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05*勇気ある行動

 ルドルフに会いたくない。


 たった二回しか会って話していないにも関わらず、フローラはそう思った。周りが彼のことばかり話すのだ。嫌でも情報が耳に入る。


 彼の話を聞く度に惨めな気持ちになった。


 大事な主人であるヨセフィーナには気に入られて。周りの人達には羨望の眼差しを集めて。本人はさも気にしていない様子でいる。どうして人の目をそんなに気にしないでいられるのだろう。自分の意志をそこまで貫くことができるのだろう。


 彼はフローラにないものを持っていた。

 だから一緒にいたくなかった。


 過去の事件で傷ついた自分は、何度も夢に見てしまうくらい鮮烈に覚えていて。治ったはずの傷が妙に疼いてしまうこともある。それに耐え、忘れたふりをして日々を過ごしている。


 ルドルフは周りに期待されるままに前に進んでいる。フローラはあの日から止まったままだ。比較して勝手に苦しくなっている。


 これ以上彼と一緒にいない方がいい。

 そう思っているのに。


(……なんでこんなことに)


 今フローラは、ルドルフと向かい合って紅茶を飲んでいる。


 場所は離宮の庭。鳥籠のような白い屋根がある建物の下には、テーブルと椅子が置いてある。ここはヨセフィーナお気に入りの場所だ。

 たまにフローラも傍にいて、一緒に紅茶の香りを楽しむ。そんな大切な場所であるのに。どうしてかフローラはルドルフと一緒にいる。


『月に一回は友人としてお茶会を楽しんでおいで』


 急にそう言ったのはヨセフィーナだ。


 必要ないと伝えたのに。

 勝手にセッティングされていた。


「ここ、景色いいな」


 ルドルフはその場に馴染んでいる。


 フローラは小さく息を吐いた。

 この時間が早く過ぎてほしいと願った。


「俺と会うの、嫌か?」

「…………」

「嫌なら断っていい」


 フローラはちらっと相手を見る。


「友人になってほしいと言ったのはあなたですよね?」


 相手は珈琲の香りを楽しんでいた。

 なんでもないように言葉を続ける。


「信頼がほしいからな。負担になるなら、会うのはやめる」


(なんなの)


 いい人過ぎて苛立ってくる。


 客観的に見ても不機嫌な態度のこちらが悪いだろうに。嫌な顔をせずに気遣うようなことを言ってくれる。さらに苛々してしまう。


「……やっぱり分かりませんわ」

「ん?」

「どうして私からの信頼がほしいのか」

「信頼がないと仲良くなんてなれないだろ?」

「仲良くなる必要がどこにありますの?」

「俺が一方的に味方になりたいと言ったところで、フローラしたら怖いだろ」


 反射で身じろぎしてしまう。


「互いのことを知れば信用や安心につながる。俺の言いたいこともフローラに伝わる。信頼関係ってのは積み上げるのに時間がかかるものだからな」

「…………」


 村でたくさんの人と交流してきたからだろうか、妙に貫禄があった。経験者じゃないとこの言葉は言えないのかもしれない。


 だがフローラは、そんな風に思えなかった。ずっと、ヨセフィーナの傍で守られてきた。今更人と仲良くなる方法なんて、分からない。


「フローラの目で見て俺を判断してくれ。仲良くなれないなら諦めるから」

「……今、諦めてもらうことは」

「知る前からそれ言うのずるいだろ。俺はヨセフィーナ殿下から許可をもらってる。それくらいの労力は割いてほしい」


 言葉に詰まった。


 それはそうだ。仕事でもなんでも、最初からやらないで判断するのはよくない。ルドルフはフローラより動いて得たものが多い。このままでは公平ではない。さすがに失言だったと反省する。


「長期戦だと思ってるから、あんまり気にするな」


 ルドルフは呑気にくつろいでいた。


 気にするなと言われても、それはそれで気になるのだが。人と深く関わったことなどないのに。

 これがしばらく続くのかと思うと、フローラは今から頭が痛くなってくる。


 だが、ルドルフを勝手に判断してしまったのは事実。現時点で相手が納得できないのは分かる。彼をしっかり見た上で友人を辞めたいと伝えたら、案外すぐに引き下がってくれるかもしれない。


