、これはまた……」
ドン引きする仕立て屋に訊くと、コートも含めて二頭半で十分だと言われた。
「おい」
「てへ♪ 色々作れるからいいでしょ?」
「もし良ければ二頭分、いえ一頭分でも結構なので売っていただけませんか?」
ココアが頷いたので買い取り額を聞くと、一五〇万シリンでどうかと。
三頭分を毛糸にする加工賃も負担すると言うので、快諾して帰宅した。




