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10*呼び方

今回はいつもより少し長めです。

 会場の扉が開き、ヨセフィーナ達が先に入る。

 途端に招待された貴族達が注目した。


「ヨセフィーナ殿下の隣にいる人物は?」

「あれは西の国の婚約者では」

「招待されるとは聞いていないぞ」


 一斉にひそひそと皆が何やら話している。

 その間にフローラとルドルフが続いた。


「あの赤毛の青年は、確か最近騎士団に入ったという」

「魔獣を一人で倒した、村の英雄らしいわね」

「隣にいる女性は誰かしら? 綺麗な方だわ」


 誰もフローラであると気付いていないようだ。

 しばらく表舞台に出ていなかったし、あの事件は十六の時に起きた。成長につれ顔立ちや背格好は変わる。だがしばらく経てば気付かれるだろう。それでもフローラは、堂々としていた。今の自分は、ただルドルフと踊るためにいるのだから。


 ヨセフィーナが中央まで歩き、周りを見渡す。


「皆様、この度は貴重な時間を共に過ごしてくれることを感謝します。急遽セイフォート王国からイクセル殿下が来てくださいました」


 紹介され、イクセルは前に出た。


「フィナルド殿下からの招待で参りました。愛する婚約者の誕生パーティーに参加できたことを嬉しく思います。どうぞお見知りおき」


 右手を胸に置き、礼をする。

 皆が拍手で応えた。


 愛、という単語に、貴族の女性達が破顔する。


「愛する婚約者ですって」

「ヨセフィーナ様の婚約者はいい人そうね」

「政略結婚が普通と言われても、幸せになってほしいものだわ」


 この国の王族は基本的に全員政略結婚だ。

 それはこの国の誰もが知る。


 それを義務だ当然だと思う者もいれば、夢のある結婚をしてほしいと望む者もいる。周りの反応を見るに、イクセルの挨拶は好印象のようだ。皆を安心させるためにフィナルドは招待したのかもしれない。


 拍手はなかなか鳴り止まず、その間イクセルは何度も礼をし、ヨセフィーナの手を取った。しばらく二人は見つめ合う。もし本当に彼がヨセフィーナを愛しているならそれでいい。ただ、あまりに表情が乏しいので、本性が見えない。だからまだ、野放しでは喜べない。


「最初に、私達のダンスを披露します。そして、」


 ヨセフィーナは、分かりやすく目線をくれた。


「大切な友人も一緒に踊ってくれることを、感謝します」


 彼女はすっと、手で合図する。

 会場にいる音楽隊が、楽器を弾き始めた。


 音楽に合わせ、フローラ達もまずホールドする。

 そしてゆっくり、リズムに合わせた。


 何度も練習したからか、互いの手は馴染み、動きが滑らかだ。

 今までで一番上手く踊れていた。


 ルドルフは微笑んでいる。どうやら笑う余裕は生まれたらしい。最初はあんなに不安そうにしていたのに。フローラはつられるように小さく笑っていた。


「……いいな」

「?」


 意味が分からず首を少し傾けてしまう。


 すると彼はさらに笑みを深くした。

 それ以上は何も言ってくれなかった。


 貴族達は二組のダンスに夢中になっていた。


「どちらもダンスがお上手ですわね」

「赤毛の騎士……確か名前はルドルフ殿だったか。村生まれと聞いたが、あまり田舎らしさを感じないな」

「将来有望と聞きましたわよ。うちの娘を紹介するのもいいかもしれませんわね」

「あの女性、どこかで見たことがある気がしますわ。どこのご令嬢かしら」


 周りがあれこれ話している傍で。

 ひときわ彼女に向ける瞳があった。


「……フローラ」


 ささやきに近いそれは、他の音に紛れた。




 ダンスは一通り踊れた。

 拍手喝采と称賛の声が降ってくる。


「引き続きパーティーをお楽しみください」


 ヨセフィーナが宣言して、皆それぞれ動き出す。フィナルドはすぐ近くにいたようで、婚約者と共にヨセフィーナ達に近付いていた。フローラとルドルフは、自然と会場の端に移動する。


「なんとか踊れたな」


 ルドルフは息を吐く。


「お上手でしたよ」

「フローラのおかげだ。ありがとう」

「お役に立ったならなによりです」

「しばらくはゆっくりできるな」


 ヨセフィーナの方を見ながら言う。


 いつの間にか彼女の前には長蛇の列が並んでいた。お祝いの挨拶をするためだろう。ほとんどの貴族がそちらに向かい、こちらに近付く者はいない。だが、目は向けられる。十分注目はできただろう。


