6/29
1話の⑥
どれだけ走ったのか。定かではないが歩道橋にのぼる。Aも歩道橋にあがり、腕をつかまれる。細いくせに足が速かった。
「言いたいことがあるのに」
Aの心の声が聞こえてきた。貴明は一瞬躊躇ったが、抵抗して腕を放そうとする。
「放せよ!」
「嫌だ」
Aも頑固で腕を放してくれない。殴ろうかと思ったが、通行人の不審そうな心の声が聞こえてくる。
「何かしら。ケンカ?」
犬を連れたご婦人だった。貴明はしかめっ面をすると、再度抵抗を試みる。
「放せってば」
「嫌だって言っているだろう? 言いたいことがあるんだよ」
「何だよ、早く言えよ」
「ここじゃダメだ。場所を移そう」
それで貴明は肩から力を抜いた。Aも穏やかな声で言う。
「俺ん家に行こう。そこなら、ゆっくり話せる」
「…分かった」
周囲の視線と興味本位な野次馬の心の声が聞こえてきて、さすがに抵抗を止める。
「お前の家に行く」
「ついてこい」
Aが手を引っ張ってきたので、そのまま貴明はついていくことにした。




