36:植え付けられた劣等感
昼メシは見張りというかスマホ操作のことを考え、片手で食える物ばかり。
色んな具材のサンドイッチ、切り分けたロースト肉、野菜の酢漬けとかだ。
二巡しただけで大した精神的疲労感というか、もう飽きた。
ココアと一緒にソファでボーーーっとしながら食っている。
「んぐっ、ごほごほっ、く、黒須さん! 来ました! ジャンも挙動不審です!」
「ちょっ!?」
ココアを放り投げてソファからギュンと立ち上がりダッシュ。
目視よりズーム画面の方がいいとスマホに目を向ければ、フード付ローブを纏う長身の人物に促されるジャンが、鍵を手にキョロキョロしている。
時刻は十三時ちょい過ぎ。
「上々だ! 撮り続けてくれ!」
「任せてください!」
エレベーターに乗ってダイヤルを二階に合わせると、魔導式のエレベーターが音もなく降下し始める。
階段を駆け下りる方が早いものの、七階から八階へは従業員用の階段しかなく、防犯のためか施錠してあるので仕方ない。
チーン! ガシャン!
格子扉を開けて大きく息を吸い込む。
「取り引きが始まるぞぉおおおおおおっ!!!」
廊下の左右に並ぶ扉が次々と開けられ、完全武装の警備兵たちが駆け出して来る。
すると、ユウト事案の時に詰め所で会った隊長が俺に気づいた。
「貴殿だったのか!」
「よお隊長さん。構成員は単独で灰色のローブだ。行こうぜ」
「総隊長から聞いてはいたが、真に行くのだな」
「ったりめえだろ? こんなイベント見逃せるかよ。(術式のために!)」
ルーカスから「前には出るな」と言われているが、警備隊の足が遅い。
新入生のランニングを追い立てる二年生の気分だ。
宿から工場までは直線距離で約三〇〇メートル。
東西大通りから南に一本入るので、実質距離は約四〇〇メートル。
ニ分あれば倉庫前に展開できるだろうが、既に三分は経っているため、空間拡張バッグの利便性が高いなら微妙だ。
「おらおらおらぁ! 走れ走れ走れーーーっ!」
「何なんだコイツ!?」
「俺に訊くな!」
「総員死に物狂いで走るのだっ!」
『応っ!!!!!』
結局は先頭をきって走る状況になり、工場の門を抜けると倉庫前のジャンが訝し気な顔で小首を傾げた。
が、追走してきた警備隊を見た途端にあたふたし、工場の裏手方向へ駆けだした。
「遅っ! 運動不足だ小悪党が!」
スパン!
「ふぎゃ!?」
地を蹴った瞬間の右足をつま先で水平に払うと、左足に引っ掛けたジャンが長距離ヘッドスライディングをズザザザザーーー!と決めた。
俺は制動をかけながらも、すっ転んだジャンを跳びこえて逃走経路をふさぐ。
「はい残念、この先は通行止めだ」
「だ、誰だお前!?」
この状況でそれを知ってどうすんだと呆れながら足を踏みだすと、膝立ちになったジャンが、上着の懐からナイフを取り出し切っ先を俺に向けた。
驚くほど何の怖さもない。
手刀を構えた時の爺さんの方が万倍ヤバい。
アホらしくなって倉庫の扉口へ目を向けると、犯罪組織の男は双剣使いのようで、軽く湾曲したダガーを両手に構えて警備隊を牽制している。
(肩掛けカバンタイプか。やっぱバックパックとトランクがいいよな)
双剣使いの表情からして、勝てるとも逃げられるとも思っていない様子だ。
「わぁあああああーーーっ!!!」
ジャンがヤケクソ気味にナイフを振りかざし突進してきた。
ナイフは振りかぶるもんじゃなく、払うか刺すもんだドアホ。
ヒュ!
右袈裟に振り下ろされたナイフを左半身で躱しつつ、右掌でジャンの右前腕を下支えするように持ち上げながら角度を調整し、左嘗で右肘をバンと叩き押す。
ザクッ!
「痛ぁあああーーーっ!?」
左太腿に突き刺さったナイフから手を離したジャンは、刺さったナイフを見ながら抜こうともせず痛がっている。
真正のアホだ。
「お前さ、使えねえモン使おうとすんなよ」
「痛い痛い痛い!」
今度は俺に目を向けて「痛い」と訴えてきた。
抜いてくれ的な?
