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12*協力

今回長めです。

「フローラ! 大丈夫!?」

「ヨセフィーナ様」


 騒動に気付いたのか、走ってきたヨセフィーナがフローラを見つけて抱きしめる。ヨセフィーナの傍にはイクセルも護衛もいたため、大事なかったようだ。


「はい。大丈夫です。怪我人も出ていません」

「よかった……! 君の身に何かあったかと思うと」


 震える手で抱きしめてくれる。

 ()()()()()()もあって心配してくれたのだろう。


 ジェームスから小言をもらってしまった。

 ルドルフには叱られてしまった。


 自分の行動で人を巻き込んでしまい反省するが、思いのほか恐怖はなかった。助けたいと、過去に感じた気持ちのままに動いてしまった気がする。だがこれをヨセフィーナに話すと怒られるだろう。だから黙っておこうと思えば。


「ヨセフィーナ殿下……! この方が私を助けて下さったんです!」


(あ)


 マリーが純粋に報告してしまう。

 途端にヨセフィーナの顔がすっと表情を無くす。


「……フローラ? どういうこと?」


(あああ……)


 結局主人からもお小言をもらう羽目になった。







「ヨセフィーナ様の誕生パーティーで魔獣が出たそうですわね」


 久しぶりに侍女であるエナ、レベッカ、そして騎士のミカエラと集まった。最近はお茶会ではなく、お昼を一緒に過ごすようになっている。情報交換できるという意味でも、一緒に交流できるという意味でも、フローラにとっていい時間だ。今はランチ後の紅茶を楽しんでいた。


 魔獣騒動の話はすぐに城中に広まったらしい。あの日、誕生パーティーは早々に閉会した。招待客を安全に帰し、イクセルも、念のためすぐに帰国した。


 ちなみにパーティーにはフローラの両親も参加していたのだが、見つからなかった。おそらく向こうが気を利かせてそっとしてくれたように思う。だが、フローラがマリーを庇ったのは目撃したらしく、母は気を失ってしまったと後でヨセフィーナから教えられた。詫びの手紙を送らなければならない。


 会場で怪我人がいなかったことは不幸中の幸いだが、こんなことは今までなかった。討伐部隊が見張りや警戒を強めてくれており、今のところ被害は出ていない。だが、不安がないわけではない。


「調査したところ『守護の守り』の一部に亀裂があったそうです。そこから魔獣が入ったのではないか、という話になりました」


 ミカエラが教えてくれる。


 今は毎日亀裂がないか、確認しているようだ。なぜ亀裂が入ったのかの原因は分からないらしい。そもそも「守護の祈り」に亀裂が入るなんてこと聞いたことがない。


 祈りはその名の通り「想い」が力になったものだ。


 一人より複数の祈りの方が強力で「聖歌隊」が毎日祈りや歌を捧げて王都を守ってくれている。「想い」が「守り」の形になり、聖なる力というのは何よりも守ってくれる力になる。聖歌隊に所属している者は確かな力と精神を持った精鋭部隊のはず。亀裂が入るだなんて、信じたくないだろう。


「大丈夫ですわ。皆さんが守ってくださっているもの」

「そうですわね」


 エナとレベッカが明るい声で言う。


 彼女らも城で働いているから不安はあるだろうに。

 あえて前向きに捉えているのだろう。その声になんだか救われた。


 ミカエラがこっそり耳打ちしてくれる。


「そういえばルドルフ殿が反省していましたよ」

「反省?」

「詳しいことは聞いていませんが、フローラ殿に対して言い方がきつくなったと」


 怒られた時のことか。


「……ルドルフ様は、悪くありませんわ」


 冷静に考えて、素人があの場で動くべきではなかった。逆に危ない行動を取ってしまった。ルドルフが怒るのは最もだ。


 あの日以来、ルドルフは仕事が忙しいのか、しばらく会っていない。ダンスの練習で少しは気心知れるようになった気がしたが、また会わない日々が続いている。しかも若干気まずさがある。


