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08*呼吸を合わせる

 後日。離宮にある広い会場に集まる。


「なんだか久しぶりだな」

「なんだかやつれていませんか?」


 ルドルフはいつもと違って目が死んでいた。


 ダンスの練習がけっこう堪えているようだ。

 苦手な部類なのかもしれない。


「フローラが教えてくれるのは心強い」

「私は専門ではありませんが、ヨセフィーナ様の願いですので」

「知っている人に教わる方が気が楽だ」

「一通りは教わったんですよね?」

「まぁ一応……」


 微妙な顔をしている。


「フローラは教えるの上手いよ。大船に乗ったつもりで任せよう」


 ヨセフィーナがフォローを入れる。

 ルドルフは「はい」と気合いを入れ直していた。


(あまりハードルを上げられても困りますが……)


「じゃあ早速やろうか」


 ヨセフィーナがすっとルドルフに手を差し出した。フローラはそれを目で追うと、さも当然にルドルフがヨセフィーナの手を取ろうとする。慌てて止めた。


「ちょっとお待ちくださいっ」

「「え?」」

「お二人で踊るんですか?」

「だってペアだし」

「一緒に練習した方がいいだろ?」


(今のままじゃ危ないわ……!)


 一緒に踊った方がいいのはその通りなのだが、今のルドルフはダンスが下手だと聞く。そんな状態でヨセフィーナと一緒に踊らせるわけにはいかない。ちなみにルドルフは今までダンスの先生と組んで練習していたようだ。


 つまり、ヨセフィーナと一緒に踊るのは今日が初。


 慣れないうちに踊ってヨセフィーナの足が踏まれでもしたらどうする。怪我をしてパーティーどころではなくなる方が怖い。二人で練習は必須だが、基礎がまずできているかも怪しいのに。二人は分かってないのか首を傾げている。フローラは勢いのままに言った。


「最初は私と組んでいただきます」

「え」

「フローラが踊るの?」

「基礎ができているかのチェックもしたいので」


 言いながらフローラはルドルフの前に立った。

 二人で向かい合う。ダンスを踊るために、通常より近い距離だ。


(……大きいわね)


 視線が斜め上になる。

 身長もだが、体が大きい。


 近付くと少し圧を感じるくらいに。


「怖くないか?」


 ルドルフの眉が八の字になる。

 人から怖がられた過去があるからだろう。


「見くびられたら困りますわ」


 なんでもないことのようにそう返した。すると背後で「フローラってルドルフにはそんな感じなんだ」とヨセフィーナがぼそっと呟く。今の言動で何を感じたのだろうか。とりあえず気にしないふりをした。


「まず意識すべきは『正しい位置』と『姿勢』です。互いに正しい位置関係を意識すること。そして姿勢は真っ直ぐ綺麗に。位置はこのくらいで大丈夫。ルドルフ様はいつも姿勢が綺麗なのでそれも大丈夫ですね。ではホールドしてみましょう」

「はい」


 ホールドとは、実際に互いの手を組むことだ。

 ルドルフは緊張した面持ちで手を動かす。


 片方は互いに手を組み、もう片方は相手の肩の下辺りに置く。互いの空間の形を保ちながら踊るためだ。


 ルドルフの手は大きく、角ばっていた。肩も筋肉があり厚みがある。人とダンスをするのが久しぶりなのもあり、男性と女性の体はこんなにも違うのだと、フローラは改めて知る。ルドルフの手は熱かった。緊張故か、元々体温が高いのか。


「位置と姿勢は問題ありません。この形を保つように」


 ホールドの形も申し分ない。

 ここまでは完璧だ。


「ではステップを踏んでみましょうか」

「あ、待ってくれ。俺、ステップが苦手だ」

「どこが苦手ですか?」

「足の動きがいまいちよく分からないし、覚えられない」

「では簡単なステップだけにしましょう。動かすだけでいいですよ。ワンツー、ワンツーで音を取ります」


 ステップが分からない、というのはおそらく、複雑なステップに頭がこんがらがるのだろう。ステップは曲によって異なる。踊り方さえままならないうちにいきなりステップを覚えろと言われても難しい。ルドルフの特に苦手とするところが分かった。


 フローラはワンツー、ワンツー、とゆっくり声に出す。ワンで踏むステップ。ツーで踏むステップを何度も繰り返した。


 次第に慣れてきたのか、ルドルフはちらっとフローラを見た。スピードを上げたいのだろうと悟り、フローラは頷く。互いの呼吸が徐々に合ってくる。


「――はい、いいですよ」


 一旦休憩を入れる。


「はぁあ……」


 ルドルフはその場にしゃがみこんだ。

 気を張って疲れたらしい。


 ヨセフィーナは何度も拍手する。


「すごいよ。すごく綺麗な形だった」

「最後は足元を見なくても動かせるようになりましたね。足の動きが気になると思いますが、下を見すぎると逆に失敗しやすくなります。何度も練習すれば体が覚えますから、地道に練習を続けてください」

