04*信頼を得る方法
「ルドルフっ!」
廊下を歩いていると、ケヴィンが興奮気味に近付いてくる。彼は村に視察で来た騎士の一人で、騎士としては先輩だ。だがルドルフの方が年上で、副隊長に昇進したことで立場が逆転した。ややこしくなるから出会ったままの接し方でいこうと互いに決めた。
「フローラ嬢と友人になったってほんとか!?」
「耳が早いな」
その情報網はどこから来るんだろうとたまに思うことがある。
情報だけでなく噂話、誰と誰がくっついただの別れただの、いわゆるゴシップ的な情報にも詳しい。個人的に噂の種にはなりたくないが、フローラと関わる度に何か言われるかもしれない。
両肩を思い切り揺らされる。
「どういうことだよどうやって仲良くなったんだよみんなの金糸雀に……!」
「金糸雀?」
「彼女の昔の二つ名だよ。見た目が美しいだけでなく歌も上手いんだぜ」
「なんでそんなこと知ってんだ」
「そりゃこれでも子爵令息だからな。パーティーとかで見たことあるし」
そうだった。彼は王都出身で貴族だった。
あまり貴族っぽさがないと思えば彼は三男で、貴族より平民の友人の方が多いようだ。気さくな性格も関係しているのだろう。
昔の彼女を知っていると聞いて少しだけ面白くない気持ちになるが、すぐにその感情は捨てる。大事なのは今だ。今の彼女を知ることが、おそらく本当の意味で仲良くなれる。
「で、どういう策を使ったんだ?」
「ヨセフィーナ殿下のおかげだ。ほら、これ」
友人誓約書を見せる。
ケヴィンは悪びれる様子もなく受け取り、目を通していた。最初は感嘆するような声を出していたが、とある文章で動きが止まる。
「え……これ、本当?」
「あ?」
当の本人も指摘していた部分だ。
「フローラに手を出せば重刑罪」というもの。
「ああ。もちろん」
「…………え」
「そんなに引くか?」
そういえばフローラも顔が引きつっていた。
なぜだろう。絶対に必要だろうに。
「だってこれ、手を出したら駄目ってことじゃん!?」
「駄目だろ」
「ええっ!?」
「手を出す前提で友人になんてなれるわけないだろ」
するとケヴィンは腕を組んで唸った。
「それはまぁそうなんだけどさ……。あんな美女を目の前にしたら普通、正気保てないって」
だから遠くから見るだけで幸せって感じてる奴もいるな、と言葉を続けている。
ルドルフはそれを聞いて少し考える。彼の言い分も分からなくはない。確かに彼女は美しい。所作も綺麗で、いいところの生まれであることを感じさせる。
だが彼女は傷ついた過去がある。それが分かったのは、ケヴィンと会った時の反応。そして、去る姿が少しだけ寂しげに見えた。過去に何かないと、そういうものは漂わない。ルドルフ自身も辛い経験をしたことはある。だから嗅覚が働いたのだと思う。
「俺は、人として仲良くなりたいだけだ」
彼女がどれほどの傷を負っているかは分からないが、それでも人は、独りでは生きていけない。ルドルフ自身がそう感じており、村の人達のおかげで何度も救われてきた。
だからか、自分と似た境遇の人を、放っておけないのだと思う。
彼女は男女の色恋について毛嫌いしているような節がある。見た目も相まって相当苦労してきたのだろう。友人の提案でさえ最初は渋った。ヨセフィーナのおかげで、とりあえず頷いてくれたのだ。
「まずは信頼してもらわないとだろ」
「ルドルフ……お前、男前だな……」
「は?」
なぜかハートを撃ち抜かれたような乙女の顔をされる。
正直に気持ち悪いと言えば、なんでだよ褒めたのにっ! とどつかれた。
「フローラ殿。ヨセフィーナ殿下宛の贈り物、離宮に運んでおきました」
「ありがとうございます。アーネット様」
西の国からたくさんの贈り物が届いた。
全てヨセフィーナの婚約者が送ってくれたものだ。
「洋服に装飾品にお菓子もありますよ。西の国はやはり財があるんですね」
「そうですね……」
婚約者に贈り物をするのはよく聞く話だが、それにしては量が多い。財力や力があることを示したいのか、素直にヨセフィーナを喜ばせたいのか。
品物を見るに、彼女が喜びそうなものばかりだった。彼女に似合いそうな色合いの物が多いし、贈り物にお菓子を用意するのは意外だった。
基本的に口に入れるものは、例え婚約者の贈り物であろうと、最初は毒味役が口にする。お菓子を選ぶなんてリスクもあるだろうに。ヨセフィーナは甘いもの好きだ。かなり喜ぶだろう。
「ヨセフィーナ殿下のこと、大好きな人だといいですよね」
贈り物を見ながらアーネットが微笑む。
彼女はヨセフィーナ専属の護衛騎士の一人だ。女性の騎士が側にいた方が色々と助かるので抜擢された。長い髪をポニーテールにしているのだが、笑うことが多いのでよく揺れている。それを見る度に、人に懐く犬の姿を思い浮かべてしまう。
「本当に。……幸せにしないと許しません」
思わず声が低くなってしまったが、アーネットは「さすがフローラ殿」と手を叩いて称えてくれる。離宮で会うことも多く、普通に話せる間柄だ。彼女がフローラと違って誰とでも仲良くなれる性格のおかげもある。
