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09*踊っていただけますか

「うん。やっぱりよく似合うね」

「……いつの間に、ドレスを用意していたのですか」


 ヨセフィーナの誕生パーティー当日。

 二人は会場裏で待機していた。


 家にあるドレスを着るはずが、ヨセフィーナが用意したドレスを身につけている。全体的に淡い白のドレスで、銀色の刺繍が施されていた。さりげなく小さめのフリルやリボン。首元は白いレースで覆う形になっており、肘まで肌は隠れている。手にはレースの手袋。髪や耳元にはパールの飾りがある。髪はゆるく巻き、下ろしていた。


 誕生パーティーに出ると伝えたのは一週間前だ。そんな短期間で用意できるわけがないと思えば、以前からフローラのためにドレスを用意していたらしい。


「いつかまた、人前に出る時に着てくれたらいいなって」

「ヨセフィーナ様……」

「私からの餞別だよ。よかった。この目で見られて」

「……!」


 縁談でドレスを着ることはあっても、婚約者になるであろう相手にしか見せていない。七年前からずっと人前には出ていなかった。いつまた社交界に顔を出すかも予想できなかった。それでもヨセフィーナは、以前からひっそり作らせていたという。


 ヨセフィーナはふふ、と笑う。


「嬉しかったなぁ。二人が来てくれた時」


 ルドルフに相談した日、一緒にヨセフィーナの元を訪れた。誕生パーティーを一緒に過ごせることも、人前に出ようとフローラが一歩踏み出してくれたことも、ヨセフィーナは本当に喜んでくれた。


 最初は心配していたが、フローラの負担にならないよう色々考えてくれた。「ファーストダンスが終わってから出てきたのでいいからね。私とルドルフでみんなの視線を奪っちゃうから」と、茶目っ気たっぷりに言ってくれたのだ。


「ルドルフと仲良くなってきたね」


(仲良く……?)


 そう言われてもあまりピンとこない。


 ダンスを通して普通に接することはできるようになったと思う。最初はフローラが勝手に敵対心を持っていたが、ダンス練習ではルドルフの努力に触発された。指導に熱が入ったし、それにルドルフはついてきてくれた。これが仲良くなったということなんだろうか。


「お。着替えたんだな」


 いつの間にかルドルフが会場裏に来ていた。


 彼は式典用の制服に身を包んでいる。

 この国の騎士の服は基本的に白だが、式典用は黒になる。刺繍は金。至る所に刺繍が施されており、豪勢な作りだ。前髪を上げ、髪型も整えている。いつもよりさらに勇ましく見えた。


「式典用の制服は初めてかな? かっこいいね」

「ありがとうございます。隊長からも黙ってたらかっこいいと言われました」

「あははっ」


 フローラはルドルフに目を向けた。


 いつもの制服も似合っているが、こちらの方がきっちりして見える。作りも繊細で豪華なので見栄えもいい。彼はおそらく、真面目な立ち姿の方が様になる。


 と、目が合った。


「綺麗だな」

「……どうも」

「どうもってなんだよ」


 笑われてしまう。


 彼の場合、真っ直ぐな賞賛なので、眩しいのだ。心から思って言ってくれるのがよく分かる。だからこそ、どう反応をすればいいのか迷う。


「髪下ろしてるの初めて見た。長いんだな」

「ええ、まぁ」


 いつもは編み込んでまとめている。


 ルドルフが「この長さを毎日……」と感心している。髪は肩を超すくらいの長さがある。物珍しそうに様々な角度で見られるのだが、若干居心地が悪い。


「じゃあ二人共、今日のパーティー楽しんでね」

「はい。ヨセフィーナ殿下、本日はお誕生日おめでとうございます」


 ルドルフが最敬礼でお祝いの言葉を述べていた。


 ヨセフィーナは嬉しそうに礼を口にする。ちなみにフローラはヨセフィーナに会った瞬間に伝えた。誰よりも一番におめでとうを言いたかったからだ。


「ヨ、ヨセフィーナ様っ!」


 会場裏は他の侍女や使用人が準備などで行き来しているのだが、一人の侍女が慌てて走ってきた。どうしたの、とヨセフィーナが聞く前に、遠くから人々の驚く声が大きくなる。


 それを目で追うと。


「ヨセ」


 急に長身の男性が近付いてきた。

 ヨセフィーナはぎょっとする。


「イクセル殿下っ!?」


(イクセルって……)


 確か、西の国の王子の名前だ。

 ヨセフィーナの婚約者の。


(この方が……)


 明るい灰みのある翠色の長い髪は一つに括られていた。淡い緑の瞳は切れ長で、右目の下には一つ黒子がある。綺麗な風貌だが表情は乏しい。西の国で主流の裾が長い服を着ている。


 最近の情報では、西の国は産業のみならず商業にも力を入れているようだ。イクセル自ら商売を行い、その手腕は高く評価されているらしい。と、聞いていたものの、まさかこんなにも表情のない人だとは思わなかった。何を考えているのか読みにくい。


