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06*お礼のお菓子

「女性だけのお茶会、どうだった?」


 公務が終わり離宮に来たヨセフィーナに、フローラは少しだけ言葉が止まる。ヨセフィーナは感づいた様子でふふふ、と微笑んだ。


「いい時間だったみたいだね」

「…………はい」


 想像より、よかった。


 冷やかしや興味本位ではない、あの日のフローラをしっかり見てくれていた人達だった。会いたいと思ってくれたのは、あの日のフローラを肯定するため。励ましの言葉をもらうことができた。


 自分の考えは、ずっと狭かったのだ。

 それに気付かされた。


「……なんだか、恥ずかしいです。私は、ずっと過去に囚われていて」


 ヨセフィーナは首を振った。


「それが普通だよ。誰があの日を迎えても()()()傷つく。大きな傷だ。簡単に癒えないし、時間はかかる。……私が侍女として君を迎えたけど、離宮で働くことを決めたのはフローラ自身だ。君は前を向いてる。過去から少しずつ進もうと努力している」


 決して今までも、何もしていなかったわけではない。ヨセフィーナに声をかけられて、侍女の仕事を続けて三年は経った。できることも、最初より増えた。それをヨセフィーナは言ってくれる。


 今度は肩をすくめる動きをされた。


「その証拠に、縁談をたくさん受けていた時期もあったし」

「……それは、両親の願いで」

「君を一人にさせたくなかったんだろうね。……男を見る目はなかったかもしれないけど」

「……」


 ぐうの音も出ない。


 あの事件後、最初は縁談の話など皆無だった。だが数年してから、縁談の話がちらほら出るようになった。娘を幸せにしたいと思った両親が、色んな貴族と話をした。相手の身辺や評判も参考にした上で進めてくれたはずが、いつの間にか浮気されたり、愛人候補になっていたり。受け入れたはずのフローラを、やっぱり返品したいという、失礼極まりない言い方をされたこともある。


 それでさらにフローラは傷つき、結婚なんてしないと両親に宣言してからもう三年。さすがに何も言われなくなった。ただ健やかに穏やかに暮らしてほしいと願われている。


 そういえば、ヨセフィーナから幸せな結婚をしてほしいと言われたが、あの日以降は特に何も言われていない。


「ルドルフはどうだい? 彼に対する評価も少しは変わった?」

「……評価、ですか?」


 平坦な声を努めた。


「彼のおかげで、彼女らと話せた。それは、フローラにとって大きいことじゃなかったかな」

「…………。ヨセフィーナ様のおかげもあります」

「ははっ。そうだね、私の誓約書のおかげもあるね」


 ルドルフが行動してくれなかったら、友人誓約書なんてものは生み出されなかったかもしれない。彼女達とは永遠に話せなかったかもしれない。


 一生、離宮で仕事をしていたかもしれない。


 だからルドルフにも、感謝しないといけない。とは分かっているものの、まだひねくれた考えを持ってしまう。


「連日フローラの友人になりたいと男共に言われるみたいで、毎日ルドルフは忙しそうだよ。死守してるけどね」

「え」

「その反応だと知らないか。彼はそんなこと言わなさそうだもんなぁ」


 あの日だけかと思えば、毎日戦いを挑まれているのか。それは少し、大変ではないだろうか。フローラの顔色が少し曇るが、ヨセフィーナは笑った。


「大丈夫。むしろ鍛えられるからありがたいって言ってたよ。ルドルフの体力、底なしだし」


 ヨセフィーナはたまに稽古場に顔を出す。


 ルドルフの動きは無駄がなく、それでいて常に冷静のようだ。他の騎士達の方が熱くなっているせいか、その対比が見ていて面白いらしい。


「で。いつルドルフにお礼の言葉を伝えるのかな?」


 フローラはどきっとした。

 心を読まれている。


 人としてお礼は伝えるべきだと思う自分と、でもいつどこで言うべきか揺れる自分。いつか偶然会えた時に言うべきか、月に一回あるお茶会で言うべきか。どちらも日がかなり経ってしまう。ありがたさを感じる今、伝えた方がいいだろう。


