02*村生まれの赤毛の青年
フローラが去った後。
ルドルフは少しだけ違和感を覚えた。
(なんだ?)
空気が冷えたような気がした。
自分と話していた時は普通だったのに。
「お、おおおお前~!」
急にケヴィンから胸倉を掴まれ、そのまま揺らされる。フローラに気を取られて反応が遅れ、ルドルフはされるがままになった。
苛立ってケヴィンの頭を思い切り叩く。
「なんだよっ。やめろっ!」
「いってぇ……」
容赦のない叩きにケヴィンは悶えた。
だが頭は冷静になったらしい。
「お前、フローラ嬢と知り合いなの!?」
「フローラ嬢?」
「なんだ知らないのかよ~」
聞いて損したみたいな言い方をされる。「そういや王都生まれじゃなかったな」と付け足された。なんだか腹が立ったのでもう一発叩いておいた。
「彼女はこの国でも有名な侯爵令嬢だよ」
「侯爵……お嬢様か?」
「けっこう上の身分だぞ」
「お嬢様ってこんなところで働いてるのか?」
ルドルフの生まれはここよりも遠い一つの村だ。
貴族の世界は知らないが、なんとなく贅沢で優美な生活をしている印象があった。働かなくても生きていけるんじゃないだろうか。
「貴族令嬢でも城で働いてる人は何人もいるよ。彼女は少し特殊でな」
ケヴィンは少し言いづらそうな雰囲気を出す。
それを見てルドルフは察した。
彼女の様子が変わったことを。
「そうか。分かった。その話はしなくていい」
「へっ?」
「何か事情があるんだろ。だったら俺は知らなくていい」
「えっと……気にならないのか?」
気にならないと言ったら嘘になる。
だがそれより大事なことがあるだろう。
彼女はおそらく、自分が何も知らない人だから普通に接してくれた。
圧があると人に言われたことがあることを正直に話せば、彼女は少しだけ笑みを堪えていた。それが、少しだけ可愛らしく見えた。穏やかに話が終わったと思えば、ケヴィンの反応で急に冷たい態度になった。おそらく彼女は、事情を知っている者に対して、壁がある。
(なら、今のままがいい)
これから自分はここで働くことになる。
いつかまた会う日が来るかもしれない。
相手が負担に感じるような関係性にはなりたくない。
「いいから行くぞ。遅れてるんだろ」
「やっべ! そうだった。こっちこっち」
ケヴィンが小走りで案内してくれる。
言われるままに進んだ先で待っていたのは。
「――よく来たな。村の英雄」
この国の第ニ王女、ヨセフィーナ・クロティシナイン。
ルドルフはただじっと、相手の目を見つめた。
「はぁ……」
夕刻を過ぎた頃。
フローラは離宮で刺繡をしていた。
この国では刺繍したものを人に贈るとお守りになると言われている。フローラは手先が器用で刺繍を得意としていた。あまり刺繍が得意ではない侍女達の代わりにやってくれないかと、よくヨセフィーナに頼まれるのだ。黙々と集中できるので精神が安定するのだが、フローラはふと昼間のことを思い出した。
基本的に離宮から出ないので、城で働く人々に会うことはない。騎士や侍女に挨拶をすることはあるものの、挨拶以上の時間を費やすことなど久しぶりで。ケヴィンと呼ばれていた騎士の、驚きと好奇と憐れみを混ぜた視線と態度。七年経っても変わらずああいう反応をされるのかと、久しぶりに気が滅入った。
侍女達は気を遣ってくれる人が多く、フローラと会うことがあっても普通に接してくれる人が多い。だが騎士などの男性は単純思考な人が多く、フローラを見かけると思ったままの態度を出す。それがあからさま過ぎて、相手が何を考えているのか、すぐに分かってしまう。もう少し隠してくれないだろうか。
(……ヨセフィーナ様の言う通り、誰かと結婚した方がいいのかしら)
そうすれば、こんな目を向けられることはないだろうか。
いや、持ってこられた見合いを何度も受けて傷ついてきたじゃないか。フローラは首を振る。軽率に決めることじゃない。
「フローラ!」
急に後ろから誰かが抱きついてくる。
満面の笑みのヨセフィーナだった。
「ヨ、ヨセフィーナ様?」
「今朝はごめんな。急なことを言ってしまって」
「い、いえ」
「それより聞いてほしいことがあってな」
彼女は目をきらきらさせている。
(それより……)
ちょっとがっくり来てしまうが、この状態のヨセフィーナは人の言葉など耳に入らない。話を聞いてほしくてたまらないのだろう。
「いかがされましたか」
「村の英雄が来てくれたんだ」
「英雄というと……巨大な魔獣を倒したという」
「そう!」
この国では魔獣が存在し、魔獣を討伐する部隊まで存在する。人や生き物に魔力があるように、魔獣は人の負の魔力を吸って大きくなる。それが獣の形になり、人々を襲う。国中で魔獣の被害はあり、討伐部隊はいくつもあるが、人材不足は否めなかった。そこで、各地で優秀な者を探していたのだ。
「村の英雄」というのは、村の人々が付けた名だ。