「…………これも鍛錬だな」


 呟きに、フローラは含み笑いをしてしまう。


「そうですね。練習あるのみです。基礎ができれば後は複雑なステップを覚えるだけになります。まずは基礎をひたすら練習しましょう。ステップを覚えるのは後からでいいと思います」

「分かった。ありがとう」


 ルドルフは立ち上がる。

 吹っ切れたのか、真面目な顔になっている。


「今度はヨセフィーナ殿下と一緒に練習してもいいか?」

「ええ。これくらいできれば大丈夫だと思いますので」


 その後はひたすら練習を繰り返した。


「はぁ……。今日はもう踊りたくない……」


 練習時間をみっちり使い切った。

 ルドルフの目がまた死んでいる。


「よく頑張りました。ここまでできたら、上達は早いと思います」

「うんうん。やっぱりルドルフは飲み込み早かったね。フローラの教え方のおかげもあるけど」

「いえ、そんな……」

「本当だな。フローラのおかげだ」


 急にルドルフから両手を掴まれる。


「本当にありがとう。どうなることかと思った。このままだとヨセフィーナ殿下に恥をかかせるところだった」


 まさにそれを心配していたところだ。

 本人もそれを気にしていたらしい。


 ルドルフは大きな笑みを見せてくれる。


「教え方本当に上手いな。助かった。ありがとう」

「………いえ」


 こんなに人に感謝されるのはいつぶりだろう。言われたことをただ行っただけなのに、相手はすごく喜んでくれている。どう反応していいか分からず、フローラは少しだけ困惑した。


「私はほとんど公務があるから、今後は自主練になるかな。ルドルフ、大丈夫?」

「なんとかします。練習と、ステップを覚えるだけでいいので」


 フローラは小さく手を挙げる。


「私でよければ、練習相手になりますが」


 ペアが違うと距離感や位置が少し変わったりするが、フローラとヨセフィーナは背格好がほぼ同じだ。練習やステップを覚えるのは自分でできても、一緒に踊った方が一番上手くなる。するとルドルフは「ほんとか?」とさらに目を輝かせた。


