1話の⑦
Aの家は平屋建ての一軒家だった。父母は早くに他界しているので、一人暮らしのようだった。
「あがれ」
スリッパを出されて、貴明は大人しく従う。Aが自分をバカにしていないのは心の声が教えてくれる。こういう時にありがたい力だった。むしろ、何か気になることがあるような心の声だった。
何だろう、こいつ。そう聞こえた気がした。
スリッパを履いたまま、廊下を歩き、Aの部屋へ向かう。今どき珍しく和室で8畳くらいだろうか。綺麗好きで、物は少ない。
「座れ」
そう言われたが、貴明は立ったまま聞き返す。
「…本当なのか?」
「何が」
「その…、後ろに妻が…」
それ以上は言えず、黙る。自分を利用するか、脅してくるのだろうか。心配していると、Aが急に貴明の頭を指差す。
「それ、何なんだよ」
「それって…?」
「階段だ、階段」
貴明はびっくりして、悲鳴をあげそうになった。Aになぜ見えるのか。霊感が本当にあるのかもしれないと信じざるをえない一言だった。
「何が見えるって?」
「だから、階段だ、階段。13階段あるだろう?」
的確に言われて、貴明は黙り込む。Aは嘘を吐いていない。むしろ、本当のことを言っていると心が教えてくれる。
「…何だよ、話って」
怖くなって話を変えると、Aはちょっと待てと言ってきた。
「コーヒーでも…」
「いい、要らない。それよりも言いたいことは何なんだ?」
「ああ、それなら」
Aがあぐらをかいて、畳の上に座った。貴明も仕方がなく、机を挟んで座る。内心はドキドキしていたが、顔色を変えずにAの言葉を待つ。
「さっき言っただろう。俺、末期の癌なんだよ」
「聞いた。ショックだった」
素直に言うと、Aも強ばりを解く。
「ありがとう。心配してくれて」
「それで?」
下手なことを言わないように短く返すと、Aはまるで他人事のように言う。
「もう長くはないから、挨拶に行ったんだ」
「…そういうことか」
貴明も納得し、いくらか体の力を解いた。Aもようやく、本題を言えたと思ったのか緊張を解き、再び貴明の頭を指差す。
「その階段、何なんだ?」
「……」
貴明は一瞬黙り込む。言おうかどうしようか迷っていた。しかしAの心の声はしっかり聞こえてくる。
「階段、上ったら何かあるのか?」
Aは妻殺しよりも階段に興味があるようだった。貴明は何度も唇を舐める。Aが気をきかせて、若干にこやかに言う。
「安心しろ。誰にも言わないから」
「……」
また黙り込むと、Aがたたみかけてくる。
「もう少しの命だ。約束する」
「そうか…」
貴明は力を抜くことにした。階段がなぜAに見えるのかは分からないが、初めて気づいてくれたからかもしれない。
乾いた口でゆっくりと言う。
「…分からない。その、急にできたんだ」
妻殺しは飛ばして、若い男のことを話しだす。ずっと誰かに言いたかった。信じて欲しかったのかもしれない。
Aは時々頷きながら、話を聞いていた。それにすっかり安心をして、階段を指差す。
「どうすれば良いと思う?」
「そうだな…」
Aは腕を組むと、いきなり立ち上がった。
「俺が見てくる」
階段を指差し、目線はその先にある扉に向かう。どこと繋がっているのかは分からなかったが、頑丈そうな扉だった。
「お前、本気かよ」
問いかけると、Aが言い返してくる。
「本気だ。行ってくる」
頭よりも体が先に動くのか、Aは貴明の頭にある階段に足を向けた。重くなると思ったが、そんなことはなかった。
「行ってくる」
「…ああ」
神頼みよりもA頼みだった。Aが少しずつ、階段を上っていく。扉まで後少し。貴明は息を殺して、見守ることしか出来なかった。
「開けるぞ」
13階段上ったAが話しかけてきたので、貴明も頷き返す。
Aが扉を開いた。すると、眩い光が放たれて、貴明は目を細める。
「うわ〜〜〜!!」
あまりの光の強さに、貴明は耐えられなくなった。Aの存在も忘れて、その場に倒れこんだ。




