12:声にするのは大事なことで
「遅きに失する感は否めませんが、この場を借りて僕から一ついいでしょうか」
「キリッとした顔してどうした」
椅子を引いて立ち上がったユウトが俺に体を向けた。
「しっかりとお礼を述べたいのです。黒須さん、この度は命を救ってくださり本当にありがとうございました。この御恩を忘れることなく、いつとは言えませんが、何倍もの恩返しをさせて頂く所存でおります」
「「固い」」
ハモったココアと親指を向け合う。
「分かったからもう座れ。俺が困ったら助けてくれ」
「無論です」
ユウトが座ると、小さく手を上げたカノンが立ち上がる。
「私も。イオくんが来てくれた時、本当に嬉しかったし安心したの。私に出来ることなら何でもするから、私もイオくんの傍にいさせてください…」
こういう時にカノンが選ぶ言葉は昔と変わらない。
自分を下に置くような言葉を選ぶのは、それが本心だからだろう。そして俺は困るわけだ。
(あーざーとーいー。自分から別れる言ったくせになんなの?)
(なぜ黒須さんをイオくんと呼ぶのか…二人はあの夜が初対面じゃない…)
困るけど、ここで曖昧に答えたらまた繰り返しだ。ちゃんと答えよう。
「先々でどうなるかは分からんけど、少なくとも全員が生きていける、暮らしていけるって自信を持てるまで、俺たちは一緒にいなきゃいけないと思う。それと、全員が揃った今、はっきり伝えておきたいことがある」
ココアとリリが俺のカノジョであること。
今はリリのアパートで寝起きするしかないこと。
リリが俺を救ってくれたこと。
出逢ったその日からそういう関係になったこと。
雇ってくれるルーカスもリリが紹介してくれたこと。
そんなアレコレを全部ひっくるめて一つ言えるのは、ここが日本じゃないということ。
リリの受け売りなんだが、文化も違えば考え方も違う。
俺たちの常識は通用しない。
それを頭で受け入れても心が受け入れないことはあるだろうし、その逆もあるだろう。
何もやってないのに、何かに答えを出すってのも無理だ。
今は出来ることだけに集中して頑張って、心と体の余裕を少しずつ増やしていきたい。
「あの、リリさんと吉岡さんは納得してるんですか?」
「私とココア? 何にかな?」
「あたしたちがセンパイと付き合ってることだよ。あたしたちの国の夫婦は……なんて言うんだっけ?」
「一夫一婦制のことかい?」
「それ。それだから、結婚前も恋人は一人が当たり前なんだよ」
「制度なんだね。この辺は養えるかどうかで人数を決める感じかな」
「あたしはリリがセンパイを本気で大好きなのよく分かるからヘーキだよ」
「ココアも心の全部でイオリが大好きでしょ」
「うん、大好き。だからあの日、リリが言ってくれたことに納得できた」
ココアは広場で俺と再会した時に、リリから言われたことを訥々と語る。
――ココア視点――
素敵な人をたくさんの異性が素敵だと想うのは当たり前。
どこを素敵と想うかは違っても、素敵だと想える人が目の前にいるのに諦めたら、きっと死ぬまで後悔する。
一番刺さった言葉は、『ここはジャパンじゃないよ?』だった。
ここは日本じゃない。分かってたけど分かってなかった。
自分の当たり前をどれだけ叫んでも、ここの人たちには届かない。
だったら損をしないように生きなきゃ、自分がみじめで可哀想になる。
ちゃんと真っ直ぐ話してくれたリリは嫌いじゃない。
性格が似てると思うし優しくしてくれるから、もう嫌いになれない。
リリとなら、センパイをシェアしても幸せになれると思える。
そんな色々を考えてると、自分がどれだけセンパイを好きなのか良く分かる。
大して好きじゃない人なら、こんなことは考えないだろうから。
ひとつだけ後悔してるのは、センパイに告白しなかったこと。
先に好きになったのはあたしだけど、センパイが好きでいてくれてるのは感じてた。
クリスマスを待たずに告白すれば良かった。
そうしたら、あたしはリリより先にセンパイのカノジョになれてた。
――イオリ視点――
「私はココアのことがイオリの次に大好きだよ」
「あたしもセンパイの次にリリのこと大好きだよ」
死ぬほど恥ずいんだが……んなこと言ったら引っ叩かれるな。
あぁそうだ、忘れてた。
「なあカノン、ユウトだけ知らないのはフェアじゃないと思うんだけど、話していいか?」
「……うん、それは私もこっちに来て考えてたの」