「ルドルフ様といえば、最近一人の女性に追いかけられていますわね」

「確か聖女見習いのマリー様!」


 彼女の名前が出てきて、どきっとする。

 ミカエラもああ、と声を出した。


「毎日稽古場に来ていますね。差し入れをしに」

「やっぱり! ルドルフ様のこと好きなのかしら?」

「聖女見習いということは、聖歌隊に入りますわよね。共闘される日も近いかもしれませんわ」


 周りが盛り上がるが、フローラは黙って紅茶を口に運んでいた。実はそのマリーから頼まれたことがあったのだ。


『あ、あの。ルドルフ様のご友人ということは、ルドルフ様のこと、よくご存じですよね?』

『え……ええ』


 本当はあまりよく知らないが、知らないといったら友人じゃない気がして誤魔化した。すると彼女は、大きな瞳をさらに大きくして近付いてきた。


『ルドルフ様の好きな女性のタイプとか、知りませんか……!?』


 好みが特にない、恋とかよく分からないと言い切ったことをついさっき知った身だが、それをすぐに伝えるのも彼女には酷なことのように感じた。そのため、聞いたことがない、と答える。すると少しだけ残念そうな顔をされるが、彼女はすぐに聖女のごとく微笑んだ。


『でも、人として仲良くしてもらえるよう、努力してみます』


 健気なのだな、と思った。好きな人のために努力したいと思えるところが、純粋に眩しく、すごいことだと思えた。そんなこと、一度も思ったことがないから。


 だがこの後の言葉に、フローラは苦しめられることになる。


『ルドルフ様のご友人なら、私のこと、応援してもらえますか?』

『……ええと』

『あ、何かしてほしいわけじゃないんです。ただその……見守ってもらえたら嬉しいなって……』

『…………ええ。それくらいなら』

『やったぁ! ありがとうございます!』


 彼女は心底嬉しそうな表情をする。


 味方を手に入れたと思ったのだろうか。

 フローラはこの時、愛想笑いしかできなかった。




「はぁ……」


 今思い出しても苦しい。


 ルドルフの気持ちを考えるとそれはできないと言いたかったが、純粋に向き合おうとする彼女を傷つけるのも違う気がして。今まで対人関係を築いてこなかったせいで、対処方法が浮かばなかった。とりあえず見守ることに対して返事をしてよかったんだろうか。


「フローラ様? 大丈夫ですの?」


 エナが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 慌てて「大丈夫です」と返事をした。


「でもルドルフ殿は少し困っている様子でしたね」


 ミカエラが控えめに言う。


「あら。そうなんですの?」

「あんなに可愛らしい方なのに? 礼儀作法もしっかりしていますし」


 エナとレベッカは不思議そうな顔をする。


 城の中で会うことはあるようで、いつも笑顔で挨拶してくれるようだ。二人にとってはいい印象があるらしい。愛嬌と礼儀はあるとフローラも思った。


「それは問題ないんですが……最近毎日来てはルドルフ殿の隣にいます。彼女はまだ見習いの身で、仕事が一緒にできるわけではありません。休憩中だけとはいえ、毎回来られるのは少し……気を遣いますね。今後仕事仲間になる方ですし、聖歌隊の方々とは協力が不可欠ですから、邪見にはできません。それに、告白されているわけでもないので、ルドルフ殿は動きにくそうに見えます」


 ミカエラを含め、周りで見ている騎士達からすると、距離が近過ぎると思うようだ。フォローを入れる人もいるようだが、本人はさほど気にしていないらしい。それに、ルドルフに対してあまりいい感情を持たない者からは、お似合いだと揶揄されるとか。


「なんだか……大変ですわね」

「せめてもう少し会う頻度を減らして頂けたら我々もありがたいんですけどね……」


 ミカエラもフォローに回る側らしい。

 ちょっとした気疲れが見える。


「ルドルフ様に恋人ができたらいいのかしら」

「確かに。そうすれば告白もなくなりますわね。最近ますます声をかけられている気がしますわ。告白現場に偶然遭遇してしまって」

「私も見てしまいましたわ。潔く断る姿もぐっときてファンになるとか」

「誠実なところも好かれるんでしょうね」


 どれだけ声をかけられているのかと想像してフローラはぞっとしてしまう。自分が同じ立場なら絶対に逃げたくなる。だが、彼が人に好かれるのは分かる気がした。誕生パーティーで多くの客人から声を掛けられた時も、全部笑顔で話を丁寧に聞いていた。そういう姿勢は好ましく映るだろう。


