1話の⑤
部屋に入るなり、いきなりAが単刀直入に聞いてきた。
「お前、奥さんは?」
貴明は体が冷えた気がした。腕をさすりながら答える。
「実は、入院していて」
もちろん、真っ赤な嘘だった。思ったとおり、Aは切り返してくる。
「違うだろう」
そう言うと、風呂場の方に目を向けた。貴明はゴクリと唾を飲み込む。
「何言ってるんだ? 本当のことだぞ」
と返すと、Aの心の声が聞こえてくる。
「こいつ、まさか奥さんを殺したんじゃ…」
やばい。頭の警戒心が強くなった。早く帰らせた方がいいかもしれない。
「話は今度にしてくれ。俺も具合が悪いんだ」
風呂場を気にしつつ言うと、Aがたたみかけてくる。
「殺したんだろう、奥さんを」
「は…」
何でバレたんだ。一瞬、頭の中が真っ白になった。慌てて言い返す。
「そんなわけあるか!! 失礼だぞ」
しかしAも折れずに風呂場へ目を向ける。
「遺体は溶かしたのか?」
「何言ってるんだよ、さっきから!!」
無気になって言うと、貴明は精神科の薬をゴミ箱に捨てる。
「…お前」
Aが何か言いかけたが止める。ビール缶や焼酎のペットボトルが散乱した部屋を見つめて、真顔になる。貴明はゴミを両手で回収する。
「早く帰ってくれ。変な妄想はやめろ」
早口で言うと、Aの心の声が聞こえてくる。
「やっぱり、奥さんを殺している。目的は何だ?」
詮索される前に貴明は手を振って追い払おうとする。
「もういいだろう。別のやつに話を聞いてもらえ」
「それじゃあ、ダメだ。お前がいい」
Aが強い口調で返してきた。貴明も怒りながら返す。
「だから何で俺なんだよ!!」
「親友だろ? 俺たち」
Aが自分と貴明を指差し、答えてくる。確かに繕わなくていいのは、彼だけだった。貴明も地を出し答える。
「そうだけど、今は関係ないだろう?」
「いや、ある」
Aがはっきりと返してきたので、貴明は少し吃驚して言う。
「何の関係があるんだよ」
「俺な…、実は」
Aが言いかけて止める。代わりに心の声が聞こえてくる。
「癌なんだ。それも末期の」
「へ!?」
貴明が変な声を発すると、Aが決意したように言う。
「俺な、肺癌なんだ。もう長くはないかもしれない」
「……」
何と答えていいのか分からなかった。Aが居なくなる、そのことは大きくショックだった。妻には感じなかった思いやりが言葉をつむぐ。
「大丈夫…じゃなさそうだな」
「当たり前だ」
Aが怒ったように言い、いきなり襟首を掴んで殴りかかってきた。貴明は油断から尻もちをついて、抗議をする。
「おい! 何をするんだよ!!」
「それはこっちの台詞だ。奥さんに何をした!」
「またそれか。だから、入院…」
「違うだろう。本人、後ろに居るぞ」
Aに言われて、ドキリとしながら後ろを見るが、何もない。ここは穏便に済まそうと優しく言い返す。
「本人なら病院だ。俺一人だから、部屋が散らかってるんだよ」
「違う」
速攻で否定して貴明の後ろを指差す。
「俺、霊感があるんだ」
「は!?」
初耳なことに驚き、目を丸くする。そんな話は聞いたことがなかった。
「お前の後ろに、奥さんの霊がついている」
「!?」
また後ろを振り返るが、誰も居ない。貴明は誤魔化そうと口を動かす。
「まさか。そんなわけあるか」
「あるんだよ。俺には見える」
Aは自信満々に言い、続けて言う。
「お前、奥さんを首絞めて殺しただろう。生命保険目当てに」
「!!」
貴明は思わず、かたまった。何で分かるんだ、畜生。本当にAは霊感があるらしいと悟り、貴明は怖くなった。
「そんなバカなこと…」
といった後、急にこの場に居ることが嫌になり、玄関へ飛び出す。Aが「おい」と言ったのも聞かず、走り出す。不思議と冷静な自分が居て、靴を引っかけると外へ駆け出す。Aが後ろをついて来ているのは分かったが止まらずに、走り続ける。
「畜生」
Aが嘘をついていないことは分った。心の声がそう告げていた。
「何なんだ、この力!!」
唇を噛みしめると、とにかく必死で走った。