 ルドルフはパーティーに参加したのが初めてのようだ。会場に入る前は緊張した面持ちだったが、ダンスでだいぶ緩んだらしい。フローラはあえて忠告した。


「気を抜いてはいられませんよ」

「え?」

「あの列が今度は私達のところに来ます」

「え」


 全員でなくとも囲まれる可能性は十分ある。ルドルフがどんな人物なのか、見極めたいと考える貴族は多いだろう。彼は一通り列を目で追い、フローラに戻った。


「……俺、帰っていいか」

「顔を売るんでしょう?」

「もう十分売っただろ……」


 あの数を相手にするのは骨が折れるらしい。想像した時点でやつれた顔になる。発案はヨセフィーナであるし、あまり乗り気はしないのかもしれない。


「私を守ると言ったのは嘘なんですね」


 軽口を叩いてみた。

 するとぎょっとされる。


「ちがうっ。それはそれ、これはこれだ」

「冗談です」

「……え。冗談? 嘘だろ?」


 ルドルフは信じられないものを見るように眉を寄せる。それがおかしくて、フローラは顔を背けて小さく笑った。


「――珍しい。フローラが笑ってる」


 とある人物が近付いてきたことに、二人は一瞬気付かなかった。肩まで長さがある金髪の騎士が勢いよくルドルフの肩に腕を回す。並ぶと同じくらいの身長だが、顔立ちから見るにルドルフより年上だ。


「楽しそうだな。俺も混ぜてくれるか」

「隊長……!」

「フローラと仲良くなったんだな」


(仲良く……?)


 フローラは心の中で首を傾げた。

 どこを見てそう判断しているんだろう。


「隊長はどこにいたんですか?」

「後ろの方にいたさ。ずっと見てたぞ。他の騎士達が知ったら卒倒するな。手は出さないとか言いながら触ってるんだから」

「ダンスなんだから無茶言わないでくださいよ……!」


 なんとなく力関係を察する。

 蒼色の瞳がこちらを捉えた。


「フローラ。久しぶりだな」

「ええ。ジェームスもお元気そうで」

()()()()()だが、大丈夫か」

「思ったより問題ありませんわ。人の視線もそれほど気になりません」

「ヨセフィーナ殿下の人選なら過ごしやすいのかもな。顔色も悪くない」


 当たり前のように会話を始めたことで、ルドルフはそれぞれに対して首を振る。フローラは基本的に男性と話さない。男性の騎士の知り合いなどいるはずがないと思っているのだろう。実際そうだが。


「え。二人共知り合いか?」

「フローラは俺の妹だ」

「妹……!?」

「正確にはいとこですわ」

「ちなみに他の騎士には秘密にしておいてくれ。身内だとバレたら面倒なんだ。紹介しろと言われるのが目に見える」


 ジェームス・アンディアカは母の兄の子供だ。

 名字が違うので上手く誤魔化している。


 幼少期からよく互いの屋敷で過ごしており、人柄は大体知っている。兄妹と言われたら確かにそうかもしれない。ちなみに彼は今年で二十八だがまだ結婚をしていない。恋人はいると母から聞いている。魔獣討伐部隊の隊長を務めているのだが、どうやらルドルフと同じ隊のようだ。


「友人になった話を聞いた時は驚いたが、仲良くなったなら問題ない。これからもフローラを支えてくれ」

「それはもちろん」

「ただ、」


 肩に回した腕にぐっと力を入れていた。


「もしフローラに()()()()()()()()を感じたらまず俺に許可を取れよ。泣かせたら本気で殺すからな」


 笑っているが背後に圧を感じる。


 フローラは少しだけ息を吐く。

 このいとこは昔からシスコンなのだ。


「心配されなくても、ルドルフ様に限ってありませんわ」

「分からないだろう。男は狼なんだから」

「友人誓約書をそのまま受け取る方ですのよ」

「フローラ。お前のことも心配している。こいつは本当にいい奴でな。うっかり惚れる可能性がある」

「は……私が、ですか?」


 予想外のことを言われる。自分がルドルフのことを好きになる可能性は全く考えたことがない。というか、しばらく恋も結婚もいいと思っているくらいなのに。


 ジェームスは大きく頷いた。


「こいつは男女問わずかなりモテてる。特に女性は何人も泣かせてる」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」


 ルドルフが渋い顔をした。


「実際お前にフラれて泣いてる女の子見かけてるぞ。断り方がきついんじゃないか?」

「ただ好意を受け取れないと伝えているだけです。曖昧だと逆に期待させてしまう。断ることで相手も前を向けるでしょう」

「いい風に言いやがって。お前のそういうところだけいけ好かないな」

「どういう意味ですか」


 仕事柄一緒にいることが多いだろうし、ジェームスがここまで言うということは、本当に人から好かれているのだろう。噂は聞いていたし、人から好かれる要素はあると感じていだ。だが、自分がルドルフを好きになる未来は見えず、首を傾げてしまう。


