第31話:世界のソースコードを書き換えますわ。――ラプラス先生、あなたの教え(アルゴリズム)は、もう古臭いですの
「……一〇年ぶりですわね、先生。相変わらず、その服の着こなしには一点の『遊び』もございませんこと」
神々の墓場、その最深部。
魔導艦のハッチを開け、私は工事用の防護魔法を纏いながら、生身でラプラスの前に立ちました。
周囲では、私が強制徴用した守護者たちが、神々の死骸から魔力を吸い上げるためのパイプを敷設する金属音が響いています。
「ヴィクトリア。私の教えを忠実に守り、世界をここまで合理的に管理したことは評価しよう。……だが、君は致命的なミスを犯している」
ラプラスは、眼鏡の奥の冷徹な瞳で、私の背後で苦しむゼノス陛下を指差しました。
「……その男は、世界のシステムにとっての『巨大なノイズ』だ。彼が流した血、彼が壊した秩序。その負債は、君がどれだけ数字を積み上げても相殺できない。……システムを安定させるには、彼というバグを消去するしかないんだよ」
ラプラスが指を鳴らすと、ゼノス陛下の身体を這う黒い数式が、さらに激しく発光しました。
陛下の口から、押し殺した呻きが漏れます。
「……バグ、ですって? ……ふふ。……ラプラス先生。一〇年前から、あなたのその『完璧主義』という名の硬直した思考、少しも変わっていらっしゃらないのね」
私は扇を開き、ラプラスが展開している「世界の設計図」――ホログラムのように浮かぶ膨大な数式の羅列を、鼻で笑いました。
「先生。あなたの帳簿は、あまりにも『保守的』すぎて欠伸が出ますわ。……あなたは、世界をこれ以上増えない『固定資産』だと信じている。だから、マイナスが出れば削るしかないと思い込んでいるのよ」
「……何だと?」
「……今の私の帳簿を見なさい。……陛下がかつて壊した国々、奪った命。……確かにそれは、当時の計算では『損失』でしたわ。……ですが、今の陛下が私の隣に立ち、その圧倒的な武力で私の『新秩序』を保護することで生み出されている『将来キャッシュフロー』を計算に入れましたかしら?」
私は水晶板を叩き、ラプラスの設計図の上に、鮮やかな青いグラフを重ね書きしました。
「陛下という『最強のセキュリティ・システム』があるからこそ、民は安心して投資を行い、私のクレジットは世界中で流通している。……彼がかつて犯した罪という負債など、……彼がこれから千年にわたって世界に与える『平和という名の純利益』に比べれば、端数にも満たない雑損ですわ!」
『……不条理な。……感情を計算式に組み込むなど、論理の自殺だ』
「いいえ。……これが『無形資産』の正当な評価ですのよ、先生。……あなたがバグだと言って消そうとしたものは、……私にとっては、代わりのきかない『最高級の基幹インフラ』ですわ!」
私は、扇の「鍵」を地面に突き立てました。
墓場の再開発によって抽出された、神々の膨大な魔力。
それが、私の扇を通じて、ラプラスが支配していた「世界のソースコード」へと逆流し始めます。
「……ラプラス先生。あなたの教えたアルゴリズムは、もう古臭いですの。……『消去による安定』の時代は終わりました。……これからは、『投資による拡張』の時代。……陛下の呪いという名の負債、……私が今、全額『資本金』として組み入れ(資本組入れ)させていただきますわ!」
青い光がゼノス陛下を包み込みました。
首筋を這っていた黒い数式が、私の青い魔力によって、無理やり「帝国の繁栄を支えるための契約式」へと書き換えられていく。
「……ぐ、おぉぉぉぉっ!!」
ゼノス陛下が、猛烈な咆哮と共に立ち上がりました。
その瞳には、狂犬の如き殺気ではなく、世界を統べる王としての、まばゆいばかりの生命力が宿っています。
ラプラスの設計図が、パリン、と音を立てて砕け散りました。
「……信じられんな。……私の設計した因果律を、……外部から、これほど強引なロジックで上書きするとは」
ラプラスが、初めて驚きに目を見開きました。
ですが、彼はすぐに、どこか満足げな、……そしてひどく不気味な笑みを浮かべました。
「……いいだろう、ヴィクトリア。君は『世界を買い叩く』だけでなく、……『仕様』そのものを書き換える段階に達したようだ。……ならば、最後の質問だ。……君が支払う一二〇億ディル。……その真の受取人が、誰か知っているかな?」
「……。……ええ。……薄々、感づいておりましたわ」
私は、墓場のさらに深淵――そこにある、世界を動かしている「心臓部」を見つめました。
「……この世界そのものを『商品』として出品した、……真のオーナー。……この物語の『精算』は、その方と行わなくてはなりませんわね」
ゼノス陛下が、私の隣で、その武骨な手で私の肩を抱きました。
熱い。……先ほどまでの冷たさが嘘のような、確かな命の熱量。
「……行くぞ、ヴィクトリア。……どんな怪物が出てこようと、……お前の算盤の横に、俺の剣を添えてやる」
「……うふふ。……陛下。……とびきり高い『手数料』を請求することになりますけれど、よろしいかしら?」
私たちは、ラプラスを背に、世界の深淵へと歩み出しました。
第3部、最終決戦。
一二〇億ディルの決済まで、あと一頁。
師匠ラプラスの「消去の論理」を、ヴィクトリア様の「投資と再評価」の論理が打ち砕いた第31話!
「罪を利益で上書きする」という、まさに監査の女王ならではの救済劇、お楽しみいただけましたでしょうか。
ゼノス陛下の呪いを一時的に「資本金」へと変え、命を繋ぎ止めたヴィクトリア様。
しかし、物語の本当の「精算」はここからです。
120億ディルという途方もない金額。その受取人が待つ、世界の最深部へ……。
次回、第32話『債務者ゼノスの「内部監査」。――陛下、あなたの魂の奥底まで、私が残らず査定して差し上げます』。
ついに物語は、世界を作った「真の存在」との対峙へ。
ヴィクトリア様が最後に下す「決算」とは!?
物語の最後の一頁まで、投資家の皆様の【ブックマーク】と【評価】という名の熱いご支援をいただけますと幸いです。
皆様の応援が、ヴィクトリア様の「最終決済」を支える唯一の資産となりますのよ!




