07*迷い悩む
読んでくださりありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
たまに後書きに「おまけ話」を書くことがあります。
本編に隠れているちょっとした小話もお楽しみください。
今回はおまけ話があります。
お菓子を渡した日から三週間は経った。
その間に離宮に手紙が届いた。
ルドルフからフローラ宛だ。
『お菓子うまかった。ありがとう。これ、城下で見つけた。よかったら』
手紙と一緒に届いたのはチェリーピンク色のリボンだった。雑貨屋でよく売られている、たくさん使えるようにぐるぐる巻きにされている物だ。茶色の紙袋の中に入っていた。特にラッピングもない。見つけてそのまま買っただけなのだろう。
フローラはそれを見て首を傾げる。
「……何に使えと?」
個人的に使用してほしいというより、仕事で使えると思ってくれたのだろうか。意図が分からないものの、彼のことだ。他意はないだろう。もらったものは有効活用すべきと思い、備品が置いている場所に一緒に並べた。
ルドルフは最近忙しいらしい。
あの日から会っていない。
その間、侍女のエナとレベッカ、騎士のミカエラと会うことが増えた。お菓子作りを一緒にしたことでさらに打ち解けたように思う。今こうして離宮で仕事をしながら、感じたことがある。
「……離宮は、静かね」
今まではそれが当たり前だった。
それに救われていた。
人の目がない、自分のペースで仕事ができる。これ以上に自分に向いた場所があるだろうか。そう思っていたのに。最近、静かすぎると感じている。
三人と話す時間は、心に彩りを与えてくれた。常に肯定してくれ、フローラの気持ちを尊重してくれる。他愛もない話をしながら、人と接することの楽しみを教えてくれた。対等な関係になれたようで、フローラにとって心を軽くする時間になった。
と同時に、気付いてしまう。
自分は、安全な籠の中にいる金糸雀のように、周りに守られている。合わせてもらっている、と。
過去の事件からヨセフィーナがずっと守ってくれた。フローラが侯爵令嬢なので、王族とつながりがあったのも大きい。今自分の近くにいる人は、常にフローラの気持ちを最優先に考えてくれている。それはすごくありがたく、心地よく、ずっとこのままでいたいような気持ちになる。
だが、いつまでも合わせてもらうばかりでいいのだろうかと、考えるようになった。自分は、ただ過去から逃げているだけではないかと。ヨセフィーナは、過去の傷は大きいものであり、癒えるのに時間がかかると言ってくれた。
フローラも、そう思っている。
いや、そう思いたい。
でも過去の自分は、侯爵令嬢としての責務を果たそうと必死に努力を重ねた。そうすべきと考えていた。それなのに、たった一度の事件で、心と閉ざしてしまった。あれ以来、人前に出ていない。
以前はそれでいいと、こうしてただ仕事ができるだけで幸せだと、そう思っていた。このままでいいのか、と迷うことが増えたのは、三人と話していた時に、仕事の失敗の話題が出たのもある。
エナとレベッカは侍女の仕事。
『私は、洗い立ての洗濯物を地面に落としてしまって……もう一度洗い直しになったんです』
『私は侍女になったばかりの頃、紅茶が渋いと言われていました。美味しい紅茶を淹れるのは難しいですわね』
ミカエラは騎士としてなかなか伸びなかったらしい。
『私より剣の扱いが上手い人を見ると悔しいですね。早く上手くなりたいと思っても、すぐに実力が出るわけではないですし。日々鍛錬です』
失敗を乗り越えた話もしてくれる。
達成感があるのか、みんな満足そうな顔をしていた。苦しいことも悲しいことも乗り越えての今があるのだと、だからここに存在しているのだと、そんな姿が眩しく、羨ましく思った。
フローラは専属侍女だが、仕事で失敗することはあってもささいなことで、悩んだこともあまりない。手先が器用で仕事を覚えるのが早いのもあって、三人のような苦労をあまりしたことがなかった。だから仕事の話は、ただ頷いて聞いていた。
侯爵令嬢としての努力も、大変なことはあっても、その努力さえ楽しんでいた。皆の話を聞いていると、自分に乗り越えたものなど、ないのかもしれない。
そう思うと。
(このままでいいのかしら)
その思いばかりが募る。
