13*素質と兆し
今回も長めです。
やっと恋愛描写っぽいところが出てきます。
「ルドルフ様~……?」
マリーは離宮の庭を通り抜ける。
人が誰もいないのをいいことに進み続けると、離宮の入り口にたどり着いた。ドアに鍵がかかっておらず、そのまま中に入る。誰もいないのか、中はしんと静まり返っていた。ルドルフがこちら方面に来たのは見たはずで、とりあえず歩く。
中は広く、部屋もたくさんあるようだ。彼がどこにいるのか、すぐには分からない。だが長い廊下を抜けた先に、少しだけドアが開いた部屋があった。
マリーはそっと覗く。
するとそこに、ルドルフがいた。
――女性と一緒に。
ルドルフは奥側にいて、女性を見つめている。女性は後ろ姿なので、誰なのかは分からない。金髪の髪に白いワンピース姿。ルドルフはマリーに気付いていないのか、女性を優しい眼差しで見つめている。しばらくしてそっと肩に触れ、彼女に顔を近付けた。二人の顔が重なる。
マリーは「えっ……」と声を出す。
そそくさとその場を離れた。
「……行ったな」
「……そうみたいですわね」
マリーが完全にいなくなってから、ルドルフとフローラは溜息をついた。
とりあえず意中の相手がいると思わせた方がいいということで、ルドルフの指示で、フローラは結っている髪を下ろし、制服も着替えた。無難な色の方がいいということで白のワンピースを着用し、打ち合わせ通りに動いた。動いたというより、その場に立っていただけだが。
ルドルフは距離を取って頭を下げる。
「嫌な役回りをさせて悪かった」
「いえ……。ただ立っていただけですし」
ちなみにフローラはずっと目を閉じていた。
肩に手を置くこと、距離が近くなることは事前に聞いていた。ダンスを一緒に踊った仲だ。それはあまり気にならなかった。ずっと目が合い続ける方が気まずいだろうと、目を閉じてた方がいいかもしれない、とルドルフが提案したのだ。彼に下心がないことはすでに知っている。確かに目が合い続ける方が耐えられないと思い、フローラは目を閉じていた。案外早く終わった。
「言葉より行動で見せた方がああいうタイプには効くだろ」
「でもいいんですか。逆に噂が流れる気がしますが」
実はルドルフに恋人がいた、なんて噂が明日には広がるかもしれない。だが彼は呑気に「その方が楽かもなぁ」なんて呟いている。
「でも『恋人がいるならフローラに近付くな』くらい言われるかもしれないな」
「男女の友人ってそういうの面倒ですわね……」
だからあまり異性の友人は作りたくない。
ルドルフに恋人ができた方が彼にとっていいかもしれない、というのはちらっと思っていた。エナとレベッカもそんなことを話していたし、フローラもその時は名案のように思った。だが彼は今、誰かと付き合う気すらないだろう。仮に嘘の恋人を作るとしても、後々相手役の方がルドルフを好きになりそうな気がする。それはそれで酷な話だ。
「いっそ私達が恋人になったら楽なのかしら」
ぼんやりしたまま口にしてしまう。
言った後で、フローラははっとしてしまう。
自分は何を口走ってしまったのか。
ゆっくり相手に目を動かすと。
ルドルフもちょっと固まっていた。
「冗談ですわよっ!? 本気にしないでくださいませっ」
「……あ、いや、うん。それは別に分かってるが……なんだか、感慨深いな」
「えっ?」
「それだけ気を許してくれたんだろ?」
彼はははっ、と笑っている。
少しだけ嬉しそうに。
何も言えなくて、フローラはルドルフに向かってグーパンチしてしまう。腹いせだ。「いてっ」と言われるが、お構いなしにフローラは拳を突き出していた。