「女性の方が話しやすいか?」


 急に話が変わる。


「……そうですわね」


 女性は女性で、勝手に噂を流されたり、嫉妬されたことはある。色恋沙汰だけたまに面倒くさいと思ってしまうことはあった。


「城の人達はみんな苦手か?」

「人によりますわ」

「そうか。じゃあ信用できそうな人に、会ってみないか?」

「……は?」


 彼は目を細めて笑う。


「フローラと話したがっている侍女や女性騎士、けっこういるぞ」

「……。あなたの、ファンではないの?」


 色んな人から告白されていると聞いている。フローラの友人という肩書を使って、ルドルフ自身と仲良くなりたいだけじゃないのか。


 彼は首を振った。


「そういうんじゃない。それなら分かる」

「分かるんですの!?」


 今までで一番の衝撃かもしれない。勝手に鈍感だと思っていたのに。


「分かるだろ。好意くらい」


(そ、そんなあっさり)


 さも当たり前みたいに言うなんて。

 想像以上に恋愛経験が豊富なんだろうか。


「本気でフローラと話してみたい様子だった。俺がフローラの友人になったから、勇気を出して話しかけてくれたんだ。フローラに憧れている人、けっこういたぞ」

「憧れる?」

「俺は過去のことを知らないが、お嬢様として、常に努力してたって。立ち振る舞いがまず綺麗だって褒めてたな」

「…………」


 幼少期、侯爵令嬢として、常に人に見られていることは自覚していた。そして、名に恥じないように勉強し、習い事をこなし、自分を磨き続けた。それを見てくれていた人々がいることを知る。


「それに、勇気ある行動を取ったんだろ。本当に感動したって。なにか自分にできることないか、ずっと考えていたって」

「!」


 これは過去の事件のことだろう。


 そうだ、あの時のフローラは、まだ正義感があった。少しでも役に立とうと動いた結果、事件を引き起こした。あの日大きな傷を負い、貴族界では噂の的になり、冷ややかな目を向けられたと思ったが。


「……あなたの目から見て、本当に信用できそう?」


 ぽつりと言葉にしていた。

 ルドルフは小さく微笑む。


「ああ。人を見る目はあるつもりだ」


 ふと、彼の目から見た自分は、どんな感じなのだろう。フローラはそんなことを思った。







 後日。


「フローラ様……!」


 わぁっと近寄ってきたのは、この城で働く女性達だった。あまり人数が多いと緊張するだろうと、ルドルフが厳選を重ね、ヨセフィーナも面接してくれ、三人と会うことになった。


 侍女として働いているのは二人。一人は茶髪のショートヘア、名前はエナ。もう一人は亜麻色のミディアム、名前はレベッカ。そして、珍しい青黒髪の長い髪を持つ騎士ミカエラ。みんなフローラと会うことを待ち望みにしていたからか、高揚している様子だった。


「お会いできて嬉しいですわ」

「令嬢としてずっと憧れておりまして」

「城で働いてると知って、騎士に志願したのです」


 一気に話しかけられてしまい、フローラは呆気に取られてしまう。遠巻きに何かしら噂されているのだろうと思っていたら、こんなにも積極的に声をかけてもらえるなんて。


 ヨセフィーナの計らいで離宮の一つの部屋で話すことになる。女性同士話の花が咲くよう、お茶菓子や紅茶を用意していた。


 侍女達は貴族令嬢のようだ。


「そのお姿はまるで百合であり薔薇。令嬢の中には今もなお、フローラ様に憧れてる者が大勢いるのですよ」

「社交界でお見かけする度に、流行のドレスが似合っておりましたわ」

「あの着こなしはフローラ様にしかできませんものね」


 ふふふ、と二人は向かい合って笑っている。

 目の前でこうも褒められると多少気恥ずかしい。


 次は侍女として働くフローラの話になる。


「ヨセフィーナ様の専属侍女だなんて、どれだけ優秀でしょう。いつも複数の仕事を同時にこなし、完璧であると侍女長が褒めておりました」

「私は守る側に立ちたいと騎士に志願しまして。アーネットから話はよく聞いております。私もお話ししたいと思っておりました」


 ミカエラは平民のようだが、フローラの話は小耳に挟んだらしい。一体どんな噂が、と緊張していると、少し照れた様子で言う。


「フローラ殿は『美しすぎる侍女』として有名でして……アーネットもよく『今日も目の保養だった』と口にしていて」


 離宮での出来事は基本的に口外禁止になっており(フローラを守る意味も込められている)、アーネットは基本的にヨセフィーナにつきっきりだ。騎士団に行き他の騎士に会うのも週に何度かくらいだが、フローラに会った話はするらしい。具体的な話は伏せるが、フローラがいかに美しいかの話になるようだ。