「ったく、抜いてやるから脚伸ばせ」
コクコクと高速で頷いたジャンが左脚を伸ばしたので、五センチほど刺さっているナイフの角度を見分し、太い血管は避けてると確認して抜いた。
「ひぎぃっ!」
「んな声出すほど痛くねえだろが。傷口縛ってやるからナイフホルダー外せ」
「ありがとう…」
「はいはい」
我ながら何やってんだとホルダーの革ベルトで傷口を押さえるように縛り、ダガーを捨てて両手を頭の後ろで組む構成員を見やる。
アイツの所持品は俺に預けられる手筈なのだが、こっちはテキトーな奴が多いので見ていると、バッグとダガーを受け取った隊長がこちらへ歩いてくる。
(よしよし)
あっちはOKだが、こっちはまだOKじゃない。
「なあジャン」
「は、はい?」
「双子の死んだ兄貴を唆したのか?」
「………」
「鉄の横流しとか全部バレてるから今更だぞ」
がっくりと項垂れたジャンは、『探索者になれるよう手助けした…』と答えた。
どうやら長男は探索者への道を両親に反対され、ジャンに相談したようだ。
その他の疑惑や疑問は予想と少し違う部分がある。
訊いてないことまで、思いのたけを吐き出すようにジャンは語った。
双子に受講料を渡しているのはジャン。
商会頭の椅子を狙ったのは、次男だからと見下す家族を見返したかったから。
金や商会頭の地位より、ジャン・レストンとして周りから尊敬されたかった。
面識はないが、ラッドス鉄鉱山とシルバラ銀鉱山の鉱山長が共犯に違いない。
鉄塊を受け取りに来る構成員については名前も知らない。
鉄塊の送り先は最近の戦況から隣国と予想してるが、知らされてはいない。
アデーレで犯罪組織の手先になってる者についても知らない。
リオとミアに「すまなかった」と伝えて欲しい。
「だとさ」
「よもや鉱山長が共犯とは…」
「アデーレ側の主犯格じゃね? だろ?」
「そう思う。帳簿に載らない鉄鉱石が入らないと、兄に証拠を握られる」
「だよな」
「なるほど」
隊長からバッグとダガーを受け取り、ルーカスから代官、代官から領主へ渡されると伝えた。
拘束され連行されるジャンの背を見ながら『ジャンはどうなる?』と尋ねたら、おそらく犯罪奴隷に落とされ鉱山送りだろう、と。
精錬工場の責任者が鉱山で強制労働とは、実に皮肉な話だ。
「じゃあな隊長さん。その辺で見かけたら声かけてくれ」
「うむ、此度の助力に感謝する」
明日のチェックアウトまで高級宿を満喫すべく戻り、三人に結果を話した。
「ただの小心者だった的な?」
「根本的には親に劣等感を植え付けられた系」
物心がついた頃から兄と比較され、「次男は弁えろ」と両親から言われて育った。
領都の学院卒業成績はジャンの方が高く、それなりに庇ってくれていた兄も、商会を継いでからは先代と同じような言葉を浴びせてくるようになった。
長男の手助けをしたのは、そんな兄へのささやかなリベンジ。
しかし迷宮で死んだと知った時、「双子がいなければ跡継ぎは自分になる」と気づいたそうだ。
「情状酌量の余地がありますね。考慮されないでしょうけど」
「領主様の面子を潰したようなものだもんね」
「っていうかさ、センパイどうやって喋らせたの?」
「なんか愛すべきアホかな思って、傷の手当とかしたら喋ってくれた」
俺もあそこまで素直に喋るとは思ってなかったが、俺の行為を優しさだと感じたのかもしれない。
俺としても、本来は善人っぽいなと思った。
「何にしろ一件落着だ。今夜はここのレストランで好きなもん食おうぜ」
「さんせーい!」
「いいですね」
「総支配人さんに言わなくていいの?」
カノンに言われて気づき、皆でフロントに寄ってからバーラウンジへ向かった。
「いらっしゃいませ…」
「昨日のウェイトレスさんじゃん。なんか元気ないけど大丈夫か?」
「………どうして…どうして優しい言葉をかけるの…私なんかに…」
呟き問うように言った彼女は、そのまま奥へと姿を消した。
何だか分からんが、余計なことを言ってしまったみたいだ。




