11*友情と恋と
今回少し長めです。
「ウルスラ・メディティットよ。よろしく」
扇子を顔の前から外し、婦人は一歩近付く。
紫色の高貴な色のドレスを身に纏い、真っ白な髪は丁寧に結い上げている。顔にある皺さえ美しく見えた。言い合いが終わるのをずっと待ってくれただけでなく、柔らかな口調は気品を感じさせる。
名前を聞いてフローラは背筋が伸びた。
隣にいるルドルフに小声で伝える。
「国内一の資産家ですわ」
その昔、メディティット家は有名な軍人一家であり、今や資産家として名が通っている。気に入らない者の支援は一切しないほど厳しいことでも有名だ。王族とのつながりも深く、ヨセフィーナの誕生パーティーだから来たのだろう。
気に入らない者の支援は一切しないが、その分人を見る目があると聞いたことがある。先程からルドルフばかり見ているので、気に入ったのかもしれない。
「あなたがルドルフね?」
「はい」
「ジャカソルト村のイーサンは元気かしら?」
「! じいさんのこと知ってるんですか?」
ルドルフは嬉しそうに目を輝かせた。
「主人の友人よ。旅の途中、迷ったところを彼に助けてもらったことがあって」
「あの頑固じじいに友人がいたなんて」
「当時から口が悪くて主人と喧嘩ばかりだったわ。息災かしら?」
「はい。年齢からは想像つかないほどに元気で。村の連中はみんな困ってるくらいです」
「ふふふ。変わりないようね」
フローラは目をぱちくりさせる。
どうやら共通の知り合いがいたようだ。
「昔から文通をしているの。あなたのことを頼むって書いていたわ」
ルドルフは苦笑した。
「そんなこと、村を出る時は言ってなかったのに」
ウルスラは肩をすくめた。
「あの人はずっと頑固だもの。でも、愛情は本物だわ」
「はい。それは分かります」
「パーティーに参加しているということは支援者を探しているんでしょう? 大事な友人の息子なら大歓迎。うちが支援するわ」
ウルスラから握手を求める動作をする。
ルドルフは片膝をつき、手を恭しく受け取った。
「元々支援は全てお断りしようかなと考えていたんですが……じいさんのご友人であれば、喜んでお受けいたします」
この場で契約が成立する。こんなにも早く決まることは稀で、フローラだけでなく、周りで見ていた貴族達も少し驚いたような顔になった。ますますルドルフが何者なのかと、気になる様子だ。
まさかこんな著名人の知り合いが傍にいただなんて。フローラも平静を装うが内心驚いている。
「……それで、あなた」
目がフローラに向く。
相手はまた扇子を顔の前に持っていく。
そっとこちらに近寄り、耳元で呟いた。
「平気?」
短い問いだ。
それだけで素性が分かったのだろうと勘付く。周りを考慮してか、最低限のことだけ聞いたのだろう。
フローラはドレスの裾を掴み、丁寧に礼をする。
「はい。ウルスラ様にお会いできて光栄ですわ」
「男性は苦手だと思っていたわ。ルドルフは平気なの?」
言い合いを見ていたからだろうか。
確かに、男性は苦手だった。だがそれはおそらく、自分を異性として注目して見てくる人が苦手で。人として接してくれるルドルフに対して、嫌悪感はない。先程彼を友人の息子、と言っていた。彼の名誉のためにも、そして、自分のためにも、本音で伝える。
「はい。大丈夫なようです」
ウルスラは目を細めた。
「そう。あなた達は恋仲なの?」
「「ちがいますっ」」
聞こえたのかルドルフも答えていた。
「さっきから息が合うわね」
思わず互いに顔を見合わせる。
ちょっとだけ気まずい空気になった。
「まぁいいわ。あなたのことは風の噂で聞いてる。一時期よくお見合いをしていたわね。今は相手がいないのかしら」
「……ええ」
お見合いは全部上手くいかなかった。
思わず視線が下になる。
