第30話:聖域の再開発計画。――神々の墓場を、世界最大の「魔導発電所」に書き換えますわ
「……暗い。そして、あまりにも『非効率』な空間ですわね」
帝国の最新鋭魔導掘削艦『ヴァリエール号』の艦橋。
私は、目の前のモニターに映し出される漆黒の霧――「神々の墓場」の入り口を見つめ、不愉快そうに鼻を鳴らしました。
かつて世界を支配し、そして滅んでいった神々の残滓が漂うこの領域は、物理法則すら歪める「死のマナ」の温床。立ち入る者は一瞬で精神を汚染され、存在を抹消されると言い伝えられています。
「お、お嬢様……。探知機が完全にレッドゾーンです! 外部の魔素濃度、通常の五万倍! これ、生物が立ち入っていい場所じゃありませんって!」
「シフォン。……五万倍のエネルギーが『放置』されていると言いなさい。これだけの資産を眠らせておくなんて、前任の管理者たちはどれだけ怠慢だったのかしら」
私は、横たわるゼノス陛下の青白い顔を一瞥しました。
彼の首筋を這う黒い数式は、時折脈動し、彼の命を確実に削り取っている。
猶予は、あと四八時間。
「……ヴィクトリア。……案ずるな。……俺は、まだ……お前に『利息』を返していない……」
「……当たり前ですわ、陛下。……あなたが私の帳簿から消えることを、私が許すとでも? ……大人しくしていなさい。……今、ここを世界で最も『有益』な場所に作り替えて差し上げますから」
私は、手元にある一二〇億ディル分の「債権扇」を、力強く振り上げました。
「全艦、再開発モード(リビルド)! ……シフォン。墓場の『死の霧』を吸気口へ。……あれを燃料にして、魔導核をオーバークロックさせなさい!」
「ええっ!? あの呪いをエネルギーにするんですか!? 爆発しますよぉ!」
「計算上、不純物を濾過すれば最高品質の『未精製マナ』ですわ! ……やりなさい! ……神々が死んで残した負債、本日をもって私が全額『再資源化』させていただきますわよ!」
艦底から巨大な魔導吸引装置が展開され、数千年にわたって世界を拒絶してきた漆黒の霧が、轟音と共に吸い込まれていきました。
呪いの霧が薄れ、剥き出しになったのは……。
地平線の彼方まで続く、巨大な神々の骸。山ほどもある巨人の頭蓋や、折れた黄金の翼が、冷たい泥の中に無造作に捨てられています。
「……壮観だな。……これがお前が殺した、あるいは見捨てた『神』の成れの果てか」
ゼノス陛下が、シフォンの肩を借りて立ち上がりました。
「いいえ、陛下。……これは神ではなく、ただの『産業廃棄物』ですわ。……これだけの質量の魔導伝導体が埋まっている。……ここを整地し、導線を引けば、……大陸全土を永久に照らし続ける『世界最大級の発電所』に転用できますわね」
私は迷うことなく、モニター上の神々の骸に「区画整理」のラインを書き込んでいきました。
神の翼は、魔力を増幅するパラボラアンテナへ。
巨人の心臓は、エネルギーを蓄積する大型コンデンサへ。
人々が畏怖し、近寄ることさえ禁じた「聖域」が、私のペン一本で、冷徹な『再開発図面』へと書き換えられていく。
「……何者だッ!? ……神聖なる眠りの地を汚す、傲慢な人間よ!」
墓場の奥底から、かつて神に仕えていたとされる「守護霊装」――数千の影が、殺意を孕んだ魔力と共に湧き上がってきました。
彼らにとって、私の行為は神への冒涜そのものでしょう。
「汚す? ……いいえ、有効活用と言って。……あなた方、ここ数千年、一円の固定資産税も払わずに土地を占拠している自覚はありますかしら?」
私は、艦の外壁に設置された巨大な拡声魔導器へ、冷徹な声を叩き込みました。
「……あなた方の主(神)は、世界に対する多額の負債を残したまま夜逃げ(消滅)いたしました。……その連帯保証人であるあなた方に、本日、未払い分の『管理責任』を追求しに参りましたの。……抵抗するなら、あなた方のその霊的な構成成分、すべて『魔導電池』の材料として強制徴用させていただきますわよ?」
「……。な……っ……」
守護者たちの動きが、混乱で止まりました。
数千年の間、勇者や魔王の挑戦はあっても、「税金」や「管理責任」を問うてくる敵など、彼らのデータベースには存在しなかったのでしょう。
「シフォン。……構いなさい。……守護者たちの波長を解析。……彼らの魔力を逆位相で相殺し、そのまま『工事用の動力』に変換しなさい」
「了解です……! お嬢様、もう怖いです! 神々の守護者を現場作業員にするなんて、鬼、悪魔、……ヴィクトリア様ですぅ!」
青い閃光が走り、守護者たちの叫びが、無機質な「機械音」へと変換されていきました。
一時間後。
「神々の墓場」は、不気味な聖域から、無数の魔導パイプとクレーンが蠢く『巨大建設現場』へと変貌を遂げました。
かつての死の霧は、タービンを回すためのクリーンな蒸気となり、
神々の死骸からは、純度の高い魔力結晶が次々と採掘されていく。
「……さて。陛下。……エネルギーの確保は終わりましたわ。……次は、あなたの呪いを中和するための『最終監査』……。……この墓場の最奥にある、世界の『初期化プログラム』の所在を突き止めましょうか」
私は、さらに深く。
未だかつて、神々ですら触れることを許されなかった「世界のソースコード」が眠る場所へと、魔導艦を突き進ませました。
しかし、その時。
艦内のすべてのモニターが、突如として砂嵐に覆われました。
『……素晴らしい、ヴィクトリア。……死を資源に変えるとは。……だが、その帳簿の「最終行」に何が書かれているか、まだ気づいていないようだね』
ラプラスの、あの不気味な微笑みが、画面いっぱいに広がります。
「……ラプラス。……私の工事現場に、またハッキングかしら?」
『いいえ。……君に「真の精算」を教えに来たんだ。……ヴィクトリア。……この墓場を作ったのは、神ではない。……「私」だと言ったら、君は信じるかな?』
艦橋の扉が、音もなく開きました。
そこに立っていたのは、通信越しではない、生身の、……一〇年前と寸分違わぬ姿をした、私の「師」。
「……あら。……直接のご集金とは、丁寧なことですわね」
私は扇を構え、ゼノス陛下を守るように一歩前に踏み出しました。
死の聖域の中心で。
世界で最も「数字」に長けた二人の、……血も涙もない決算が始まろうとしていました。
神々の墓場を「エネルギー資源」として再開発し、守護者たちを「工事現場作業員」へと強制雇用した第30話。
禁忌すらもインフラに変えてしまうヴィクトリア様の合理的な狂気、
楽しんでいただけましたでしょうか。
しかし、その聖域を設計したのが、他ならぬ「ラプラス」であったという衝撃。
ついに生身で現れた宿敵を前に、ヴィクトリア様はどう立ち振舞うのか。
ゼノス陛下の命の期限が迫る中、物語は最大の知的決戦へと突入します!
次回、第31話『世界のソースコードを書き換えますわ。――ラプラス先生、あなたの教え(アルゴリズム)は、もう古臭いですの』。
師弟対決。そしてゼノス救済の成否。
この物語の最大のターニングポイントを、ぜひ【ブックマーク】や【評価】という名の投資で見届けてくださいませ。
皆様の応援の数だけ、ヴィクトリア様の「再開発予算」が拡大いたしますわ!




