40:変化の始まり
ユウトとカノンが出発した日から数えて八日目、商工業者ギルドの使いパシリがルーカス宅へやって来た。
帰って来ないと思えば、あいつら野盗団に襲撃されたらしい。
なのだが、見習い商人のトトは「ボク興奮たまらんです!」って感じで、ユウトとカノンが二十二人の野盗をあっという間に沈黙させたと語る。
「おぅふ、殺っちまったってことか?」
「一人も死んでないから凄いんですっ!」
「へぇ、やるじゃん」
「あたしも魔術練習しよかな?」
初撃を放ったのはユウト。
出力高めで撃ったのか、先頭の野盗は片腕をふっ飛ばされたらしい。
が、ソッコーで殲滅してカノンが【治癒】をかけ、失血死することなく野盗どもを漏れなく捕縛したそうだ。
ユウトたちが二十二人をロープで数珠繋ぎにして領都へ戻ると、片腕をふっ飛ばされた奴が親分だと判明。
おまけに、噂どおり隣国の敗残兵が野盗化したことも確定。
その一報はすぐさま領主に報告され、二人は領主の強い要請で数名の領兵と共にアジト潰しに向かった。
東の国境へ出兵が始まった時期なので、アジト潰し要員が足りなかったらしい。
アジトは森の巨木に隠された岩窟だったが、ここでも二人の魔術が火を噴いた。
もとい、水と風だから火は噴いてない。
ユウトがとんでもなくデカい【水球】をこれでもかと撃ち込んで、大洪水よろしく残党六人を流し出し、追い打ちでカノンが竜巻で巻き上げ落とし、全員気絶で終了。
これまたあっという間の出来事だったと。
「デルリング閣下は二人が私の弟子だとご存じか?」
「はい、ですがユウト様とカノン様がご歓待を固辞されたそうで、シルバラッド様を召致なさるそうです」
「二人は帰路に就いたのだな?」
「明日の夕方にはアデーレへお戻りになると思います!」
ルーカスが思案し始めた。
お抱え錬金術師だから当然なのだろうけど、招致じゃなく召致ってことは、「ちょっとツラ出せや」って感じだろう。
「ヤバいのか?」
「そうではない。紛うことなき戦功ゆえ、閣下は戦勝式をお考えであろう」
野盗に落ちたとはいえ、元は敵国の兵士。
戦勝式をすれば領民の信頼は大きく増し、戦勝の報せは前線へ向かう領兵のモチベを上げる。
それを成したのがルーカスの弟子ともなれば、領主は鼻高々で宮廷にも報告できる。
宮廷に一連を報告するため、踏むべき段取りを踏みたいっていう話だな。
とはいえ、ルーカスにしてみればタイミングがよろしくない。
セールスプロモーションを切っ掛けに、先ずは領主に俺たちのことを話すつもりだった。
にも拘わらず、ユウトとカノンが不可抗力とはいえ目立ってしまったため、後手に回ることになったルーカスはバツが悪い。
「致し方ない。複合魔導具持参で領都へ向かう」
今日の夜か明日の朝には、領主の使いがアデーレに入るだろう。
ユウトたちとは入れ違いになるがルーカスは領主邸へ向かい、俺たちのことを報告し、魔導具のプロモーションもする。
出来れば材料の納期が確定した後にしたかったが、やむを得ない。
材料納期が確定しなければ、魔導具の供給時期を明示できないからだ。
「トトよ、駿馬を用意できるか? 出来れば軍馬が良い」
「オルセン支部長のご指示で軍馬が厩舎に入る頃合いです」
「助かる。発つのは明朝だとオルセンに伝えてくれ。これは手間賃だ」
「ありがとうございます! ではこれで失礼します!」
走り去るトトを見送って玄関を閉め、それぞれの定位置に腰を下ろした。
「浮かねえ顔だな?」
「こうなると叙爵は避けられぬ」
「「あー」」
遅かれ早かれって話だろうけど、俺から見てもルーカスは自由人だ。
貴族の生活がどんなもんかは知らないが、これまでどおりはムリなんだろう。
「イオリは工房主になる気があるか?」
そういう方向か。これも遅かれ早かれの話…なのか?