結婚の話はあまり出してほしくないような気持ちになりつつ、それを言うこともできない。この国では女性は早めに結婚するのが当たり前で、結婚が幸せの道であると考える人が多い。特に貴族は尚更だ。
「結婚相手を探したくなったらいつでも連絡してちょうだい。いい人を紹介できるわ。ルドルフも」
「え?」
「あなたの相手も探せるわよ。主人なんて喜んで探すと思うわ。イーサンに対する対抗心で」
「え。いいです。間に合ってます」
ルドルフは眉を寄せて断った。
度胸があるのかなんなのか。あまりにはっきり言うからフローラの方が恐縮してしまう。ウルスラの機嫌を損ねたらどうするんだ。と思っていたが、彼女は「あらそう」と淡白な反応だった。
「間に合ってる、ってことは集まるのね。いい機会だから聞きたいわ。あなたはどんな子が好みなの?」
ルドルフのこの手の話は聞いたことがない。先ほどジェームスから男女共にモテると言われていた。彼自身はどんな人を好むのだろう。
すると彼は渋い顔になる。
「好み……と言われましても」
出てこないのか、その後の言葉が続かない。本気で考えたことがないのだろうか。村の人達を家族と言うくらいだし、そもそも興味がないのかもしれない、と思っていると。
ウルスラは首を傾げた。
「将来結婚するつもりはないの?」
「……今は、仕事に集中したいので」
「逃げの常套句ね。うちの主人も最初はそう言っていたわ」
若干怨み言っぽく聞こえた。
「結婚は早めに考えた方がいいわよ。イーサンを安心させてあげて」
ルドルフは微妙な反応だ。
彼にしては少し珍しいかもしれない。
何も言い返さず黙っているのは。
「その様子だと、大切な人はまだ見つかっていないのね」
「?」
彼女は扇を口元から離し、にやっと笑う。
「大切な人ができると、人は驚くほど変わるのよ」
「はぁ……」
「お疲れ様です」
ぐったりしているルドルフに、フローラはドリンクを渡してあげる。彼はそれをすぐに飲み干した。今二人がいるのは庭だ。会場の中にい続けるより、外の空気を吸った方が気持ち的に楽だ。テラス席も用意されており、他の貴族達ものんびりしていた。
ウルスラと話した後、いつの間にか目の前に列ができていた。ヨセフィーナへの挨拶が終わった貴族達が一斉にやってきたのだ。フローラの予想通りで、二人はその対応に追われた。フローラに気付いた人が何人もいたが、気を遣ってくれたのか、ほとんどルドルフに向けて話していた。
ヨセフィーナの人選が良かったのだろう、今のところ嫌な思いは一度もしていない。場に慣れ、緊張もいつの間にか消えた。代わりに全員と話したルドルフが疲れ切っていた。体を動かす方がやはり性に合うらしい。
「フローラは大丈夫か?」
「先程から何度聞くんですか。平気です」
「それならいいが。先に帰ってもいいんだぞ?」
「ヨセフィーナ様の大切な日ですよ。私が一番に帰るとお思いですか?」
「それもそうだな。悪い。失言だった」
軽く謝られる。
心配してくれただけなのは分かっている。
フローラはあまり気にしなかった。
「ルドルフ様も大丈夫ですか」
「ああ。終わってしまえばどうってことはない。……なぁ」
「? なんですか」
「フローラは、結婚したいとか思うか?」
ウルスラから言われたことを考えていたのだろう。
隠すことでもないので、一応答える。
「……まぁ、いつかは」
今すぐには思わない。結婚したくないわけでもない。タイミングの問題だと思う。両親を安心させたい思いもある。貴族令嬢に生まれたからには、結婚はどこか義務でもある。
「ルドルフ様は?」
「……正直よく分からない」
「普段モテていらっしゃる方が言うセリフとは思えないですね」
「え。……今、からかってるか?」
「よく分かりましたね」
「あのなぁ……。なんとなく分かってきたぞ」
ルドルフは大きく息を吐く。
