29:プロトタイプ
今回は貧乏なユウトのためにプリンタを使うことにして、アパートへ取りに行く道すがら抽出について聞いてみる。
土壌元素限定のようだが、土系統魔術で【抽出】が出来たそうだ。
ユウトとカノンがアパートやルーカスの家で魔術を使いまくっているのは、六大系統の相性を検証するため。
ユウトが言うに、確かに相性の良し悪しはあるものの、相性が悪い系統でも、物理学知識をたっぷり盛り込めば使えないことはない。
逆に、ユウトのメイン系統は水だとルーカスが言ったとおり、水系統なら物理学知識を盛り込まなくても、比較的簡単に事象を発現できる。
「僕が【発火】に苦労したのは、火系統が水系統の対極だからだと思います」
「物理学知識なんて込めなくても発火できたじゃん」
「そうなんですが、ちょっと見ててください」
周囲に人がいない場所へ小走りで行ったユウトが、右手を空に向けた。
ボッ…ゴォオオオーーードシュッ!
両手の平を天へ向けたユウトの頭上一メートル程の高さに出現したバレーボール大の赤い火球が、色を青に変えた瞬間に大空へ射撃され、あっという間もなく空の彼方へ消え去った。
「アニメだ…ユウトのくせに」
「ヤバいね…ユウトのくせに」
「たまには褒めてあげて?」
俺たち的には誉め言葉のつもりなんだが、カノンには届かないらしい。
片やのユウトは、いたって普通の表情で戻って来た。
「どうです?」
「本域ですげえよ。知識をぶっこんだバージョンなんだろ?」
「はい。色温度が高くなったのは燃焼原理で、射撃角度、初速、加速度を設定して射撃しました。ですが、僕の火系統は今のが限界です」
水球ならリアルタイムで軌道を変化させながら、一度に複数を射撃できるというから驚きだ。
超高速でぎゅいんぎゅいん曲がりながら飛んでいくらしい。
「合気柔術系統とかあればいいのに」
「お絵描き系統とかあればいいのに」
「なるほど、面白い発想ですね」
「これまでにイオくんがやってきたことを考えると、出来ちゃいそうな気がする」
ジョークをジョークとして受け取らない病の患者かよ。
とはいえ、古武術を人間科学の面で研究している人は実際にいる。
たまに爺さんが学者と話していたんだが、死生観や合気柔術を選んだ動機、身体への負荷や効率、技術が成立するまでの社会的もしくは歴史的背景なんかを、真面目な顔で何時間も話していた。
斯く言う俺も大学でスポーツ科学を専攻していて、将来はプロアスリートにトレーニングやリハビリを指導する仕事に就きたいと思っていた。
就活をしなかった理由は、日本だと引退した選手がトレーナー職に就くケースが多いため、そもそものパイが小さすぎて話にならない。
その点、親父と母さんが永住するだろうアメリカは、プロのトレーナーやリハビリインストラクターが専門職業として確立されている。
プロトレーナーをプロスポーツチームに派遣する企業もあれば、プロスポーツチームのフロントが求人をかけるのも当たり前の話だ。
億単位の報酬で、私設トレーナーやリハビリインストラクターを雇うプロアスリートも少なくない。
「センパイは出来そうだからいいよね。あたしはどうしようもない」
「そうか? 術式とか術陣の刻印みたいに、描いた絵を転写する魔術とか出来そうじゃね?」
「それいい! 楽しそう! 広場の壁とかにカワイイ絵を転写したい!」
「ストリートアートで一流の売れっ子アーティストになった人物も多いからね」
「デザインパターンを自動で裁断できる魔術とかも良きだよね!」
「いいと思う。ココアちゃん服飾魔術師って呼ばれそう」
人生には楽しみが必要だ。楽しいことを仕事にできればもう最高だ。
バッグごと持ってルーカスの家へ戻り、ユウトがノートを見ながら漢字術式をタイピングしてプリントアウトした。
チョイスしたフォントは游ゴシックで、フォントサイズは九。
游ゴシックはサイズが小さくても潰れ難いのだと。
ルーカスは目を丸くしたまま絶句しているが、放置でいいだろう。
「いいな。潰れてないし読みやすい」
「三分の一くらい小さくなりましたね」
これなら筐体をそこそこ頑丈にしても、総重量二キロ切りは余裕な気がする。
こうなると、出し入れ簡単で持ち運びしやすいデザインにしたい。
「細長いミスリル板にすれば、帯剣ベルトに提げる形にできそうじゃね?」
「………」
「おーい、ルーカスに聞いてんだけど」