「フローラー?」
ひょこっと開いたドアから顔が出てきた。
いつの間にかヨセフィーナが離宮に帰ってきていたらしい。
二人はぎょっとする。
「あれ。二人共何してるの? しかもフローラは制服じゃない……。え……密室で……?」
「ちがっ。ちがいますっ!」
「誤解ですっ! 俺が協力を頼んでっ!」
「なーんちゃって。見張りの人から事情は聞いてるよ~」
笑って両手を見せてくれる。
彼女の悪戯に、二人はがくっと力が抜けた。
「熱烈なファンがいたようだねぇ」
「まさかこんなに追いかけまわされると思いませんでしたよ」
「ルドルフ、恋人作った方がいいんじゃない?」
あっさりと思っていたことを伝えている。
ルドルフは即座に首を振った。
「俺は今誰とも付き合う気はないです。気持ちがないのに付き合うのは相手に迷惑でしょう」
「君の誠実なところは素敵だと思うけど、ちょっとだけお堅いかなぁ。打算的な関係も時にはいいと思うけどね。ねぇフローラ」
なぜこっちに話を振るんだろうか。
「彼の性格上、それは後々苦しくなると思います」
「お。さすが友人は代弁者だね」
「そこまででもありませんが……」
「ふーん」
ヨセフィーナはなぜかにやにやしていた。
なぜ。一体何を考えているんだ。
「実はフローラにお客さんが来ているんだ」
「私に、ですか?」
「うん。聖職者の一人だよ」
「え……?」
「お会いできて嬉しく思います。私はシャント・エーグルと申します」
長い新緑色の髪に眼鏡をかけた青年が、丁寧に挨拶してくれる。聖職者という名の通り、白いローブを着ていた。フローラの傍にはヨセフィーナがいる。ちなみにルドルフは仕事に戻るため帰った。
聖職者はこの国で神職に当たり、聖歌隊の管理も行っている。祈りの力でこの国の支えており、騎士団とも関わりが深い。シャントは聖職者の中でも責任ある立場のようだ。なぜ侍女である自分が聖職者と話すのだろうと思っていると、相手が事の発端を話し始める。
「ヨセフィーナ殿下の誕生パーティーで魔獣が出て、フローラさんが聖女見習いのマリーを庇ったそうですね。実はあのパーティーに聖職者も何人か招待されておりまして。あなたの言葉で魔獣の動きが一瞬止まったと聞いたんです」
「は、はい」
確かに一瞬止まったが、それでも一瞬だ。
大きな声に驚いただけだと思ったのだが。
「あなたの声には『聖力』があるんじゃないかと思ったんです」
「聖力」とはその名の通り「聖なる力」で、主に聖女や聖職者が持つ力だ。この力が、祈りや歌に力を宿し、人々や魔獣を癒し守る力に結び付く。それを聞いてフローラは目を丸くする。
「そんな力が自分にあるなんて、信じられません」
「聖力」があるかどうかは幼少期に兆しが表れる。
例えば、聞こえないものが聞こえたり、見えたり。「聖力」は特に治癒能力が高く、人々の心や実際の傷を治す力を持っていたりする。フローラにそんな兆しはなかった。
「『聖力』が現れるタイミングは様々です。大人になってから持つ人もいます。パーティーに参加した聖職者はあなたの声から黄金の光が見えたと言っていました。『聖力』が目に見える人でして。可能性は十分あると思います。それに、フローラさんは歌がお上手ですよね。金糸雀と呼ばれていた時期もあったと」
「……今は歌っておりません」
「ええ。ですがその歌声は国一番の美しさであると聞いたことがあります。あなたの声や歌には、それだけの力があると私は思うのです。もしフローラさんがよければ、検査させていただけませんか」
(……私に、聖女の素質があるってこと?)