カノンに目を向けていたユウトは口を開きかけたが、居住まいを正して俺に視線を向けた。
察しがいいヤツだからほぼほぼ気づいてるだろう。
「俺とカノンは同じ高校の同級生で、高三から大学入学まで付き合ってた」
「っ……以前からの知り合いは予想できましたけど、そうでしたか…」
「ねえセンパイ、もうひとつ言うことなくない?」
分かってるからプレッシャーかけんな。あーあ、カノンが気づいた。
「イオくん…吉岡さんに話したの?」
「話した」
「どうして…」
「あたしが写真を見つけたからだよ」
「写真? スマホの?」
「違う違う、アレだアレ、親父のポラロイドカメラで撮ったやつ」
「ポラロイド……あっ」
「すみません、話が見えないのですが」
「えーとな、二週間くらい前にカノンからやり直したいって言われたんだよ」
「そ、それはさすがに、きついですね…さすがに…」
あの日、居酒屋にカノンを連れて来たユウトは、それはもう爽やかな笑顔で『僕が想いを寄せている川瀬花音さんです』と俺たちに紹介した。
俺とココアは度肝を抜かれるしかなかったというね。
「……吉岡さんはいつ写真を見つけたの?」
「川瀬さんと会った日」
「前の日だったろ」
「何時間か前だっただけだし」
「いや二十時間くらい前…なんでもない(睨むなよ)」
「雰囲気からすると、リリさんもご存じなんですね?」
「うん、知ってる」
「え? マジで?」
「あたしが話した」
「うそん。いつ」
「お家で一緒にお風呂入ったとき」
「あーーー、それでぬるま湯だったわけか」
「寒くなったから出たの」
「それに入った俺の立場!」
無視されましたね。まぁいいけどさ。
それよりこの空気をどうにかしたい。
窓開ければ変わるかな? 変わるわけねえな。
「黒須さんは川瀬さんに返事をしたんですか?」
「してない」
「なぜです? 不誠実では?」
やっぱこういう話になるわな。
「本人の前で言うのもアレだけど、メールじゃなくせめて電話してこいよって思ったもんでな。文字じゃ伝わらないこと多いんだろし」
「ああ、それは共感できます。川瀬さんはなぜメールで済ませたんですか?」
「……イオくんの家まで行ったんだけど、勇気が出なくて、それで…」
「おま、家まで来たのか。(マジで?)」
「うん、メールを送ったのは近くの公園からだけど…」
「あれ夜中だったろ。公園からどうしたんだよ」
「始発まで駅前のネットカフェに…」
「ねえセンパイ、あたしたちアオハルしてる♪」
「なに吞気なこと嬉しそうに言ってんだよ」
「だって青春って感じられなくない? アオハルどこ落ちてんのーって」
言いたいことは分からんでもない。
何につけても「青かった」ってのは、過去を振り返った時に感じる的な。たぶん。
「それで、黒須さんはどうお考えなんですか?」
「曖昧にしたくないからハッキリ言う。カノンとやり直す気はない」
「理由を聞かせてください」
「なんでお前がそこ掘るんだよ」
「何か不都合でも?」
「ねえわ! 別れる時、好きになってもらえる気がしないって言われたからだ」
「だって! イオくん私に好きって言ってくれたことなかった!」
「そうだな。言う必要ねえと思ってな。(やっぱりか、ほんと悪かった)」
「ねえセンパイ、今の言い方はあたしが大好きなセンパイじゃない」
俺だって言葉にするべきだったと後悔したさ。
カノンは初めての彼女で、舞い上がった俺はリングを贈った。
でもリングのことは言わない。今更言う意味がない。
「今の黒須さんからは想像できませんね。元来ロマンティストでしょうし」
「お前どこのプロファイラーだよ」
「その例え方は……川瀬さん、何かプレゼントされたことはありませんか?」
(ムダに勘がよろしいなあオイ!)
カノンは何の躊躇いもなくバッグに手を入れ、あのリングを取り出した。
(うそん!?)
「まさか持っているとは……見せてもらっても?」
「いつか偶然に会ったら返そうと思って。どうぞ」
(どうぞ!?)
「……ああ、これは小さすぎて判り難い。字数を欲張りすぎですよ黒須さん。
川瀬さん、to my beloved first time girlfriend と彫られています」
「えっ…」
「あ‟あ‟あ‟ーーーっ! お前死ね! ユウト死ね! 今死ね! 早よ死ね!」
「ファーストタイムって初カノってことかよセンパイ死ね!」
「ココア? 悪党の顔になってるよ?」
気づくと、カノンが涙をぼろぼろ零していた。




