話したいことがおおすぎる
休暇が終わり、わたしはスクイブと一緒にイェーニット学園へ戻ってきた。
三週間もあった休暇だが、わたしが外出許可をもらえたのは最初の一週間だけだった。
残りの二週間は学園の寮で過ごしたため、休暇と呼んでいいのかは微妙なところだ。
レーシェンファースの館では急に婚約者を連れてこられるわ、スクイブの家ではジークという厄介な人物に出会ったわ、考えなければならないことが増えた。
……休暇くらい、何も考えずに過ごしたかった。
そんなことを考えながら食堂へ行くと、すでに三人の先客がいた。
「エス! 久しぶりね」
真っ先に駆け寄ってきたのはビー・ウァルティーニ。
「久しぶり、ビー」
「もう、休暇中は何してたの? 手紙もなかなか来ないし、わたくし、ずっと気になってたのよ!」
「ビー、近い」
顔をのぞき込んでくるビーを押し戻す。
「だって、話したいことがたくさんあるのよ!」
「わたしにも話すことはあるよ、座らせてくれたら話すから」
「あら、ごめんなさい」
ビーは慌てて一歩下がった。
わたしが席に着くと、向かいに座っていたエイが待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「おい、エス! お前、休暇中に何か面白いことがあったのか?」
「急にどうしたの」
「べつに! ただ聞いてやろうと思っただけだ」
「聞いてやろう?」
「なんだよ、その言い方!」
自分から聞いてきたくせに。言葉尻を指摘されるのは嫌らしい。
「エイは相変わらずね」
ビーが呆れたようにつぶやいた。
「お前に言われたくない!」
「わたくしは普通に話しているだけですわ!」
「どこがだよ!」
「二人とも、食堂で騒ぐな」
シックが淡々と注意する。
その一言で二人は口を閉じた。
……シックの言うことは聞くんだ。
「それで、エス。休暇はどうだった?」
シックが改めて尋ねる。
「スクイブと一緒に過ごしてたよ」
「ずっと?」
ビーが心配そうに眉を下げる。
「ううん。外出許可が出たのは一週間だけだったから」
「ええ? どうして三週間も休みがあるのに、一週間しか外出できないの?」
ビーが目を丸くする。どうやら普通外出許可などなくても外出できるらしい。
「わたしに聞かれても困るよ」
「スクイブ先生に抗議しましょう!」
「やめて、余計に面倒なことになりそう」
頑固なスクイブに抗議したところで許可が増えるとは思えない。実の父であるが、それを理由に甘くなることはない。それどころか少し厳しい気もする。
「でも、一週間はスクイブ先生の家にいたんだろう? 何をしていたんだ?」
シックの質問に、わたしは考えた。
スクイブと話したり、家で過ごしたり、それから……。
ジーク・ウァニュが突然訪ねてきた。
あの人がスクイブに持ち掛けた話は、今でも気になっている。
「まあ、いろいろ」
「いろいろってなによ!」
ビーがすぐに食いついた。
……ここで政治の話をしたら面倒なことになりそうだ。
「そういえば、わたし、婚約者に会ったよ」
話題を変えるために口にした言葉だったが、三人の反応は予想以上だった。
「婚約者!?」
ビーが椅子から身を乗り出す。
「ちょっと待て、エス。婚約者って、あの婚約者か?」
エイまで目を丸くしている。
「ほかにどんな婚約者がいるのよ」
「いや、そうだけど!」
エイはなぜか慌てていた。
シックは一瞬だけ目を見開いたあと、静かに口を開いた。
「いつの間に決まったんだ?」
「実は結構前には決まってたんだ。その婚約者が休暇中に突然あいさつに来た」
「突然!?」
ビーの声が食堂中に響き渡る。
「そう。レーシェンファースの館に行ったら、婚約者を紹介された」
「まあ……」
ビーは信じられないという顔で首を振った。
「わたくしだったら、服装からお茶の用意まで、何日も前から準備するわ」
「そこお?」
「大事なことでしょう?」
……お嬢様の感覚はよくわからない。
「それで、どんな奴だったんだ?」
エイが興味津々に尋ねる。
「どんな人って言われても……たしか年上でアダーステルト国の貴族の次男で名前はキューイ、とかだったっけ」
「レナード・キューイ、イェーニット学園中等部三年。今、十五歳だ」
シックが腕を組みながら言う。
「婚約の話はスクイブ先生も知っているのか?」
「うん。知ってると思う」
「そうか」
シックはそれ以上、深く聞こうとはしなかった。
けれど、エイは違った。
「で、結婚するのか?」
「知らないよ」
「知らないって、本人だろ?」
「わたしが決めた話じゃないからね」
わたしがそう答えると、三人はそろって黙った。
わたしは気まずい空気を払拭しようと、話題を変えた。
「……三人は休暇どうだった?」
寮の就寝時間が迫ってきたころ、自室のドアがノックされた。
「エス。ビーよ、話があるの」
ドアを開けると、シルクのパジャマ姿のビーが立っていた。わたしはソファに案内する。
「どうしたの? こんな遅くに」
わたしはビーの顔をのぞき込む。彼女は少し暗い顔をしていた。
「実は……ある噂を聞いたのよ」
「うわさ?」
ビーはわたしの手を握る。
「あなたの婚約者、レナード・キューイは……相当の遊び人って」
遊び人、きっと女遊びのほうだろう。
正直、何も思わない。政略結婚だし。
「そっか、心配してくれたんだね。ありがと、ビー。でもわたしは気にしないよ」
わたしはビーの手を握り返す。
「それに、まだほんとに結婚するかも分かんないし!」
ビーの強張っていた表情が柔らかくなる。
「そうね、エスにはもっといい人がいるわよ」
わたしはその言葉に少し考える。
……いい人。
たぶん、その人とは一生結ばれない。
自然とベッド横の写真立てに目が行く。
「良い写真ね、あれ」
私の目線を辿ったのか、ビーも写真立てを見ていた。
「うん、良い写真」
そこに写っているのは、ザック・ウァニュと、小さい頃のわたし。
ザックはわたしを抱き上げ、少し困ったような顔で笑っている。対して、わたしは満面の笑みを浮かべていた。
写真の中のザックは、今よりも少し若く見える。わたしを支える腕も、こちらを見つめる目も、記憶の中にあるものと変わらない。
……今、どこで何をしているのだろう。
考えかけて、わたしは写真から目を離した。
「エス?」
ビーが心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「どうしたの? 急に黙って」
「ううん。なんでもない」
「そう、よかったわ」
ビーは立ち上がる。
「遅い時間にごめんなさいね。おやすみ、エス」
「ぜんぜん。おやすみ、ビー」
わたしはビーを見送り、ベッドに腰を下ろしてから、写真立てを手に取る。
……そろそろ、忘れなきゃ。
そう思いながらも、わたしは写真から目を離せなかった。
やがて写真を引き出しにしまい、そっと閉じた。
ザック、わたしはまだあなたを忘れられそうにないです。
次回 魔力は十分 調節能力は不十分




