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03*友人誓約書

「フローラ」

「……お久しぶりです」


 三か月ぶりに会った彼は、見事に騎士の制服を着こなしていた。髪も少し短くなり、精幹な顔つきはさらに凛々しくなっている。顔にいくつもすり傷があった。稽古に討伐に、忙しくしているのだろう。最前線にいるとヨセフィーナから聞いた。


 わざわざ離宮の中でも広い部屋に通され、向かい合って話す形になる。机の上にある紅茶を飲みたい気持ちになりながらも、フローラは身じろぎ一つしなかった。


 いつまでも堅苦しい雰囲気を出すからか、ルドルフは首をすくめる。


「悪い。フローラは、俺に会いたくなかったかもしれないのに」

「いえ……」


 まだ一回しか会っていないし、会いたいも会いたくないもない。と思いながらも、この人はヨセフィーナのお気に入りだ。そういう意味では会いたくなかったかもしれない。それでも会ったのは、最初の印象は悪くなかったからだ。


「ここで働けば、あんたにまた会えると思った。けど、全然会えなくて。俺と話した時、少しだけ小さく笑っただろ。あの顔が忘れられなかったんだ」

「!?」


 まさか、含み笑いをしていた時のことか。

 あの顔を見られていたとは思わなかった。


 フローラは思わず視線を下にする。

 目を合わせるのが気まずかった。


「……ふっ」


 見れば彼は、手で自分の口を隠していた。


「……笑いました?」

「いや、これは」

「笑いましたね?」

「悪い。笑った。けどちがう。これは、」

「私を馬鹿にしているんですかっ」

「ちがうって言ってんだろ。ただ可愛いって思っただけだ」

「か、……」


(可愛い? 私が?)


 人から散々綺麗だとは言われてきた。

 それは両親にもらった容姿のおかげだ。


 金色の髪、同じ色の瞳。長い睫毛。真顔なのに綺麗と言われるのだから、じゃあどういう顔をしていればいいのだろうと迷ったことすらある。容姿はよくても、可愛いと言われるほど女性らしい言動はしたことがない。そういえば過去の婚約者達には「面白みに欠ける」「まるで機械だ」と揶揄されたことを思い出す。


「可愛くなんてありません。私は、素直さの欠片もありませんもの」


 あの時のことを思い出し、ひねくれた言葉が出てしまう。


 もっと笑えばいいのにとかも言われたことがある。別にいい。それは。でも、笑えば笑うで、媚びているとか、誘っているだろうと勘違いしてくる人も出てくる。結局自分はどういう振る舞いをすればいいんだ。なにをしたところで、都合のいい受け取り方しかされないのに。


「――誰かに言われたのか」


 急に地を這うような低い音が響く。

 フローラは恐る恐るルドルフを見た。


 彼は、怖いくらいに真顔になっていた。


「誰だ。フローラにそんなことを言った奴は」

「…………」

「言わないなら他の奴に聞く」


 ルドルフは立ち上がった。


 本当に誰かに聞きに行くような気がした。

 慌てて止める。


「過去の婚約者達ですわ。いいんです。本当のことですから」

「それはちがう」


 彼ははっきりと口にする。


「それは男の方が見る目がない。フローラの良さが分かってない」


(な……なんなのこの方は)


 会うのは二回目なのに。

 自分の何が分かるのか。


 というかなぜ怒っているのだろう。

 怒りたいのはこっちなのに。


 ふと、昔のことを思い出す。


 事件後に会ってくれたヨセフィーナは、一通り話を聞いた後、自分のために怒ってくれた。そして抱きしめてくれた。今のルドルフは、その時のヨセフィーナの姿と重なる。


「俺の村は、若い奴らが多くてな。みんな俺にとって家族で、支えてやりたいし、味方でいたい。フローラにもそう思ったんだ」

「は……?」


 意味が分からない。

 初対面の人にそんな感情、持つわけがない。


 家族でもない。友人でもない。今日会うのが二度目。それくらいの関わりしかないのに、そんな感情を持つことなんてあるだろうか。


「これは俺の憶測だが、過去に傷ついたことがあったんだろ?」

「!」

「俺はただ、あんたの味方になりたい」

「……あなたに、何が分かるんですの」


 何も知らないくせに。

 勝手に味方面しないでほしい。


 するとルドルフは鼻で笑った。


「そうだよな。俺もそう思う」


 なんなのだ。一体。


「同情ですか」

「ちがう。何度も言うが、ただ味方になりたいだけだ」


 味方になりたいなどと言われても。

 どう反応していいのか分からない。


 もしかして彼は、相当正義感が強いのではないだろうか。村の人達のために自ら魔獣を手にかけ、部隊に入ったのも人のため。ヨセフィーナが気にいるわけだ。根っこが真っ直ぐで、迷いがない。