「みんな家族のような環境で育ってきたからか、どうにも恋とかそういうのがよく分からないんだ」
「人の好意は分かるのに?」
「そういうのは分かりやすいんだよ。大体フローラも浴びてるだろ」
「?」
「今もフローラを見てる男が何人もいる」
言われて辺りを見渡すと、何人かの男性と目が合った。慌てて向こうが逸らす。近寄ってこないのは、ルドルフが近くにいるからだろうか。
「ああ。本当ですね」
「怖くないのか」
言われて怖くないことに気付く。
おそらく前ならその視線すら嫌悪感があったのに。
傍にルドルフがいてくれるからか、怖いよりも安心の方が勝っていた。一人でいたらまた違ったかもしれない。だがそれを口にするのはなんだかためらった。
誤魔化すように言う。
「近寄ってこない男性は害がありませんわ。本当に怖いのは、自分の言動が全て正しいと思い込み、押し付けてくる男性です」
「真理だな」
同意してくれた。
「フローラの人気は凄まじいぞ。紹介してくれっていまだに他の騎士から言われるし」
連日戦いを挑まれるようだ。最初は訓練になると思っていたようだが、最近は少々面倒になってきたらしい。へこたれないところは称賛したいものの、いちいち相手にしていると仕事にならないようだ。
「あら……。丁重に断ってください」
「やってるよ。やってるけど減らないんだよ」
「私の友人ならそれくらい、障害でもなんでもないでしょう」
人のせいにしないでほしい、という気持ちを込めて返してしまう。するとなぜかルドルフの目が輝き出した。顔をくしゃくしゃにして笑う。
「友人って認めてくれたな」
「…………」
確かに、前なら友人なんて冗談じゃない、と思っていた。
だがいつの間にか、軽口さえも叩けるくらいになった。それをルドルフは嫌な顔をせずに受け入れてくれるし、友人だと言えば喜んでくれる。案外、友人という響きは悪くないかもしれない。それに彼を友人と呼べて、嫌な気もしない。知らず知らずのうちに、彼を受け入れている自分がいる。
「ヨセフィーナ様から、頼まれましたから」
自分でも素直じゃないが、やっぱり自分から認めたとは言いたくないようで。だがルドルフは「そうか」と笑ったままだった。
「じゃあこの流れで呼び捨てを」
「呼びませんよ」
「なんでだよっ」
即座に拒否するとツッコミされる。
この話は終わっていなかったのかと呆れた。
と。
「きゃああっ!」
急に悲鳴が聞こえた。
フローラとルドルフは反射でそちらに向かって走り出す。声がする方に近寄っていけば。一人の女性の前に、黒い大きな獣が唸っていた。
「あれは……魔獣!?」
「どうして。城の中は守られているはずなのに」
「魔獣がいるなんて聞いてないぞ」
周りの招待客がざわざわと話し始める。
中には逃げ出す者もいた。
「なんでここに魔獣が……」
ルドルフは歯ぎしりしている。
フローラも緊張の面持ちでいた。
魔獣は基本的に人が大勢いる場所には出現しないはずだ。それに王都には聖女による「守護の祈り」がかけられており、魔獣は近付けないはず。それなのにこの場にいるだなんて、誰が予想できただろうか。
魔獣は一匹だが人より大きく、女性に向かってずっと唸っている。目線はずっと彼女を捉えていた。女性は恐ろしさからか腰が抜けて動けず、涙目になっていた。
それを見てフローラは、過去の光景を思い出す。
『――助けて』
そう叫んだ友人の姿と重なる。
いつの間にか足が動いていた。
「おいっ!」とルドルフの制止させようとする声が、フローラには聞こえなかった。彼女の前に出て、両手を広げる。
「やめて!」
自分でも驚くほどに大声が出た。
すると一瞬、魔獣の動きが止まる。
と思ったが、フローラが動いたことで刺激になったか、魔獣がこちらに向かって走り出した。フローラは咄嗟に目をつぶると、勢いよく体が投げ出されるような衝撃を受ける。