 ミカエラが苦笑する。 


「マリー殿のおかげで、告白の数は減っていたりしますよ」

「でも頻度的には減っていないかもしれませんわね……」


 毎日マリ―が来るなら、それだけ相手をしないといけない。

 大変さでいえば、確かに減っていない気もする。


(……ルドルフ様、振り回されてばかりね)


 その発端は自分にもある気がしてなんだか良心が痛くなる。


 友人になってくれたおかげで色んな騎士から目の敵にされているし、紹介しろの声が減らないと、この前嘆いていた。彼自身も目立つのだろうが、今は仕事に集中したいだろうし、大きすぎる恋心に疲れていないだろうか。彼には守ってもらっている自覚があるため、フローラは何かできないだろうかと考えた。







「ルドルフ。まーた聖女マリー来てるぞ」


 執務室でペンを動かしていたルドルフはそのまま「断ってくれ。あとまだ見習いだろ」と声だけ出す。するとケヴィンが眉を寄せる。


「無理だって。あの子、何言っても引いてくれないんだもん」

「毎日来るおかげで仕事が進まねぇんだよ」


 ルドルフは若干苛立った声を出す。


(なんなんだこの前から……)


 誕生パーティーで助けたのは事実だが、それだけで好意を寄せられるようなことをした覚えがない。大体あの時彼女を助けたのはフローラだ。フローラに惚れる方が納得できるのに。


 最初は差し入れ。

 次に騎士団に挨拶。


 仕事の話をしたいと言われ、騎士と聖歌隊達との連携の話もした。今後仕事をするかもしれないから丁重に扱うように隊長に言われ、その通りにしたら毎日来てしまう流れになる。なぜ。こんなはずじゃなかった。すぐに帰ってくれると思っていたのに。


「ルドルフさーん!」

「げ。誰か中に通したな?」


 ケヴィンが焦った声を出す。


 受付で通された者だけが、複数ある執務室に入ることができる。他の騎士が対応してくれているはずだが、どうやらマリーが突破したらしい。この部屋にもいつ入ってくるか。


 ルドルフは思わず舌打ちした。

 ペンを放り出して立ち上がる。


「悪いが後は頼む」

「あいよー。こればっかりはさすがに同情するね」


 ルドルフはすぐに走り出した。

 扉が急に開く。


「あ、ルドルフさん! 今日はブラウニーを」

「失礼」


 部屋に入ってきたマリーの横を通り過ぎた。


「えっ」


 彼女が振り返る頃にはルドルフは走り去ってしまう。

 ケヴィンが苦笑して伝える。


「あいつ忙しいみたいでさ、今日はもう」

「ルドルフさんっ! 待ってー!」

「えっ」


 マリーも走り出してしまう。

 しかも差し入れを置いて。


「……クセが強い子に好かれたなぁ。あいつ」


 ケヴィンは彼女が持ってきた菓子箱を開ける。

 いい香りが漂ってきたが、渋い顔になる。


 これは聖歌隊所属から聞いた話なのだが。


 彼女の作るお菓子は重い想いが詰まっており、口にすると途端に不調になるようだ。それをルドルフは知ってか知らずか、一度も口にしていなかった。







「カモミールの紅茶に……お菓子も何か作ろうかしら」


 フローラは仕事が一段落したこともあり、ルドルフのことを考えていた。最近疲れているだろうし、何か差し入れできないだろうかと思っていたのだ。


 最初にお菓子を渡したのがなんだか懐かしい。あの時はものすごく緊張していたのに、今ではなんでもないことのように思える。やはり人は慣れるのかもしれない。いや。


「これは罪悪感から来ているかもしれないわ……」


 誕生パーティーでの振る舞いや愚痴を聞いて、彼のことを少しは理解した。彼は彼で、苦労が多い。そして自分のせいで、苦労している。今更ながらに申し訳ない気持ちになる。


 少し前の自分だったら、友人を望んだルドルフの自業自得だと言ってやったかもしれない。だがそれも全部、フローラのためで。彼が背負わなくていいものを、背負わせてしまっている。彼の負担が減るように、何かできないだろうか。それこそ。