 するとルドルフは、早口になった。


「心配しなくても、俺はただ、人として信頼してもらいたいだけです」

「ほーう。もしフローラに惚れたら真っ先に俺に報告しろよ。今言ったこと持ち出して笑ってやるから」

「悪趣味じゃねぇか」


 思わずルドルフはツッコミしていた。


「ジェームス。そろそろあなたと話したがっている方々の視線を感じますわ」


 遠目から話が終わるのを待っている貴族がいる。

 彼も貴族で隊長を務めているので、引く手数多のはずだ。


 ジェームスは途端に眉を寄せた。


「ああ……それから逃げたくて来たんだけどな。最近見合い話を持ってこられるんだよ」

「そろそろ身を固めた方がいいのではなくて?」

「伯母上から聞いてるんだろ、恋人はいる。あまり公にできない相手だけどな」

「いつか私にも紹介してくださる?」


 すると彼は口元を緩めた。


「ああ、彼女は君に会いたがっているから。……あまり無理はするなよ」


 フローラの頭を軽く撫でてから、ジェームスは移動する。と思ったら一度止まり、ルドルフを指差した。


「フローラに手を出したくなったらまず俺に許可を」

「もういいから早く行けよっ!」


 ルドルフの口調が荒くなった。


 嵐のようにやってきて去ったジェームスの相手をしたからか、ルドルフはどっと疲れたような顔になる。おそらくいつも振り回されているのだろう。


「毎日ジェームスと一緒に仕事をしていますの?」

「ああ」

「世話が大変でしょう」

「分かるか」

「ええ。子供の頃から知っておりますから」

「騎士として優秀で尊敬できるんだが……ちょっとな。色々思うな」

「言葉を選ばなくて大丈夫ですわよ」


 身内だから気を遣ってくれたのかもしれないが、気を遣う相手でもない。すると彼は小さく笑って「ありがとな」と返してくれる。これは相当苦労しているに違いない。


「……なぁ」

「? なにか」

「隊長のことは呼び捨てなんだな」

「ええ。兄妹のようなものですから」

「……俺も、呼び捨てでいいんだけどな。友人だし」


 友人同士は呼び捨てで呼ぶものなのか。言われて気付く。そういえばルドルフは、最初から「フローラ」と呼んできた。


「ルドルフ様は、人に敬称をつけないんですの?」


 すると変な顔をされる。


「……階級が上とか年上にはつける」

「年下には全員呼び捨てを?」

「そうだな」


 それでは「友人」は別に関係ない気がする。

 以前アーネットが、ルドルフは年下の騎士達を可愛がっているという話をしてくれた。なら自分も同じ括りではないか。思い出したら頭が冷静になる。


「今のままでいいですわ。特に問題もないですし」

「え。……いいだろ別に。呼び捨てしてくれよ」

「どうしてですの」

「どうしてって……」


 ルドルフは一度言葉を止める。

 悩んだ顔をした後、意を決してこちらを見た。


「フローラに、そう呼んでほしいから」

「……なぜ?」

「あーもう、分かったよ。一回。一回でいいから呼んでくれないか」

「なぜですの……?」


 すると彼は額に手を当てる。

 顔を背けて言いづらそうに口にする。


「隊長は呼び捨てされてて羨ましくなったんだよ……。なんか、仲良い感じがするし」


(仲が良い……?)


 様をつけるとつけないで、そんなに変わるものだろうか。互いに呼び捨てだと、仲良しになるんだろうか。


 やっぱりなぜ、という気持ちは拭えないのだが、彼を見ていると、これ以上疑問の追及はしない方がいい。それに、ここまで渇望されて、何もしないのはなんだか。一度くらいなら別に、呼んでもいい。


 と思い、口を開いて空気を吸うが。

 吐き出す瞬間、言えなかった。


 ……なんだか、恥ずかしい。


 なぜこのような感情になるのだろう。と思いながら目をルドルフに動かせば、彼はどこか期待するような目で、こちらを見ている。そんなにじっと見つめられては、余計に言えない。


「よ、呼びませんわ」

「今の呼ぶ流れだろ……!」

「そんなの決まっていませんわっ」

「強情すぎないか……!?」

「あなたに言われたくありませんっ」


 二人でつい言い合いをしていると。


「こほん」


 わざとらしい咳払いが聞こえる。


 振り返れば、扇子を持ったご婦人がいた。

 傍に使用人もいる。


 こちらを一瞥した後。


「痴話喧嘩は終わったかしら?」

「「ちが……!」」


 声が合わさったので、二人は一旦黙った。

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