聖なる力を持つ男性を聖職者、女性を聖女とこの国では呼ぶ。もし「聖力」があれば、フローラは聖女になれるというわけだ。だが急にそんなことを言われても、すぐに受け入れられなかった。
聖女になれば聖歌隊への所属も義務付けられるだろうし、自分にそんな大層なことが務まると思えない。それに、今はヨセフィーナの侍女でいたい。彼女を見送ってからでないと、動けない。
するとシャントは気遣ってか、続けた。
「今すぐでなくて構いません。それに、『聖力』があると分かっても、すぐに聖歌隊に所属する必要はありませんし」
「……ですが」
「もちろん、『聖力』があるなら助けてほしいのが本音です。魔獣に苦しめられている人は大勢いますし、聖歌隊も、人手不足は否めません。それに……。今は確証を得ませんが、『聖力』は魔獣から受けた傷も癒すことができるのでは、と考えています」
フローラは息を呑んだ。
思わず自分の胸に手を置いてしまう。
「魔獣から受けた傷は通常の傷より傷が深く、痛みが長引き、跡として残ります。それに苦しんでいる者も……います。それを癒せるだけの力があれば、と、何度思ったことか」
「シャントの妹さんも、魔獣から受けた傷があるみたいなんだ」
ヨセフィーナが補足する。
彼の目的がはっきりした。
「妹だけの問題ではないと思っています。他にも苦しんでいる人はいますし……一人でも多くの『聖力』が集まれば、大きな癒しの力になるかもしれない。そう、信じたいんです」
現状、魔獣から受けた傷を『聖力』で治すことは叶わないようだ。
どれだけ祈りや歌を捧げても、傷は塞がらず、赤黒い跡がが残ったまま。体だけでなく目に見える位置に傷がある者は見るにも痛々しく、それに苦しめられている者もいるという。
(傷が治れば、どれだけの人が救われるかしら)
諦めていたことに希望が持てるかもしれない。
皆に笑顔が戻るかもしれない。
過去の自分が、報われるかもしれない。
「……少し、考えさせていただけませんか」
色んな事を考えてしまう。
だからこそ、即決するわけにはいかない。
シャントはすんなりと頷いた。
「もちろんです。ゆっくり考えてみてください。良い返事をもらえることを祈っています」
「フローラ、大丈夫? 眉間に皺が寄っているよ」
シャントが帰ってからも、フローラはずっと考えていた。検査を受けるかどうか。もし素質があれば聖女になるかどうか。ヨセフィーナが嫁ぐまでの間のことなど。今は侍女としての仕事がある。だが早めに検査を受けた方が、前に進むだろうか。悩みは尽きない。
「あくまで可能性として私はシャントに繋いだだけだから、フローラがどうしたいかで決めていいよ」
「……ですが。もし素質があるなら、多くの人の役に立てるかもしれません」
なら、自分の気持ちがどうとか考えるべきではないのでは。迷いがある自分は、自分勝手な人間なのでは、と考えてしまう。
「自分のためではなく、みんなのために、を考えられるのはフローラの良いところだね。でもまずは、自分の心が一番大切だよ」
「……ですが」
「フローラは昔から、我儘を言うのが下手だねぇ」
「……そう、ですか?」
自覚がないので、首を傾げてしまう。
すると笑われてしまう。
「そうだよ。侯爵令嬢としていつも完璧を貫いていたし、それだけ努力もしてた。完璧過ぎてちょっと近寄りがたいイメージを持たれていたけど」
「…………」
確かに、幼少期の頃からあまり人が近寄っていない気がする。どちらかというと遠くからひそひそ何やら噂されていた。それでも堂々としていたので、さらに人が近寄ってこなかった気がする。
「もう少し、甘えてもいいと思うけどな」
「……甘える、とは、どうやって」
「ルドルフの方が詳しいかもしれないね」
「なぜそこでルドルフ様が出てくるんですかっ」
ヨセフィーナからにやにやされたことを思い出し、思わず声が張ってしまう。だが彼女は「だって素直だから」とあっさり言う。
「彼は子供のように喜怒哀楽がはっきりしてる。素直だからこそ人に甘えるのも上手く見えるね。年上からは可愛がられていたりするし。見習ってみたら?」
「…………」
「あらら。フグのように頬を膨らませて」
「どうせ私は、ルドルフ様のように素直ではないです」
「怒っちゃった?」
と言いながら、くすくす笑っている。
絶対に遊んでいる。
「……彼の人当たりの良さは、羨ましく思います。私にはない良さですから」
「おお。褒めるようになったね」
確かに前は認めなかった。悔しいから。
でも今は。
「一緒にいると、嫌でも良さが分かりますから」
いつだって気遣いを忘れない。