 ――眩しい。

 その真っ直ぐさは、眩しすぎる。


「色々言ったけど、一番は、あんたに会いたかった」

「……会いたかった?」

「さっきも言ったが、あの笑った顔が忘れられなくて」

「何度も言わなくて結構ですわっ」


 フローラは顔を背けた。


 するとルドルフは急にぱんっ、と手を叩く。フローラは思わずびくっとし、顔を戻した。相手は、まるで空気を変えるように、にやっと口角を上げる。


「いきなり味方になりたいなんて言っても、今の俺は信用がないだろ」

「ええ」

「正直だな」


 ルドルフは、自分の膝に勢いよく両手を置いた。


「フローラ。俺と友人になってくれ」

「友人?」


 思わず眉を寄せてしまう。


 恋人になってくれないか、婚約者になってくれないかと言われたことは山ほどある。が、まさか友人になってほしいと言われるとは。しかもこんなにも真っ直ぐに、曇りなき眼を向けてくる。


「そうだ。友人だ」


 ルドルフは繰り返す。


「嫌ですわ」

「断るの早くないか?」

「男女の友情なんて、私は成立すると思っておりませんもの」


 最初はいい。最初は普通に友人になれるかもしれない。だが少しでも仲が良くなると、気が緩むと、すぐに男女の関係になる。それが目に見えている。


 今までも、下心を隠して近付こうとしてきた輩はいた。

 フローラには一切通用しなかった。


 友人なんて冗談じゃない。

 他人のままの方が楽だ。


「俺の村じゃ、絶対成立するけどな。友人っていうより家族だが」

「それはそちらの話でしょう。王都ではそんなこと、ほぼ九割あり得ませんわ」


 自然豊かな場所で育った人達は、確かに心が綺麗なのかもしれない。

 ルドルフも今のところ、下心というのが見えない。ちょっと物言いがストレート過ぎるが。王都では色恋が乱れ切っている場所もある。純粋なことは言えない。


 そっぽを向いて拒否を示す。


「――フローラは、ヨセフィーナ殿下と仲が良いらしいな」


 思わず凝視してしまう。

 相手は口角を上げたままだ。


「殿下からも頼まれたと言ったら?」

「な、なにを言ってますの」

「フローラは友人がいないんだろう?」

「…………」


 黙ってしまったのは言い訳ができなかったからだ。


 過去にはいた。大事な友人が。でも今は、いない。別に、友人なんて作る必要がない。必要最低限の会話ができる人はいるし、問題ない。それに自分にはヨセフィーナがいる。


「フローラにもう一度会いたいとヨセフィーナ殿下に伝えた時、苦言された。かなり手厳しいぞと」

「…………」

「でもどうしても会いたいと伝えたら、」


 言いながら懐から何やら取り出す。

 綺麗に折りたたまれた書類のようだった。


 ルドルフはぴらっとそれを見せる。


「誓約書を作ってくれた」

「……誓約書?」

「『友人誓約書』だ」

「友人誓約書……!?」


 なんだその意味の分からない誓約書は。

 フローラは思わず目の前のそれを読んでしまう。


『一つ。フローラの友人として、月に一回はお茶会をすること』


「え……!?」


『一つ。フローラの友人として、他の者より彼女を優先すること』


「な、なんなんですのこれはっ」


 他にもいくつか書かれている。


 ふざけているのかと思わず叱りたくなるが「これ全部ヨセフィーナ殿下が書いてくれた」と言われては何も言い返せない。ちなみにルドルフは内容に一切関与していないらしい。全てはフローラのために、という思いが溢れる内容ばかり。そしてぜひ彼女の友人になってほしいと、この誓約書を渡されたらしい。


 ご丁寧に誓約書にはヨセフィーナのサインがある。さすがに国の判子はないものの、サインだけでも十分効力がある。


(ヨセフィーナ様……!)


 なぜ初対面の男を友人になんて選んだんだ。あまりにも気に入り過ぎじゃないか。と頭を抱えていると、誓約書の中で最も意味が分からないものがあった。


 フローラは思わず、指を向ける。


「あの、これは……」

「ああ。必須だろ?」

「…………」

 

『フローラに手を出した場合、重刑罪とする』


 当の本人が引くほどのことを書かないでほしい。

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