フローラには友と呼べる存在はおらず、相談するならヨセフィーナだけ。三人とは仲良くさせてもらっているが、まだ知り合ってばかりだし、いつも全肯定してくれる。相談したところで全員が、焦らなくていいのでは、と言ってくれそうな気がする。
与えられた環境で、それを受け取るばかりで。
最近受け取り過ぎて、悩んでいる。もらってばかりな気がすると。
自分を変えるには、どうすれば。
何から始めたらいいのだろう。
と思った時に、ルドルフの顔が浮かんだ。
(……ルドルフ様なら、なんて言うかしら)
誰に対しても実直な人だ。
フローラに対しても、自分の気持ちを正直に伝えてくれる。誰よりも現実的なことを言ってくれるんじゃないだろうか。何より彼には迷いがない。彼の話を聞くたびに、それがいい方向に向かっていると感じる。
彼なら、何か助言をくれるかもしれない。
それは、彼が常に真っ直ぐ向き合ってくれているからだ。下心抜きで思ったことを伝えてくれる。悪い人ではないと、最近は思えている。
まだ数回くらいしか話していないのに評価を変えるのはどうかと思いながらも、彼が自分にしてくれたことは多い。それは素直にすごいことで、ありがたいことだと思える。それに一応「友人」なのだから、相談したって問題ないだろう。
会うことが難しいなら、手紙でも書いてみようか。お礼のお礼だと思えばハードルは高くない。そう思い、仕事が終わってから便箋を選んだ。
が。
「書けない……」
フローラは自室で頭を悩ませた。
机の上には書きかけの便箋が並んでいる。
直接伝えるより簡単だろうと高を括っていたが、文字にすることは想像以上に難しさを感じた。文字は形に残る。見映えも気にしてしまって、上手く書けない。言葉なら目に見えないから、なんでも言えてしまうのに。
自分はこのままでいいだろうか。何か始めた方がいいだろうか。と、それこそ直接聞いた方が早いのではないか。そんな風にも思っている。
今更ながらに、手紙を人に送ったことがなかったことにも気付いた。業務で関係者に手紙を書くことはあったが、決められた文章を使えば誰でもすぐに書ける。自分で考えて書くのが難しい。
今まで友人がいなかったことも致命的かもしれない。人に手紙を送ることに、慣れてなさすぎる。
「はぁ……」
(何をしているのかしら、私)
途方に暮れる。どうせ彼も忙しくて、話す時間なんて取れないだろうに。結局その日は諦めて、フローラは眠りにつくことにした。
「フローラ。今年の私の誕生パーティーなんだけど」
「はい。すでに準備は進めております」
ヨセフィーナの髪型を整えながらフローラは答えた。一ヶ月後には彼女の誕生パーティーが開かれる。毎年必ず行われるもので、王族や貴族など、許された者達だけが参加できる。本人の希望に沿って内容を決めるため、フローラは昨年までの内容をリストアップしていた。何を言われても対応できるように。
すると笑われる。
「さすがだね。今年はルドルフにも参加してもらおうと思っているんだ」
「ルドルフ様もですか?」
「彼の顔を売りたいのもある。騎士団では話題性があるけど、貴族達は彼を知らない人が多いからね。彼は討伐部隊でより活躍するだろうし、誰か後ろ盾になってほしいと思っているんだ」
騎士では色んな身分の者が集うが、後ろ盾がいる方が後の出世に関係してくる。それだけでなく、もしものことがあった場合、生活を保障してくれたりもする。討伐部隊は騎士団の中でも花形だが、その分魔獣を討伐するという過酷な仕事を行っている。村からたった一人で来たルドルフに、何かしてあげたいのだろう。
「よいですね」
すると意外そうな顔をされた。
「フローラは反対するかと思った」
「なぜですか」
「最初、ルドルフのことを目の敵にしているような反応だったから」
「っ!」
どうやら主人にはバレていたらしい。
「最初はどんな人なのか分からないのもありましたから……。それに、ヨセフィーナ様はいつもルドルフ様を褒めてらして」
「あ、もしかして妬いたの?」
「……そうです」
「あっははっ! フローラって可愛いなぁ」
ヨセフィーナが振り返って抱き着いてくる。
髪が乱れると注意するも彼女は聞かなかった。
「私にとってフローラはかけがえのない存在だよ」
「…………私にとってもです」
侍女になって三年ほどだが、彼女とは子供の頃から交流はあった。王族と貴族として。今は主人と侍女として。他の人より付き合いが長い自覚もある。だからこそ互いのことをよく知り、大事にしたいのだ。
「あ、そうだ。フローラにお願いがあってね」