それでいて、真っ直ぐ人に向き合う。
と当時に、自分の良くない部分も見えてしまう。
「私は二人が恋人になったら、いい関係を築けると思ったけどね」
「…………え?」
「相性がいい気がするよ。互いに高め合えそうだし」
「……何をおっしゃって」
「あ。これは私の独り言だからね。気にしなくていいから。ちなみにルドルフにも言ってみたんだけど」
「なっ!」
いつの間に。そういえば、一旦離宮から離れる時があった気がする。
「『俺にはもったいない』って笑ってたよ」
「……え、それだけですか?」
「? うん」
「…………もったいないのは、私の方です」
自分の性格に自覚はある。
そんな風に言ってもらえる側じゃない。
恋人、という単語で思い出してしまう。
(……なんであんなこと、口走ったのかしら)
恋人に、なんて。今思い出しても穴があったら入りたい。他意はない。それに彼のことだから、きっとすぐに忘れてくれる。いっそ忘れてくれ。
フローラは盛大に溜息をついた。
「聖女マリー、あっさり引いたな~」
「見習いな」
執務室には平和が戻った。
ケヴィンが伸びをしている。
ルドルフはせっせと報告書をまとめていた。
「で? 彼女が言ってた『愛しの女性』って誰の事かな? ルドルフくん?」
「…………」
マリーは周りにあの出来事を話したようだ。
甘い顔をして口付けた場面はまるで絵画に描かれるほど美しかったなどと、なぜか誇張された表現で。甘い顔とはなんだろう。そしてなぜそれを人に広めてしまうんだ。今ではルドルフの恋人は誰だ推理が始まっている。
ちなみに口付けはもちろんフリだ。本当にはしていない。そうした方が手っ取り早いと思ってしただけだ。
ちなみにフリをすると、フローラには言わなかった。いや言えないだろう。そんなことを伝えたら逆に引かれるに決まっている。
肩に触れる、近付く、だけは伝えたが、ダンスをしたこともあるせいか「それくらいでそんなに必死にならなくても」みたいな顔をされた。一応配慮のために伝えたのに。フリのため、目は閉じてほしいと遠回しに伝えたら相手は了承してくれた。バレているのではと思った。だが全て終わってから、フローラには気付かれてないことが分かった。
(……綺麗だったな)
目を閉じたフローラは、正直美しかった。
シチュエーション的になんだか結婚式のようだなとも思いつつ、彼女は目を閉じてもなお人を惹きつける雰囲気を持っていることが分かった。近付いても警戒がなく、それはありがたいような、なんだか悪いことをしているような、板挟みの気持ちがあった。
実はあの時、緊張した。
絶対に触れないように。
信頼が無くならないように。
周りが彼女を美しい美しいと連呼したくなる気持ちは分かる。一緒にいる期間が長くなったおかげで、彼女が美しいのはむしろ当たり前だった。だが、改めて見ても美しかった。自分が触れてはいけない高貴さを感じた。
それよりも驚いたのはその後だ。
彼女は恋人の提案をしてきた。
あれはふと出ただけで、本心ではないだろう。そんなことは分かっている。それに、あの言葉よりも、彼女と打ち解けたのだという事実が嬉しかった。
(……フローラって猫みたいだよな。最初は警戒心が強かったのに、慣れたら普通になってきて)
前よりも距離が近くなってきた気がする。
すぐに仲良くなるのは難しいと思っていた。彼女に近付き過ぎないよう気を付けつつ、でも最初より近付く距離に、浮足立っている自分がいる。比較的人と仲良くなるスピードが早いので、フローラのような人は珍しいのだ。いつもよりなぜか、じんわり嬉しさが広がる。
「愛おしそうに彼女のこと見てたって聞いたぞ。誰なんだよ」
「さぁな」
なんでもないようにはぐらかす。
するとケヴィンが不満そうな声を出す。
愛おしい、という言葉を聞いて、なんだか納得した。確かに彼女と関わると、愛おしさが溢れる気がする。ふと笑顔を見せてくれたり、冗談を口にしてみたり、図星だったのか拳を何度もぶつけてきた時も、可愛いと思った。
彼女は頑なに敬称を外さない。それが少し悔しく思うが、もし彼がルドルフと呼んでくれたら、自分はどういう気持ちになるだろう。喜ぶだろうか。もっと愛おしく思うだろうか。
『フローラが恋人になるって選択肢はないの?』
休憩中にふらっと現れたヨセフィーナの問いに。
『俺にはもったいないですよ』
とだけ答えた。
それは本心だった。
今はただ。
(もっと仲良くなれたら嬉しいかもな)
ルドルフは知らず知らずのうちに笑っていた。それがどれだけ優しい表情になっているか、彼は気付いていなかった。