 迷うままに、聞いてしまう。


「いつ、お伝えした方がいいと思いますか?」

「早い方がいいよねぇ。鉄は熱いうちに打てって言うし。フローラのことだから、時間が経ったら会いづらかったり話しづらかったりするんじゃないかな」


 さすが主君はよく分かっている。


 そうなる未来が見えてしまい、フローラは少し項垂れた。それにもう一つ、問題がある。ありがとう、と伝えるのが、なんだか照れくさいというか、言いたくないというか。プライドが邪魔している。


 ただ一言、伝えればいいのに。


「言葉だけじゃなくて、何かあげたら?」

「え?」

「お菓子とか。ほら、フローラはお菓子作りが得意だよね」


 焼き菓子は得意で、ヨセフィーナにも何度か作ったことがある。離宮で働く人達にも振る舞ったことはあり、評判はいい。確かにお菓子と一緒なら、言いやすいかもしれない。


 とはいえ、今までは顔見知りの人達に渡していた。最近知り合ったルドルフにあげるのは緊張する。ちゃんと自分のお菓子は美味しいのだろうか、何か言われないだろうか、余計なことを考えてしまう。


「大丈夫だよ。フローラのお菓子、きっとルドルフ喜ぶよ」

「そ、そうでしょうか」

「私が保証しよう。フローラの作ったお菓子は世界一だからね」


 自然と顔がほころんでしまう。


「ヨセフィーナ様に言われたら、自信になります」


 早速フローラは、お菓子作りを進めた。







「ここ、よね」


 フローラは救護室に来ていた。

 ここは騎士専用で、怪我をした騎士を癒す場だ。


 最近ルドルフはここに来ると、ミカエラが教えてくれた。お茶会後、三人とまた会おうと言う話になり、今では頻繁に連絡を取るようにしているのだ。救護室は予約できるようで、わざわざルドルフが使えるよう、ミカエラが手配してくれた。救護担当の治癒士も今はいない。フローラは座って待っていた。


 と、ドアが開く。


 立ち上がれば、ルドルフの姿があった。

 すぐにお礼と共にお菓子を渡そうと思った瞬間。


 フローラは彼の姿を見て目を見開いた。


「どうしたのそれはっ」

「んっ?」


 ルドルフは、二重の意味で驚いた顔をしている。なぜここにフローラがいるのか、なぜフローラが慌てているのか。訳が分からないままのようだが、フローラはすぐに彼の腕を取り、座らせる。


 彼はあちこちに傷を作っていた。


 顔にはいくつもあざや切り傷。腕や手にもあるし、制服は土で汚れている。毎日騎士達にしごかれているのか、フローラのせいで戦いを挑まれているのか。後者だと思うといたたまれない。


 フローラは反射で、救護室に置かれている消毒液を手に取った。


「なんでフローラがここに」

「いいからじっとして」


 慣れた手つきでガーゼに消毒液を浸し、彼の顔に当てる。しみるのか「いてっ」と言われるがお構いなしだ。てきぱく動くフローラに、ルドルフは目を閉じてじっとしていた。


 顔も含め、傷のあるところは全て消毒し、ひどいところはガーゼをテープで止める。全て終わるとルドルフは「おお……」と感心したような声を出した。


「手際がいいな」

「ヨセフィーナ様に何かあった時に動けるよう、知識は入れているから。傷が深いものは一度見てもらった方がいいわ」

「そうか。ありがとう。で、なんでここにいるんだ?」

「…………」


 完全に言うタイミングを逃した。


 彼の姿が痛々しすぎて。

 侍女として動かざるを得なかった。


「そ、それより。怪我が多いんじゃなくて?」

「まぁこんなもんだろ。毎日鍛えてるし、魔獣狩ったりもしてるし」

「ちゃんと治療はしているのよね?」

「そうだな。だから救護室にはよく来てる」

「そう。…………」


 話題が尽きてしまう。


 フローラはちょっと心苦しくなる。

 この後どうやってお礼を言えばいいのか。


 相手はお構いなしにつっこんでくる。


「で。なんでフローラがここにいるんだ?」


(どうして三回も聞いてくるの……!)


