話せばわかる?
翌朝。
わたしは廊下を歩きながら、ある部屋の前で足を止めた。
ジーク・ウァニュの部屋だ。
昨夜、スクイブに政治的な話を持ち掛けていた怪しい男。ザックがいない今、何かを企んでいるらしい。
……気になる。
もちろん、勝手に部屋を覗くのはよくない。
でも、何か手がかりが見つかるかもしれない。これは調査だ。決して好奇心ではない。
わたしはそっと扉に手をかけた。
鍵はかかっていなかった。
不用心だな、この人。
音を立てないように部屋へ入り、机の上を覗き込む。そこには数冊の本と、何枚かの書類が置かれていた。
……さっぱり分からない。
知らない名前と数字が並んでいるだけだ。これを読んで何か分かるほど、わたしは政治に詳しくない。
「何をしているんだい?」
「ひゃっ!?」
思わず変な声が出た。
振り返ると、扉の前にジークが立っていた。
笑顔だ。いつもの、何を考えているのか分からない笑顔。
「おはよう、エスくん。朝から私の部屋に何か用かな?」
「……おはようございます」
「うん。挨拶は大切だね。それで?」
逃げ道がない。
「……散歩です」
「ほう」
「散歩をしていたら、たまたま扉が開いていたので」
「なるほど。では、なぜ机を覗いていたんだい?」
ぐっ。
正論である。
「……すみません」
「まあ、いいさ。次からはノックをしてくれればいい」
意外にも、ジークはあっさり許した。
怒られると思っていたのに。
……それはそれで不気味だ。
「ところで、エスくん。シックとは仲良くしているのかい?」
「え? ええ、まあ」
「そうか。それならよかった」
ジークは満足そうに頷いた。
「シックは昔から少し不器用なところがあってね。自分の気持ちを素直に伝えるのが苦手なんだ」
「……たしかに」
「ほう?」
「困っていても、自分で何とかしようとしますし」
シックは冷静で、頭もいい。けれど、ときどき一人で抱え込んでいるように見えることがある。わたしの思い込みかもしれないが。
「昔からそうだったよ。寂しくても平気な顔をするし、何か聞いても『別に』としか言わない」
「今も言いそうですね」
「ははっ、だろう?」
……あれ?
普通に話が弾んでいる。
わたしはジークを警戒していたはずなのに、いつの間にかシックの話を楽しんでいた。
「小さい頃は木登りも好きでね。一度、登ったはいいものの降りられなくなったことがあったんだ」
「シックがですか?」
「ああ。登ることしか考えていなかったらしい」
「それは計画性がないですね」
「まったくだ」
二人して笑ってしまった。
……まずい。
このままでは、怪しい男の部屋を調べに来たことを忘れてしまう。
「でも、シックは優しいですよ」
わたしがそう言うと、ジークは少しだけ目を細めた。
「そうか。君から見てもそうなんだね」
「困ったときには助けてくれますし、頼りになります」
「それを聞けて嬉しいよ。父親としてはね」
その表情は、ほんの少しだけ柔らかかった。
……この人も、シックの父親なんだな。
当たり前のことなのに、妙に納得してしまった。
「君がシックのことをよく見てくれているようで安心した」
「そうですか?」
「ああ。あいつは自分から頼るのが苦手だからね」
ジークは穏やかに笑った。
昨夜の政治の話をしていたときとは、まるで別人のようだった。
もちろん、それだけで信用するつもりはない。
人は一面だけでは分からないものだ。
……特に、この男は。
「さて、そろそろ朝食にしようか」
「そうですね」
「それと、次からはノックを忘れずに」
「……はい」
部屋を出ようとした、そのとき。
ジークが机の上の書類を一枚、ほかの書類の下に滑り込ませた。
ほんの一瞬のことだった。
わたしは足を止める。
「……今、何か隠しました?」
「さて、何のことかな?」
ジークはいつもの笑顔を浮かべた。
……絶対何かある。
けれど、書類の内容までは見えなかった。
これ以上と詰めても、まともに答えてくれるとは思えない。
わたしは諦めて部屋を出た。
シックの話をしているときは、普通の父親に見えたのに。
やっぱり、あの男は信用できない。
次回 話したいことがおおすぎる