「なんでしょうか」
「誕生パーティーのファーストダンス、ルドルフとしようと思っているんだ」
パーティーではダンスを行うのが一般的だが、主役が最初に行うダンスを「ファーストダンス」と呼ぶ。ダンスの相手に選ばれた人は特別であり、ファーストダンスは参加者全員が見守るものでもあり、かなり注目される。
「ファーストダンスをすれば、絶対にルドルフは注目されるでしょう?」
フローラは脱帽してしまう。
一気に注目を集めて紹介する流れか。挨拶だけさせるのかと思っていたら、人々の視線を上手く利用するつもりだ。ルドルフも、人からの注目を受けてもなんとも思わないだろう。彼は誰の前でも普段通りでいる気がする。
「それでね、フローラにダンスの先生をしてほしくて」
「ヨセフィーナ様はダンスがお上手ですが」
「ううん。私じゃなくてルドルフだよ」
「……え。私が教えるんですか?」
ダンスを専門とする先生はいるはずだ。わざわざ侍女である自分が行う理由がどこにあるのだろうと思えば、苦笑された。
「それが、ダンスの先生を呼んで特訓させているんだけど、思ったより下手でね……」
最近ルドルフが忙しいのは、ダンスの特訓のせいだったようだ。本人は真面目に取り組んでいるようだが、なかなか上達しないらしい。意外だ。運動神経がいい話ばかり聞くので、ダンスも上手いと思っていた。ヨセフィーナもそう思っていたらしく、予想が外れたようだ。
「どうやら先生の説明が上手く伝わってないみたいで。フローラは教えるのが上手だったなと思って」
「習ってはおりましたが、専門ではありません」
「でも教えるのは上手いよ。私もよく君に教わっていたし」
ダンスを覚えるのが早かったフローラが、上手く踊れていなかったヨセフィーナを引っ張ってあげたことはある。だがあれも七年前の話だ。ヨセフィーナはすぐに上達した。
「彼もコツさえつかめばすぐ上手くなると思う。そろそろ上手くなってもらわないとね……」
確かに一か月前でそれでは心配になる。
ただ踊ればいいのではない、ファーストダンスの相手なのだ。このままではヨセフィーナに恥をかかせてしまう。専属侍女として、さすがにそれは避けたかった。
「分かりました。私でよければ」
「ありがとう~! 恩に着るよ……」
ヨセフィーナが胸をなでおろしたので、相当ひどい出来なのかもしれない。
フローラは思わず覚悟しておいた。
〜おまけ話「リボンの色」〜
「なぁルドルフ。あのリボン、ほんとにフローラ殿に渡したのか?」
「ん? ああ」
稽古の途中でケヴィンに聞かれる。
生活する上で日用品がいるだろうと、週末、彼に城下を案内してもらったのだ。必要な物を一通り買った後、とある雑貨でリボンを見つけた。この前のお礼に、手紙と一緒にフローラに贈った。最も、忙し過ぎて人伝に渡してもらったが。
「ええ……なんでリボン……?」
微妙な顔をされる。
「色が良かったから」
「色?」
「春の色だろ。フローラの名前によく合う」
色を見た瞬間、春の色だと思った。
なんとなく、フローラの顔が浮かんだのだ。
「でもリボンて。何に使うんだよ」
「さぁ」
「さぁ!?」
「色がいいと思っただけだけだ」
「それだけで渡したの!? もっと他にいい物あるだろ!?」
「考えるより先に体が動いたからなぁ」
用途はあまり考えてない。
自分がいいと思ったものを渡しただけだ。
「そういうところは野生児だなお前……。そういえばダンス、大丈夫か。ヨセフィーナ殿下の相手を務めるんだろ?」
ケヴィンにはとっくにその話が伝わっている。
一応関係者以外には秘密になっているはずだが。
ダンス、という単語を聞いて、ルドルフは無意識に息を吐く。
珍しく遠い目をしていた。
「駄目かもしれないな」
「珍しいな。お前、なんでもそつなくできるのに」
「先生が何言ってるのか全然分からん。専門用語が多すぎるんだ」
「教えてくれる人次第かねぇ」
ケヴィンは他人事のようにけらけら笑う。
思わずむっとしてしまう。
「別にダンスなんて生活に必要ないだろ」
「まぁな。でもお前は期待されてるから。頑張れよ」
「はぁ……」
体を鍛えることは好きで得意なのだが。どうにもああいうのはあまり向いてないらしい。ケヴィンも令息なので、ダンスは嗜みでできるそうだ。ということはもちろんフローラも、ダンスができるのだろう。
(踊るより見る方がいい)
ふと、彼女はどのように踊るのだろう。
少しだけ気になった。