 それでも、ヨセフィーナを愛称で呼ぶのは少し意外だ。

 交流してそんなに日は経っていないだろうに。


「どうしてここに」

「招待状をもらったら来た」

「公務が忙しいとおっしゃっていましたが」

「フィナルド殿下が極秘で呼んでくれたんだ。サプライズしたいと」

「兄上ですか」


 ヨセフィーナは苦笑してしまう。


 兄であるフィナルドはヨセフィーナと仲が良い。愛嬌もあってサプライズ好きだ。わざわざ妹のために計画し、イクセルにお願いしていたという。


「ファーストダンスがあると聞いた。僕が相手を務めても?」

「「え」」


 思わずヨセフィーナとルドルフは同時に声を発してしまう。するとイクセルの目がこちらに向いた。慌ててフローラが肘で突き、黙らせる。


「もしかして先約がいた?」


 婚約者が来たなら当然彼がダンスの相手を務めるべきだろう。イクセルは西の国の人間だが、教養のためこの国のダンスは一通り踊れるようだ。本来であれば快くお願いするところだが、なんとも言えない空気になる。


 フローラはちらっと横目を動かす。

 ルドルフは黙って二人を見ている。


 優先すべきは王子であることを、ルドルフも分かっているだろう。でも、あれだけ練習したのに。やるせない。本当に上達した。それを見てもらえないのは、少し、思うところがある。


「僕はヨセと踊りたい。彼は別の人と踊ったらいいんじゃないかな」


 今から別の相手を探すとなると、おそらく身長や体格差、距離感や位置を掴むのが難しくなる。いや、今のルドルフならいけるだろうか。でも踊るなら一体誰と。パーティーの参加者は皆、ルドルフを知らない。知らない人といきなり踊るのはどうなのか。


「――私が」


 フローラは無意識に声を発していた。

 一斉に視線が集まる。


「私が、彼と踊ります」

「フローラ……」


 ルドルフが小さく名を呼ぶ。

 彼に目を向け、ただ頷いた。




「なぁフローラ。本当にいいのか」

「さっきから何度同じことを聞くんですか」


 移動のため歩いているのだが、相手の問いかけに若干うんざりしていた。フローラが先に歩き、後ろからルドルフがついてくる形になる。


 会場の扉の前にはヨセフィーナとイクセルがいる。その後に続いて会場に入るため、並んだ。


 すでに客人達は揃っている。主役が登場してそのままファーストダンスが始まる。一緒に踊るのは予想外だが、主役の二人が許可してくれた。なら、この場を利用するべきだ。


「フローラも一緒だと注目されるだろ」

「むしろ私を使えばいいです」

「おい……!」


 ルドルフが回り込んで正面に来た。

 眉を寄せて怖い顔になっている。


「自分を使うとか言うな。俺はそこまで顔を売りたいわけじゃない」


 ルドルフとしてはヨセフィーナの提案だから受け入れただけのようだ。「……冗談です」と小さい声で返せば「冗談じゃない」と怒られる。


 彼が苛立つ理由は分かる。ヨセフィーナも最初渋い顔をした。人前に出る勇気を出し、でも無理のない範囲で進めようとしてくれたのに、結局自分から目立ちに行くだなんて。また傷付かないか、心配してくれている。


「私なら大丈夫です。ダンスは互いの呼吸を合わせるもので、私はルドルフ様しか見ません。他の人達は気になりませんわ」

「周りはフローラを見るだろ」

「会場入りするだけでどうせ目立ちます。最初から目立つか途中で目立つかの違いだけです」

「…………」


 睨みつけたまま黙っている。

 納得はしていないらしい。


 事情を知らないはずのこの人は、どうしてそこまで人のために表情を変えられるのだろう。やはり不思議に思ってしまう。


 少し前の自分だったら、おそらく手を挙げることなんてできなかった。怯えて、人前に出ることなく、隠れていた。でも今の自分は、前を向きたい、一歩踏み出したい気持ちでいっぱいだ。そんな気持ちにさせた最初のきっかけは、ルドルフだ。そして、彼の努力が無駄になる方が、嫌だったのだ。


 だがそれを口にする素直さはなかった。


 それに、彼のためになるからと言ったところで、彼はそれを受け入れない気がする。あの友人誓約書をすんなり受け入れるくらいの人だから。正義感が強い人だから。


 だから、別のことを伝える。


「……守ってくれるのでしょう?」


 ルドルフははっとした。


「あなたとダンスを踊ると決めたのは私です。あなたの言葉を信じさせてください」


 向き合うと決めた自分を認めてくれた。

 だから今度は。彼の言葉も信じたい。


 するとルドルフの顔色が変わる。

 真剣な目で、口角は上がる。


「ああ、必ず守る」


 はっきりと口にしてくれる。

 そして手を差し出した。


「俺と踊っていただけますか」


 この国では、必ず男性側から女性を誘う。

 それがマナーになっている。


 マナーに則り、ルドルフから声をかけてくれる。

 自分から誘ったと、責任を示してくれたのだろう。


「喜んで」


 フローラは小さく微笑み、手を乗せた。

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