「結婚相手を、そろそろ探そうかしら」


 そうすればルドルフはフローラの相手をしなくて済む。


 結婚したいなんて今すぐは思わないが、見合いをまた再開するのはいいかもしれない。ウルスラがいい人を紹介できると言っていたし。彼女の知り合いなら、変な人はいなさそうだ。


 前ほど結婚や人に対して恐怖や嫌悪感を感じないのは、周りの人達のおかげだ。前より随分精神が落ち着いたように思う。だから誕生パーティーでも、無謀のような行動が取れてしまったのかもしれない。


「ヨセフィーナ様も結婚を望んでくれているし……」


 自分が結婚してしまえば、丸く収まる気がする。

 全てが。


 と思うが、考え込んでしまう。

 本当に。自分は、幸せになれるんだろうか。


「――フローラ様」


 はっとして見れば、離宮の見張りの者がすぐ近くに来ていた。


「ルドルフ様がお見えです。助けてほしいと」

「……え?」




 慌てて離宮の入り口まで行くと、ルドルフがいた。

 若干険しい顔なので少し怯んでしまう。


「フローラ。悪い。匿ってくれ」

「は!? ここは離宮ですよ。匿えと言われても、ここはヨセフィーナ様の宮で」

「許可は前からもらってる。フローラに会いに来るならいいって」


 なぜその許可をもらっているんだ。


 と、そういえば最初のお茶会の時もすんなり来たことを思い出す。さすがに日常的に来るのは常識じゃないと思い控えていたらしい。だが、今回は緊急事態だと駆け込んできたようだ。


「何があったんですか?」

「マリー殿から逃げてるんだ」

「……なるほど」

「同情した顔されると心にくるな。……ずっと逃げ回ってるんだがどこに行っても追ってくるんだよ。タフなのはさすが聖女見習いだな。諦めが悪い」


 褒めているのか貶しているのか。


「はっきり断ったらいいのでは?」

「何度もそれらしいこと言ってるが聞いてくれない。いっそ告白してくれた方がはっきり無理だと言えるんだけどな」

「彼女の好意もすぐに分かったんですね」


 思わず感嘆の声を出してしまう。するとルドルフは眉を寄せ「そこ感心されてもあんまり嬉しくないな……」とぼやいた。


「さすがに彼女もここまでは来ないでしょう」

「いや。ある意味ああいう相手は常識が通用しない。だから、」

「お二人共。マリー様が近付いてきています」


 見張りの声で二人はぎょっとする。

 慌ててルドルフは中に入った。


 離宮の中に部外者は入れない決まりだが、マリーのような人物は止めると逆に炎上するタイプかもしれない。と思い、見張り達に伝達し、今は手出ししないように伝えた。今のところ、庭に入ってきているようだ。躊躇しない辺り、中も入って来る可能性が高いだろう。


 二人は早足で歩く。


「どうするんですか。隠れることはできますが、ずっとここにはいられないでしょう」


 相手は苛立った声で「ああその通りだよ」と言う。


「仕事にならないし、今も山のように溜まってる」

「どうしたら諦めてくれるんでしょうか……」


 するとルドルフは溜息をつく。


「やっぱり恋人つくるしかないか」

「えっ!?」


 まさかルドルフがそう言うと思わず、声が大きくなる。

 彼は真剣な表情で何か考えている。


「フローラ。ちょっと協力してくれないか?」

「……協力、というのは」

「無理強いはしない。それに俺の右ポケットには、常に友人誓約書が入ってる」


 とんとん、と自分の胸を叩いて見せた。

 それは安心させるためだというのは分かるが。


「……友人ですから、協力しますわ」


 罪悪感を抱えていたところだ。

 これで少しでも軽くなるなら本望だった。


「ありがとう。じゃあ早速、髪を解いてもらっていいか?」

「……は?」

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