「そういえばルドルフ殿と友人になったって本当ですか?」
「…………えっ」
反応が遅れてしまう。
よほど驚いた顔になったのだろう。その反応は肯定だと断定したアーネットは、年頃の女の子らしくきゃ〜! と声を上げる。
「やっぱり! 騎士団で話題になってますよ」
「……ヨセフィーナ様から頼まれただけです」
誓約書を見せられ、それがヨセフィーナの要望ならば、無視するわけにはいかない。渋々友人ということにはしておいたが、後からヨセフィーナを咎めた。彼女は「まぁまぁ」とその話題をかわした。
「友人誓約書ですっけ? ヨセフィーナ殿下、よっぽどフローラ様のことを大切に思っているんですね」
「……ははは」
乾いた笑いしか出てこない。
アーネットは王都より少し遠くの町生まれで、フローラの事件のことは知らない。ヨセフィーナの傍にいる者、離宮にいる者は皆、徹底的にフローラの事件の情報を入れないよう、ヨセフィーナが根回ししていた。この点から見てもヨセフィーナはかなり過保護だ。それはありがたいが、重刑罪の部分はさすがにやり過ぎのように思う。
ルドルフにも引いている。あのよく分からない文章をそのまま受け止めるだなんて。と思いながらも、全てはフローラのため。それは分かっている。
ただ、無性にルドルフには反抗心があるのだ。
なぜかと言われたらあれだ、ヨセフィーナのお気に入りだからだ。と、心の中で言い訳をする。
「フローラ殿とルドルフ殿が出会ったなんて、みんな驚いていました。どこで出会ったんですか?」
「離宮の庭で迷っているルドルフ様を見かけたんです。偶然ですが」
フローラは城で働く者達の間でも有名で、知らない人はほとんどいない。ヨセフィーナのお気に入りの侍女であることも関係しているかもしれない。
基本的に離宮にいるため、会える者は少ない。ルドルフもあの日以来会えなかったと言っていた。離宮に用事がある者などほとんどおらず、勝手に訪問することも禁じられているからだ。
ヨセフィーナが配慮してくれているおかげで、フローラは嫌な思いをせず城で働けている。それでも麗しの金糸雀に会いたいと望む者は多いらしい。物好きな人がいるものだ。見た目がいいからといって会っても何もならないのに。
「ルドルフ殿は、一部の騎士達からだいぶ反感を買ってますねぇ」
アーネットが思い出すかのように上を向く。
「どうしてですか?」
「出世が異様に早いこともですし、フローラ殿の隣に立つ券を手に入れたようなものですから」
討伐部隊所属たった三か月で副隊長になったルドルフが、今度は「フローラの友人」という肩書を手に入れた。男達にはだいぶ刺激になったらしい。
「躍起になってルドルフ殿に稽古を申し込んでいました。村生まれで体力があるせいか、こてんぱんにしていましたけど。最終的にルドルフ殿、煽ってましたよ。『お前達はこの誓約書さえももらえないだろう』って」
「え」
誓約書をぴらぴら見せながら真顔で言ったようだ。アーネットはふふふ、とおかしそうに笑う。
「遠回しに、フローラ殿に下心があったら近付けないってことを言ってましたね」
「……馬鹿ね」
思わず呟いてしまう。
誓約書があったって別に仲良くなれるわけでもないだろうに。ただの紙切れみたいなものだ。いくら主人の命令でも、仲良くなるかどうかは、自分が決める。
「男の人って単純で馬鹿ですよ~」
呑気な声でアーネットが言う。
「あ、そうだ。これ、フローラ殿にお伝えするか迷ったんですけど」
「?」
そっとこちらに近付いてくる。
周りに誰もいないのに、耳打ちされた。
「ルドルフ殿、めっちゃモテるんです」
「……は?」
アーネットは両手を組んで自分の顔に近付ける。
なぜかうっとりするような顔になっていた。
「見た目もかっこいいしがっちりしているし、それでいて将来有望だし? 城の侍女達なんてきゃっきゃうふふみたいなことよく言ってますよ。すでに何人かの人には告白されているようです。あ、すぐ断っているみたいなんですけどね?」
「……へぇ」
フローラは心底冷え切った声を出す。
一切興味がない。
止まっていた贈り物の整理を再開する。
たくさんあるから早めに行わなくては。
アーネットは話を続ける。
「話してていい人だなって思います。年下の騎士達のことをよく可愛いって言ってくれて。年下はみんな弟か妹のように思うんですって」
思わず手が止まる。
「……ルドルフ様は、今おいくつだったかしら」
「確か二十六だったかと」
フローラとは三つ差があった。
(そう、そうだったのね)
腑に落ちる。
彼があの時フローラを可愛いと言ったのは、他の者と同じく、年下の要素があったからだろう。そうだ。あの人は他人をすぐ家族だの友人だの思える人だ。日常茶飯事のように人に可愛いと伝えるのだろう。
その後もアーネットはルドルフの武勇伝を話してくれるが、フローラの耳には入らなかった。なぜか無性に、虚しい気持ちになった。