 聞かないでくれるとありがたいのに。答えないんだから、答えがないと思ってくれていいのに。


 なぜかルドルフはにこにこしている。


「まさかフローラがここにいるなんてな。いつも離宮でしか会わないから。そういえばお茶会はどうだった? みんないい人達だっただろ?」

「……! ……ええ。いい時間を、過ごしたわ」

「それならよかった」

「だから……あの、ありがとう」


 と言いながら、やっとお菓子を手渡す。


 作ったのはマドレーヌだ。包み紙に、リボンもかけている。どれくらいの量作ればいいのか迷ったので、とりあえず三つ入っている。


 ルドルフが話題を作ってくれたおかげで、自然と伝えることができた。顔は下を向いたものの、包みは渡せている。ルドルフは、そっとそれを受け取った。


「俺に?」


 フローラは小さく頷く。


 もうお礼は言ったし、このまま走り去ってもいいだろうか。いいだろう。言ったのだ。渡したのだ。なら大丈夫だ。よし行こう。


 というわけでフローラはルドルフの横を早足で通り過ぎた。


「フローラっ!」


 すると呼び止められる。

 彼は大きな笑みを向けてくれた。


「ありがとう。大切に食べるな」

「……ええ」


 最後は声が小さくなる。

 フローラは駆け足でその場を去った。




「フローラ殿、こちらです」


 ミカエラが周りを気にしながら誘導してくれる。

 人が来ないよう、見張りをしてくれていたのだ。


 離宮まで送ってもらい、フローラは中に入る。途端、足の力が抜けてその場に座り込んでしまう。


「…………はぁ」


 言えた。ちゃんとお礼を言えた。

 それだけでなく、お菓子も渡せた。


 それに彼は、笑ってくれた。


「……よかった」


 ぽつりと呟いた。


 疲労といえばいいのか、達成感といえばいいのか。大仕事を終えたくらいにどっと力が抜けてしまう。体が少し震えている。緊張したのだろう。


 勇気を出して行動できた。


 自分の両手をぎゅっと握る。

 祈るように感謝した。




 後日。ミカエラが気まずそうに教えてくれる。


「ルドルフ殿がフローラ殿にお菓子をもらったことが騎士団で広まってしまって……またルドルフ殿は目の敵にされるように……」

「ええ……」


 なにをするにも話題になってしまうのか。


「お菓子なんて、いくらでも作るのに」


 ぽつりと呟く。


 差し入れをした方がいいんだろうかと口にすると、ミカエラを含め二人の侍女も首を振った。


「駄目です、戦争になります……!」

「フローラ様を巡って争いが起きますわっ」

「ルドルフ様だけでいいと思いますっ」


(ええ……)


「あ、でも、私は欲しいです」

「私も!」

「一緒にお菓子作りするのもいいですわね」


 そんな話に発展する。


 三人でお菓子を作り、城で働く女性陣にもおすそ分けで渡してあげる。それは評判を呼んだらしい。ヨセフィーナの耳にも届いたようで。三人で作ったクッキーを美味しそうに食べてくれた。

 

「一緒に作るの、楽しかった?」

「……はい」


 三人で作ったことを思い出す。


 侍女二人は手際がよかったが、ミカエラは思ったより不器用で、いつの間にかクッキーが黒焦げになったりした。だがそれもおかしくて、笑い話になっている。


 フローラはいつの間にか微笑んでいた。

 その表情を、ヨセフィーナは久しぶりに見ることができた。

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