 彼女に美しいなんて今まで言われたことないのに。本人の前ではなかなか言えないですよね、と、なぜか三人が盛り上がっていた。


 褒められるばかりで、なんだか少しそわそわしてしまう。

 あの事件によって軽蔑されるか、同情されるか、どちらかと思っていたから。


「勇気を出してルドルフ様にお声をかけてよかったですわ」

「友人誓約書をヨセフィーナ様からいただけるなんて、信頼できる方だと思ったのです」


 以前からフローラと話してみたいと思ってくれたようだ。


 あの事件後、両親が誰かと接点を持たないよう気を遣ってくれていたので、人と交流することがままならなかった。フローラが離宮で働いていることを知ってからも、なかなか人と会う機会がなかった。誓約書のおかげで、ルドルフならば話を聞いてくれるのでは、と考えたらしい。


「騎士団はフローラ殿に会いたいと思う者が後を絶たず、ルドルフ殿に取り入ろうとする者も現れました」


 ミカエラは、誓約書を手にしたルドルフに群がる騎士が多かった話をし始める。


「男性は基本的に却下されてましたね。目的がよろしくないので」


 上手く言葉を濁してくれる。

 下心の話だろう。


「まぁ信じられない」

「野蛮な方はフローラ様に近寄らないでほしいですわ」


 フローラの代わりに侍女達が怒ってくれた。


「諦めきれない者もいたので、ルドルフ殿が『俺に勝った奴は考えてやる』と言っておりました。結果的に、誰もルドルフ殿に勝てませんでしたけど」

「まぁ。ルドルフ殿はお強いの?」

「所属してまだ三ヶ月とは思えないほど身体能力が高く、剣や体術の扱いも上手いです。ルドルフ殿より強い人は基本的に大人で既婚者の方が多く、ルドルフ殿に挑む者がいなかったこともあると思います」

「まさにフローラ様を守る騎士(ナイト)ですわね」


 知らないうちに大事になっていたとは。ルドルフとお茶会をした時はそんな話にならなかったのに。いつの間にか場はルドルフの話で盛り上がる。


 フローラは三人を眺めた。


 全員、フローラのいいところだけ話してくれる。あの事件のことを口にするのは憚れるからだろうが、それに触れられないのも、不安につながってしまう。


 彼女達は「話したい」と行動してくれた。

 このまま自分は、受け身でいいのか。


「あの、」


 一斉に視線が集まる。


「あの事件については……どう思われましたか」


 目が見られず、視線が下になる。


 先程まで声が重なり合っていたのに、それが止む。離宮は王宮より静かな宮だ。その名に相応しい静寂が広がり、外の鳥のさえずりが微かに聞こえる。


「フローラ様」


 エナの柔らかい声色が耳に届く。

 そっと、伏せた目を戻す。


 彼女達は、微笑んでいた。


「私達は、フローラ様の行動に感動し、その身だけではない、お心も美しいと感じております」

「身を挺して友人を守るだなんて、私達にはできませんわ」


 友人、と聞いて心が小さく痛んだ。


「……彼女のためになったかどうかは、分かりませんわ。もしかすると、迷惑だったかもしれませんし」


 彼女は今、どうしているだろう。

 あの日以来、姿は見ていない。


「あの場面で咄嗟に人を庇うことなど、誰でもできることではありません」


 ミカエラがきっぱり伝えてくれる。


「あの出来事を汚点だとは思わないで下さい。あなたは、人のために動いた。それは紛れもない事実です」

「…………ありがとう、ございます」


 フローラは、やっと許されたような心地になれた。

次回からの更新は不定期となります。

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