02:流されて後悔しないように
精霊祭は厳かな雰囲気と静寂……なんぞこれっぽっちもなかった。
始まる前から泥酔者が続出している乱痴気騒ぎだ。
どう見ても巨大キャンプファイアーと大宴会。
祭壇みたいなとこに色々飾ってあったが、聖職者まで酩酊状態で爺さんや婆さんに説教を垂れていた。
そして深夜。
「イオリすごかった…今のも初めて。もう一回♥」
「えっ? えぇっ!? あんっ!? きゃああああーーー♥」
リリの方がすごい。
隣の住人は聞き耳を立てずともリリの大嬌声が聞こえることだろう。
俺は俺でもう何回目か分かりません。
そろそろ明るくなるんじゃないかって頃、やっとこさ満足したリリはソッコーで寝落ちした。
酒とメシとワンナイトのお礼に満足して頂けたなら本望です。
この寝室へ入った瞬間に分かったのは、リリが独り暮らしではない、もしくは、独り暮らしではなかったこと。
おそらく後者だろうし、同居人は男で間違いない。
実はバツイチかもしれないまである。
あの男慣れしてない感はなんだったのか……
「ま、俺が詮索していいことじゃない。寝よ」
「シェイン…」
呟くように寝言を口にした彼女の寝顔は、どこか悲し気。
明けたのか明けてたのか分からない翌日、カーテンがない窓から差し込むお日様が明るすぎて目が覚めた。
「太陽が黄色い……つーか、明るい中で見るとより一層デカい……眼福にゃん」
がっちり挟まれてる腕をじわじわ抜こうとしたら、リリが瞼を開けた。
「ん…イオリ…おはよ」
「おはようリリ、もう少し寝てなよ」
「ぅん……」
シャワーを浴びたいが水道すらないので、服を着て外へ出てみると死屍累々。
結構寒かったから、マジで死んでる人がいてもおかしくないのでは?
精霊祭は日本ならお盆だろうか。それとも正月だろうか。
どっちにしろ祭り期間中は仕事をしないそうなので、明後日の朝まで俺はリリのヒモ野郎でいるしかない。というか、明後日まで体力がもつか心配だ。
肉を焼くいい匂いに釣られて歩いて行けば、ポツンと屋台。
「おっちゃん朝からやってんだ? 働き者だな」
「まだ酔ってんのか兄さん、もうすぐ昼だぞ」
「あらほんと。お日様がもうすぐ真上だわ」
話しを聞いてみると祭り期間中は市場から何から全て休みなので、朝と昼も屋台が出るそうだ。
おっちゃんは昼の部に一番乗りして良い場所をゲットしたと。
「美味そうだ」
「なら買ってくれ。一本二五〇ユルグだ。安いだろ?」
「故郷の金しか持ってないんだわ。安いか高いかもわかんね」
「兄さんこの辺じゃ見ない風体だもんな。ま、この時期は色んな者が来る」
何かないかとカーゴパンツのポケットを漁ってみる。
タバコとライターが入ってるのは分かってるが……うん、スマホしかない。
電源切っとくべ。
「なぁおっちゃん、このリングと串焼きいくつか交換しね?」
「へぇ、凝った細工だしやたら光ってやがる。鉄じゃねぇんだよな?」
「スターリングシルバーって知ってる?」
「知らねぇ」
「硬くするために銅を少し混ぜてる銀だな」
「はあ!? 兄…あなた様はお貴族様で?」
「違う違う。なにかっつーと貴族疑惑をかけられるな」
「本当に違うのか?」
「違うって。こんな格好の貴族なんているのか?」
「言われてみりゃいないな。その指輪、ちくと噛んでもいいか?」
それ知ってる。本物か確かめるやつね。
露店売りのノーブランドだしいいや。
「はいよ」
「……おいおい本物じゃねぇか。兄さん大損するがいいのか?」
「むっ、そこんとこクワシク」
ネット小説よろしく金貨の世界かと思ったら、少なくともこの国と周辺国は金より銀の価値が高いそうだ。理由は「川の上流で砂金が定期的にとれるから」と意味が分からん。
なんにしろ、串焼きを一〇〇〇本買って漸くどっこいだと言われれば、もったいなく感じてしまう。
「これ買い取ってくれる店知らない? 今すぐって意味」
「今日明日は無理だぜ兄さん」