「俺でいいならなる」
「されば一日でも早く【造形】と【刻印】を修得せよ」
「任せろ、コツが分かってきたとこだ。で、ルーカスはここを出るのか?」
「叙爵されればアデーレを離れるも必然だ」
「伯父さんが代官だもんねぇ」
領主はルーカスを手放したくない。逆に、国王はルーカスが欲しい。
王に叙爵されれば直臣になるため、王の命令には逆らえない。
おそらく王都で暮らすことになる。
しかし、俺が持ってたイメージと違う話もある。
王様ってのはやりたい放題な生き物だと思ってたが、大物貴族に対しては相応の気を遣う。
領主のカルステン・デルリングは、ローメンス辺境伯。
ヴォーリッツ王国北部辺境の地名がローメンスだ。日本なら県って感じ。
アデーレは郡で、ローメンス内にはアデーレを含めて七つの郡がある。
各郡は男爵位や騎士爵位、準男爵位を持つ代官が治めている。
そも、辺境伯は国王から大きな権限を認められた地方長官で、その権限は中央に領地を持つ侯爵と同等かそれ以上に強い。
特に軍事面では国防の要として戦力を保有し、辺境伯を戦力で潰せるのは、国王直轄の正規軍くらい。
だから国王は辺境伯に気を遣う。
長らく東隣国との戦争を続けている領主ことローメンス辺境伯は、戦功を挙げる度に国王から褒章を受ける。
しかし、ヴォーリッツ王国は小国――日本と比べればめちゃくちゃ広いが――なので、経済力も小国なり。
要するに、王家の財産も莫大とは言えず、国王は王家の財産が減らない何かを褒章として下賜したい。
それは何か。そう、爵位だ。
爵位持ちは爵位に応じた年棒を与えられるが、与えるのは叙爵した本人。
だから国王は大物貴族に叙爵の権利を褒章として下賜する。
それが下級貴族に該当する子爵位や男爵位だ。
騎士爵位と準男爵位は貴族と平民の中間という、よくわからない身分らしい。
が、有能ではあるので代官などの官職に就く。
例えば、アデーレ警備隊の総隊長は騎士爵らしい。
蓋を開けてみるまで分からないが、領主はこの機会に自分が許されている叙爵権を使い、ルーカスを子爵か男爵に叙す。
もしくは、叙爵を承諾させる腹づもりだろう。
ルーカスの功績からして、騎士爵と準男爵はまずない。
自分で叙爵すればルーカスが国王の直臣になることを防げ、領内に置くことが出来る。
年棒を支払う義務はあるが、自力で稼げるルーカスなら、実質的に領主の懐が痛むことはない。
なんせ魔術薬や魔導製品の課税率は五〇パーセントだ。
「どうせ貴族になるなら国王から呼ばれる前に、か?」
「人と人の係わりに関しては聡いな。おそらくシュミッツ代官を命じられる」
「それどこ」
「ローメンス南部の交易都市がある郡だ」
あーはん。俺が領主でも打ってつけだと思うわ。
「アデーレってどういう位置づけ?」
「鉱山都市に決まっておろう。シルバラッドの家名も、高祖父が銀と鉄鉱山開発の功績を認められ与えられた。元来は山師の家系だ」
山師って賭博師だと思ってた。まぁ似たようなもんか。
「へぇ…ん? 鉱山の名前がシルバラとラッドスだからシルバラッドか?」
「時折り鋭いな? そのとおりだ」
「センパイが褒められる時って何か条件がつくね」(笑)
「それな」(笑)
そこからは、ルーカスの確信に近い予想の話が始まった。
領主はユウトとカノンを直臣にしたがるだろうから、本人たちが嫌なら曖昧な言動は取らず、きっぱり断り続けろと。
但し、丁寧な言葉と態度で。
ルーカスの叙爵については、どんなに早くとも秋の収穫が片付いた後、おそらく精霊祭の前後だろうと。
年末か年明けにシュミッツへ引っ越す感じなら、来年の今頃ここにルーカスはいない。
「今月、二月、三月で私を含めた皆の今後が決まる。何事にも心して懸かれ」
「了解」「うん」
ココアも一緒に【造形】と【刻印】の練習を再開した。
今月の残りは十九日間。及第をとるくらいはイケるだろう、たぶん。
アパートに帰ってきたリリに今日の出来事を話すと、
「知ってるよ。どのギルドもユウトとカノンの噂でもちきりになってる」
こっちに個人情報保護の概念はないと。
「あとね、センパイが工房主になるんだよ」
「そうなの!?」
「ルーカスが叙爵されるからな」
「あ~、そうなるよねえ。シュミッツ郡の代官かなあ」
「ルーカスもそう言ってた。有名人が大変なのはこっちも同じだね」
予定調和が全開だ。
何年も前からそんな話があったんだろうけど。
「ねえねえ、避妊薬っていつ作るの?」
「カノンが馬車に乗ってる間はヒマだろから試作するって言ってたよ」
そんなお手軽に作れるのかよ……畏るべし医大生。
ゴムも必要だよな。感染症の予防にもなるとか聞いたことあるし。
なんかピルとゴムで一生食っていける気がする。
「そうだ! 三人でお風呂入ろうよ!」
「ムリムリムリムリムリっ! 恥ずくて死ぬし!」
(リリさん溜まってらっしゃる?)
「イオリもムリ?」
「ムリじゃねえけどムリ。間違いなく襲う」
「いいよ♥」
「リリーーーっ!」
慌てまくるココアの姿は新鮮で面白いが、好事魔多しの諺が頭に浮かんだ。
我ながら変なフラグ立ててなきゃいいんだが。