「練習相手がいてくれた方が助かる。それに、フローラと一緒だとすぐ上達しそうだ」

「その代わり、当日は完璧に踊ってくださいね。ヨセフィーナ様にとって大切な日ですから」

「ああ、もちろん。約束する」


 ルドルフが両手を合わせて何度もフローラに頭を下げていた。


 そんな二人の様子を、ヨセフィーナは見つめる。

 少しだけ物珍しそうな表情になっていた。







「ワンツー、ワンワンツー、ツーワンツーワン、ワンツーツー」

「あああ、また間違えた……」

「大丈夫です。さぁもう一度」


 フローラは時間があるとルドルフに付きっきりでダンスを教えた。ルドルフも真面目で、地味な練習も文句一つ言わず食らいついていた。なかなかに根性がある。


 一通り踊ってみて、フローラは頷いた。


「形になっています。これなら大丈夫でしょう」

「よかった……」


 ルドルフは本気で安堵するような顔になった。

 誕生パーティーはあと一週間だが、これなら十分間に合うだろう。


「色々お伝えしましたが、ダンスというのは楽しんで行うものです。当日は笑って踊ってください」

「笑う……余裕があるかどうかだな……」


 若干曇り顔だ。不安があるらしい。


「ミスしてもしていない顔をすればいいんです。堂々としていれば、ミスしたことなんて誰も分かりません。それに、しかめっ面よりも笑った方が印象いいですよ」


 フローラは自分の口元に両指を運ぶ。

 口角を上げて見せた。


「ふっ」

「……なんですの」


 今ので笑われるのは釈然としない。


「いや、フローラって面倒見がいいな」

「え?」

「俺のこと最初は苦手だったろ」

「…………苦手とかではありません」

「間があったぞ」


 今まで出会ったことがない人種だから戸惑っただけだ。そして、ヨセフィーナのお気に入りの騎士で嫉妬しただけだ。


「ヨセフィーナ様の願いですから。主人の願いを叶えるのが侍女の役割です」

「いくら主人の願いでも、向き合ってくれてるのはフローラだろ。それが嬉しい」

「…………」


 そんな風に言わないでほしい。

 どう反応していいか分からなくなる。


「面倒見が良くて教え方も上手くて優しくて。なんだかもったいないな」

「な、なにがですか」

「フローラのいいところを、俺だけが知ってることが」


 にっと笑われながら言われる。


 その言葉に、フローラは少し前に悩んでいたことを思い出す。最近はルドルフにダンスを教えることばかり考えて忘れていた。


 これから自分はどうしたらいいのか。

 迷っていたことに。


 今なら、彼に聞けるだろうか。


「……あの」

「うん?」

「私……人前に出るのが苦手で」


 大きな原因は過去の事件だが、それは口にしない。

 ルドルフは黙って聞いてくれる。


「でも……人と関わることが増えて……このままでは、ただ甘えているだけではと思って」


 自分の心を吐露する。

 言葉にするのが難しいが、文字よりましだ。


「今の居場所は居心地がいいですわ。皆さん優しいですし尊重してくれますし。でも……その分、何かを達成した記憶がないんですの。私、逃げているんじゃないかと思って」

「逃げてはないんじゃないか」


 フローラはちらっとルドルフに目を動かす。

 彼は真面目な顔で前を向いていた。


「『逃げてる』っていうのは自分に逃げてる人に使うもんだ。フローラはそうじゃないと思う。俺に対しても自分の意見は言ってきただろ。逃げずに立ち向かってる」

「…………」

「それはあれか。現状を変えたいってことか?」

「! ……そう、そうですわ」


 話が早くて助かる。


「人前に出てみたいのか。……怖くないか」


 フローラは思わず口をつぐんだ。


 怖いかと言われたら……正直怖い。

 怖いが、このままだと何も進まない。


 それに、周りの優しさに触れ、自分も乗り越えてみたくなってきた。皆のように、達成感を味わってみたい。過去に囚われず、今を生きたい。何かを得るためには、進むしかないのだから。


「私は……前に進みたいんですの」


 するとルドルフは少し考え込む。


「あ。そうだ」

「?」

「フローラもヨセフィーナ殿下の誕生パーティーに出てみたらどうだ?」

「えっ?」

「毎年裏方なんだろう?」


 侍女はパーティーが上手く進むよう、裏方に徹する。毎年そうだ。今年もその予定だ。ヨセフィーナの髪型や身だしなみを整える役割がある。


 まさか表に出る提案をされるとは思わなかった。

 フローラは視線を左右に動かしてしまう。


「王族とか貴族とか、決まった人しか参加できないだろ? だったら普通のパーティーよりハードル高くないんじゃないか?」


 その日は両親も参加予定だ。知らない人達ばかりではない。参加人数も、おそらく普通のパーティーよりは少ないだろう。なによりヨセフィーナが人選する。よほど変な人も招待されないはず。


「それに、ヨセフィーナ殿下にとって最後の誕生パーティーだよな」

「っ!」


 そうだ、今年中にヨセフィーナは嫁いでしまう。もうこの国で誕生パーティーを開くことはできない。フローラは侯爵令嬢だ。パーティーに参加できる資格はおそらくもらえる。この晴れ舞台に一緒に出ないで、いつ出るのか。一緒にお祝いする最後のチャンスだ。


 だが、乗り越えられるだろうか。


 人前に出るということは、自身もドレスを着て、客人達に挨拶をするということ。七年ぶりだ。注目されてしまう。きっとまた、噂は広がる。


 フローラの心は揺れた。


 自分を変えたい。参加すべきだ。

 やっぱり怖い。視線に耐えられるのか。


 ずっとぐらぐら、揺れている。


「俺もいる」


 急にルドルフがそう言った。


「俺がフローラを守る」

「守る……?」

「主役はヨセフィーナ殿下だが、ファーストダンスで俺も注目されるはずだ。フローラより目立つようにする。人前がしんどくなったら俺の後ろに隠れたらいい。俺の方が体が大きいから、隠れるだろ」

「隠れるって……ふっ」


 想像して笑ってしまう。


「私、そんなに小さくありませんわ」


 隠れるほど小さいつもりはない。

 女性にしては身長がある方だ。


 おかしくてくすくすと笑ってしまう。

 それを、ルドルフは微笑んで見ていた。


「笑う余裕はありそうだな」


 手が伸びてきたと思えば、急に額に彼の人差し指がちょん、と当たる。「なにするんですの」と抗議するが、さらに笑われた。


「応援する。ヨセフィーナ殿下にも相談しよう。思い切り行ってこい」

「……ええ」


 なぜだろう。

 彼の傍にいたら怖くないかもしれない。


 フローラは知らないうちに、ルドルフに対して安心感を感じていた。

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