「だよなあ。仕方ないから諦めるわ。冷やかしですまんね」
「待ちな兄さん。明後日の夜に払ってくれるなら持ってっていいぜ?」
「マジで?」
「兄さん逃げそうな奴にゃ見えねえからな。信用売りってやつだ」
「払う払う。どこに金持って行けばいい?」
「明後日の夜にここでどうだ?」
「オーケーわかった必ず払う」
「決まりだ。二十本くらい買ってくれ」
ひと串がめっちゃデカいんだけど、まぁいいか。
「ちなみにこれ何の肉?」
「普通の鹿だが、氷室で五日寝かせたから美味いぜ」
熟成させたって意味だろうと受け取り、デカい葉っぱで包んでくれた鹿肉串を抱えてアパートへ帰った。
「イオリ! もお! いなくなったと思ったんだから! もぉバカバカ!」
目に涙をいっぱい溜めたリリが声を張り抱きついてきた。
何となく察せる。シェインはリリに黙って出て行ったんじゃないかと。
「ごめん。屋台のおっちゃんと熱い駆け引きをしてて。食べる? てか食べて?」
「お金…本当は持ってたの?」
「持ってないから信用買い。明後日の夜に払う約束で」
「え? どうして信用されたの?」
不思議だよねえ。おっちゃんがお人好しすぎるっつーかなんつーか。
リリも鹿肉が好きだということで、串焼きを食いながら一連を話した。
信用の原因はリングみたい。
この国の銀貨には混ざりものが多いから、価値が低いそうだ。
特に質が悪い銀貨は色も銀じゃないと。それ酸化じゃなくて?
「ほんとはね、銀だろうなって思ってたの」
リリは親指と中指と小指のリングと、イヤーカフも銀製だと思ってたそうだ。
サムリングとカフはクロムなんだが、わざわざ言うことでもない。
リリはこの辺の通貨を持ってないだけで裕福なヤツだと思ったらしく、悪人でもなさそうだから家に招いたと。
ありがたい反面、ガードが甘いなあと思ってしまう。
「これギルドで売れる?」
「売れるけど、ギルドじゃない方がいいよ」
ギルドは何でも買い取るものの、買い取り価格はガッチリ決まっている。
おまけに税金分を差し引かれるため、少々面倒でも個人売買がオススメだと。
「ほとんど銀ならね、錬金術師が一番高く買ってくれると思う」
「なぜ?」
「魔銀を作れるから」
「なるほど」
難しい話になりそうだから流しておこう。これあるな、魔がつく法則。
「ねえイオリ」
「ん?」
「あのね、黙っていなくならないでほしい…」
ここは正直に。
「分かった。正直ずっと一緒にいられるか分からない。けど、ちゃんと理由を話して、リリが納得してくれた時だけにする」
「…どうしてそんなに優しいの?」
はて、自慢じゃないが優しくはない。あわよくばの野宿臭わせだったし。
実際、精霊祭がアレなら徹飲みできた。キャンプファイアーで暖かかったし。
でもリリに感謝してるのは本心だ。
徹飲みしてたらおっちゃんに会えなかったかもしれないし、シルバーリングを売るなら錬金術師、なんてことが判るはずもなく。
「リリが恩人だから。俺はテキトーな男だけど、恩を仇で返すのは嫌なんだ」
「イオリっ!」
バンと串肉を置いたリリが飛びついてきた。
「えっ!? いや、ちょっ、ぅはぁああああ~~~ん♥」
インターバルが短すぎるぞ最高かよ!
「んぁ……はっ!?」
「イオリおはよ? もう夜だけど」(笑)
寝落ちで爆睡してもうた…しかも真っ最中に…
「すんませんでした!」
「どうして謝るの? 寝顔が可愛かった♥」
「恥ずいからヤメテ!」
「ふふっ、お腹空いてない?」
「空いてる」
「串肉でシチュー作ったから食べよ?」
皮付きポテトと鹿肉だけで少し酸味があるシチュー、すげえ美味い。
このままリリと暮らすのも悪くない…と思ってしまう俺はクズだ。
俺はいつも曖昧で安易で状況に流されて、結局は後悔するアホだ。
「なあリリ、逸れた友達探すの手伝ってくれないか?」
「いいよ」
拍子抜けするくらいあっさりとOKをくれた。やはり白猫天使。