恐る恐る目を開ければ。
ルドルフが女性とフローラを庇うように抱きしめていた。
そして魔獣は。
「間一髪だな」
ジェームスの剣によって一撃で倒されていた。
二人の連携で、その場は収まったようだ。
ほっとしていると、勢いよく両肩を掴まれる。
目の前には険しい形相のルドルフがいた。
「なに危ないことしてんだよ」
掴まれた肩に力が入り、地味に痛い。
「怪我したいのか!?」
今までで一番怒らせた。
それが分かり、怯んでしまう。
「……ごめんなさい」
すると相手ははっとする。
「いや……止められなかった俺も悪い。怪我は?」
「ありませんわ。……ありがとうございます」
「怪我がないなら、いい」
少しだけぎこちない雰囲気になる。
「あ、あの、助けて下さりありがとうございます……!」
女性が、二人に向かって頭を下げてくる。二人は彼女が近くにいることをすっかり忘れていた。互いに頭を下げる形になる。
「あなたも、怪我はありませんか」
「はい。大丈夫です。身を挺して守ってくださって……本当にありがとうございます……!」
ジェームスが近付いてきた。
「フローラ。大丈夫か」
「ええ。大丈夫ですわ」
「あまり無茶をするな。あれの二の舞は御免だぞ」
苦渋の顔を向けられる。
フローラは小さく頷いた。
ジェームスはそれ以上何も言わなかった。彼は女性に声をかける。
「そちらのご令嬢も……って、マリーじゃないか」
「ジェームス様……!」
どうやら知り合いだったようだ。
ジェームスが紹介してくれる。
「聖女見習いのマリーだ。勉強中の身だが『聖歌隊』に所属することが決まってる」
この国では聖女が何人も存在し、その多くは「聖歌隊」に所属する。この国での「聖歌隊」は、祈りや歌で人々の心を清め、魔獣に対抗する部隊のことを指す。祈りと歌には守護と魔獣を鎮める力があるようで、聖女のみならずその分野に長けたものが所属している。
彼女は平民の出のようで、素朴で可愛らしい容姿を持っていた。桃色の長い髪に大きな瞳。言動から見るに、素直そうだ。先程からフローラ達に何度も礼を伝えてくれている。
「お恥ずかしい限りです。聖女見習いの身なのに魔獣に襲われるだなんて……」
「まだ見習いだし力の制御もできてないだろ。むしろ聖女見習いだから狙われた可能性もある。聖なる力というのは引き寄せるというしな」
ジェームスはルドルフに向き直った。
「今後彼女と仕事をする可能性はある。挨拶はしておけ」
「ルドルフと申します。ジェームス隊長と同じ隊の副隊長を務めています」
「マリーです。これからよろしくお願いいたします」
「ルドルフ。魔獣の件で報告等行う。一緒に来い」
「はい」
ルドルフの目がフローラに向く。
「またな」
「……ええ」
二人は足早に行ってしまった。それを見送ってからマリーに目を戻すと、彼女はぼーっと彼らの後ろ姿を眺めている。
(……?)
不思議に思い見つめていると、彼女がこちらの視線に気付いたようだ。慌てた反応をした後、恐る恐る聞いてくる。
「あ、あの。ルドルフ様とお知り合いですか?」
「え、ええ。……友人です」
自ら友人と名乗ったのは、その方が自然だと思ったからだ。ただの知り合いでもよかったが、それはそれで、関係性を伝えるのが難しく思った。
すると相手の目に光が宿った。
「あの。初対面でこのようなことを言うのは大変恐縮なのですが……」
「? はい」
「ルドルフ様って、恋人いますか?」
「…………え?」
マリーは手を合わせて口の前に持っていく。まるで顔を隠すように。
「私、ルドルフ様のことが好きになってしまったようで」
「え」
「一目惚れみたいです」
言いながら声が小さくなる。
いつの間にか頬の血色が良くなっている。
フローラは人生で初めて、人が恋する瞬間を見た。