「う、うむ、良いのではないか?」
「うむ、こりゃダメではないか? ユウト、凸版印刷の件を説明しといてくれ」
「了解しました」
「ココアとカノンはこっちにカモン」
「はーい」
「何するの?」
「アイデア出しとデザイン検討」
警棒にもなるライトを想定してたものの、ちょっと面白くない。
【覚醒】魔導具はそう頻繁に使うものじゃないだろうけど、腰に提げるならもっと使いたくなる何かを付け加えたい。
「戦士、魔術師、軍人が、あったら便利って思うモンは何だろな?」
「分かりません!」
「コンパスとか?」
「「天才かよ」」
コンパスを持ち手のケツに付けてやろう。
あ、コンパスといえば…
「十徳ナイフがあれば便利じゃね? いや十も要らんけど」
「天才かよ。ってカノンも乗ってこーい」
「天才かよ…」
爺さんに何度か強制連行されて山籠もりに行ったことがあり、その時にコンパスが付いた十五徳ナイフを爺さんが使ってた。
「こっちなら硬いパンとか干し肉を切るノコギリナイフと、コルク抜きと…」
「火打ち石はどうかな?」
「どうせなら【着火】できるようにすればよくない?」
「あ、その方が断然いいね」
「ココア優勝で」
「イエーイ♪」
「いや待て。優勝は優勝なんだけど…」
「構造をちゃんと考えないと使いにくくなりそうだね」
「それもそうなんだけど……ちょっとタイム」
真剣な眼差しでユウトの話に聞き入っているルーカスの視線を遮るように立つ。
ものっそい不機嫌な顔になった。天才同士は話が合うらしい。
「一枚のミスリル板の表と裏に、別モンの術式を刻印してもイケる?」
「無理だ。刻印した術式同士が干渉して双方ともに機能せぬ」
やっぱりか。
「術式その物が干渉するんじゃなく、術式を通った魔力が干渉するんだろ?」
「厳密にはそのとおりだ。よく理解している」
「どうも。魔力を遮断する素材ってある?」
「薄いミスリルを貼り合わせる際に、魔力遮断材を挟む発想か?」
「せめて三秒くらい悩めよ。で?」
顎先を摘まんだルーカスが考えこみ始めた。
あるにはあるけど、何かしらの問題もあるって雰囲気。
「どんな術式を加えるつもりだ?」
「着火っつーか火炎放射…いやまぁ発火でいいか」
怪訝な顔されたので、コンパスとかも加えて云々と趣旨を説明した。
すると、商品として面白いが、発火を加えない覚醒専用魔導具もラインナップすべきだと。
「とある蛇の皮を錬金処理すれば魔力遮断材は作れる」
珍しい蛇でもなく無毒なので仕入れ値もたかが知れているし、用途は違うが魔力遮断材自体はポピュラーな部材らしい。
が、一定以上に強度が高い魔力の遮断は出来ないため、生まれつき魔力強度が高く、魔力操作技能の減圧を使えない人用に、着火を加えないバージョンもラインナップしろと。
「魔力強度がどれくらい高いとダメなんだ?」
「ユウトの強度が閾値に近い。カノンの魔力は遮断できぬ」
ユウトの魔力強度は並みの魔術師の倍近いから、客観的にみれば魔力遮断材は高機能材と言ってよさそうだ。あとは…
「発火の方は魔銀でいいよな?」
「その辺の商会で売られている物で十分だ。尤も、お前たちがいると作る方が安上がりという妙な話になるのだがな」
ミスリル系魔銀は銀の純度と、ミスリル粉末を【合成】する際の熟練度、そして導入する魔力の強度で品質が決まる。
ユウトが魔力導入をした魔銀でも、その辺で売っている物の倍は品質が高い。
まあ、ひと山いくらのクズ銀から純銀を抽出し、キッチリ合成するルーカスあってこそなんだが。
目途が立ったので、ココアたちとデザイン検討に移った。
帯剣ベルトから抜いた時の先端側を【覚醒】にして、ケツを【着火】にすべきだろう。
コンパスは筐体の側面に埋め込む形にして、持ち手にノコギリナイフとコルク抜きを仕込む。
「こんなんどお? 魔法少女ステッキ風」
「可愛いけど…」
「ガンドウみたいな奴が腰に提げてる絵面を想像しろって」
「ドン引きする」(笑)
製造コストを下げつつスタイリッシュにするため、スイッチ代わりのトリガーが両サイドにある短いマスケット銃のようなデザインにした。
持ち手側の鋼材筐体を細い筒状にして木製ストックを挿せば、ストックにノコギリナイフとコルク抜きを仕込めて簡単になるし、コンパスも鋼材筐体に埋め込むより楽だし見やすい。
そして三日後、プロトタイプと呼ぶに相応しい複合機能魔導具が仕上がった。