小さな村で大きな魔獣が出た時に、一人の青年がその魔獣を倒したという。騎士が持つ立派な剣ではなく、手作りの剣や槍、弓で戦ったようだ。一人で戦ったことでその青年は傷を負うが、命に別状はなかった。噂を聞きつけた騎士に対し、部隊に入りたいと志願してきたという。
「今日その青年に会ったんだが、なかなかに気持ちがいい奴でな」
ヨセフィーナは騎士団や部隊の管理も任されている。
最初は第一王子であるフィナルド王子がしていたが、公務が忙しくなりヨセフィーナが行うことになったのだ。元々体を動かすのが好きで、剣を扱えるだけでなく、剣舞も上手い。魔獣駆除に関して並々ならぬ思いもあり、部隊の選抜もヨセフィーナ直々に行っている。
巨大な魔獣は生息地があまり決まっていない。普通サイズの魔獣よりも倒すのが難しく、多くの人々にとって脅威でもある。それを倒したのは大きな功績で、英雄に褒美を与えようとしたらしい。だが彼は「いらない」と突っぱねたようだ。そして。
『より確実に魔獣を殺れる方法を知りたい。俺が役に立てば、それは国のためになり、村のためになるんだろ。褒美はいらないから早く鍛えてほしい』
と言ったらしい。
「こんなにもはっきり自分の役割を理解し、ひたむきに努力する青年がいるんだと久しぶりにしびれてなぁ……!」
ヨセフィーナの顔が輝いている。
彼女自身も正義感の塊で、同志を見つけるとすぐにこんな状態になる。フローラは戦えないので、彼女にそんな顔をさせることはできない。思わず嫉妬心が芽生えるが、討伐部隊はいつだって身を削りながら戦ってくれている。
魔獣は特に森に生息しているが、数はなかなか減らないし、部隊でも心身共に疲労が溜まる一方だ。だからこそ、ここまで熱い思いを持った者はそう多くない。それがヨセフィーナの胸を打ったのだろう。
「いい青年だった。フローラもそう感じるはずだ」
「はぁ……」
会うこともないだろうになぜそんなことを言うのだろう。その青年が部隊に入るということは騎士になるということ。つまり、自分の過去の話もいずれ知られる。騎士団ではフローラの噂を知らない者はいない。余計に会いたくない。
フローラはその英雄に一切興味が持てなかった。
「なぁフローラ!」
「どうなさいましたか」
三か月後。
仕事をしていると、ヨセフィーナが抱きついてくる。つい最近、ヨセフィーナが嫁ぐ話は正式に発表された。嫁ぐのは今から半年後だ。花嫁として必要な準備はもちろんフローラが行う。まだ先ではあるが、準備をしながら寂しさを隠しきれない。なのに、当の本人はいつもと変わらない様子だ。
「例の青年が、新たな討伐部隊の副隊長になったんだ」
「はぁ……そうですか」
この三か月間、彼の話は何度も聞いた。
身体能力が異様に高く、教えたことをすぐに吸収し、武器の扱いがかなり上手いこと。騎士同時でいざこざがあった時は仲裁に入ったこと。他の騎士達からも一目置かれているらしい。
美談ばかり聞かされるのだが、なぜその話をされるのか分からなかった。
よっぽどヨセフィーナは気に入ったようだ。逆にフローラは、彼の話になる度に苛立ってしまう。
「それでな、副隊長に就任した彼に、欲しいものはあるか聞いたんだ」
副隊長になるということは、それだけ責任と覚悟が必要になる。必要なものがあるなら取り寄せようと伝えたようだが、彼はあるものを要求してきたようだ。
「それが、君だ」
「…………はい?」
「フローラともう一度話したいと」
「お断りいたします」
「早い早い。断るのが早いぞフローラ」
「私の噂を耳にし、興味が湧いたのでしょう」
村出身ということは、最初はフローラのことを知らなかったのだろう。侯爵令嬢がいると知り、興味を持ち、権力を使って会おうとするなんて。信じられない。
「ひどいですヨセフィーナ様。いつもであれば、そんな要求すぐに却下するではないですか」
いつだってフローラの気持ちを優先してくれる主人だ。今まではそんな要求があったことすら隠してくれた(それを後に知った)。それなのに、自分よりもそんな男を優先するのか。
するとヨセフィーナは慌てた。
「違うんだ。彼はフローラのあの事件のことを一切知らないんだ」
「……え?」
「面白半分で話そうとした騎士もいたらしいが、逆に怒りだしたらしい。人の触れられたくない過去を面白がって話すべきじゃないと。彼と一緒にいるケヴィンという騎士が教えてくれた。あいつほど騎士道に忠実で真っ直ぐな人はいないって」
「…………」
ヨセフィーナはにやっとする。
「それにな、まさか私より先に英雄に会っていたとは知らなかったぞ」
「は……?」
「ルドルフという名前の青年に覚えはないか?」
「ルドルフ……」
言われて思い出す。
離宮に迷い込んだ彼だ。
「そんなに印象は悪くなかったはずだ」
思わず凝視してしまう。
「なぜ、そう思われるのですか」
「今君が、嫌そうな顔になっていなかったからだよ」
微笑まれてしまう。
図星なのが少しだけ悔しかった。




