叔父という名の不安要素
夕食の席に着いたわたしは、目の前の男を観察していた。
ジーク・ウァニュ。
ザックの実兄であり、シックの父親。そして、さきほどスクイブと怪しい話をしていた人物でもある。
……厄介事の匂いしかしない。
「このサラダ、美味しいな。おい、エス。なんという野菜なんだ?」
「ケールですね」
ジークは頷き、静かに微笑みながらサラダを口に運んだ。
普通すぎる。
先ほどまでスクイブに政治的な話を持ち掛けていたとは思えないほど、自然な振る舞いだった。
もっとも、あの外面の良さは初対面のときに確認済みだ。
「ところで、エスくん」
「はい?」
「スクイブとはうまくやっているのかい?」
ジークは向かいに座るスクイブを一瞥してから、わたしに視線を戻した。
「まあ、今のところは」
「それはよかった。スクイブは昔から少々頑固なところがあってね」
「ジーク、余計なことを言うな」
スクイブが不機嫌そうに口を挟んだ。
「おや、事実だろう?」
スクイブは反論せず、黙って食事を続けた。
……否定しないんだ。
「でも、スクイブは優しいですよ」
私がそう答えると、ジークは一瞬だけ目を細めた。
「へえ。君はあいつのことをよく見ているんだね」
「学校でも守ってくれますから」
「なるほど」
ジークは意味ありげに微笑み、再び食事を始める。
なんだ、今の間は。
スクイブのことを知りたかったのか、それとも、わたしがスクイブのことをどう思っているのか知りたかったのか。
どちらにしてもわざわざ夕食の席で聞くようなことだろうか。
わたしは向かいのジークを盗み見る。
相変わらず、何を考えているのか分からない男だ。
その後、夕食は大した会話もないまま終わった。
わたしは疲れからバスルームへ直行する。
「はあ、疲れた」
鍵をかけ、髪留めを外し、ブラシで髪を梳かす。
やっと落ち着ける、と思ったのも束の間、ノックの音が響く。
「少し話がしたい、開けてくれないか」
ジークの声だ。
鍵をかけているので居留守は無理だ。
というか普通九歳の女の子が入ってるバスルームに来るか? ヤバイやつだろ。
「あとでじゃだめですか」
「今だ」
めんどいな。
わたしは渋々、扉を開ける。
「君は魔界の政治についてどう思う?」
入って来てすぐこの質問か。
「急ですね」
「そうか?」
「今する話題ではないと思います」
「それは失礼」
ジークは悪びれもせずに笑った。
この男、絶対にわざとだ。
「わたしはまだ学生なので、政治についてはよくわかりません」
「分からない、か」
ジークはわたしが付けていた髪留めを手に取る。
「だが、分からないからといって、関係がないわけでもない」
ジークの指先が、髪留めの表面をなぞる。
「……どういう意味ですか?」
「この魔界で暮らす以上、政治の影響を受けずに生きることは難しいということだ」
その言葉だけは、妙に実感がこもっていた。
「君も、いずれ知ることになるだろうね」
「それはわたしに知ってほしいことがあるという意味ですか?」
「さて、どうだろう」
ジークは微笑んだ。
……腹立つな、この人。
「しかし……」
そこでジークは口を閉じる。
「なんですか?」
わたしが問い返した、そのとき、足音が聞こえてきた。
「何してるんだ、二人」
スクイブだ。
わたしたちの声が聞こえて来たのか、ジークを探し回っていたのか。どちらにせよ、わたしにとっては救いだった。
「ジーク、エスを巻き込むな」
スクイブはジークの手からわたしの髪留めを奪い返し、机の上に戻した。
「巻き込むつもりはないよ。ただ、少し話をしていただけだ」
「お前の言うことは信用できない」
「ひどいな、昔からの付き合いだろう?」
「だから言っているんだ」
……なるほど。
この二人、思っていたより付き合いが長いらしい。
しかもスクイブはジークの性格をよく知っているようだ。
「それにしても、ザックがいないと不便だね」
ジークは何気ない口調で言った。
わたしは思わず顔を上げる。
「ザックの居場所をご存じなんですか?」
「いや?」
ジークはあっさりと首を横に振った。
「行方が分からないのは、私も同じだよ」
その表情からは、何も読み取れなかった。
「ただ、あいつがいれば話も早かっただろうと思っただけだ」
「何の話ですか?」
「政治だよ」
ジークは微笑んだ。
「君にはまだ難しいかな」
……絶対にわざとだ。
わたしを子ども扱いしているのか、それとも本当になにも話すつもりがないのか。どちらにしても、腹立たしいことに変わりはない。
「そうですね。わたしには難しいので、詳しい方々だけで話し合ってください」
「これは一本取られたね」
ジークは楽しそうに笑った。
スクイブは呆れたようにため息をつく。
二人はそのまま出て行った。
結局、あれだけ話したのに得られた情報はほとんどなかった。
分かったのは、ジークが魔界の政治について何か企んでいること。
そして、スクイブを自分の側につけようとしているらしいこと。
それだけだった。……いや、それでも十分厄介なのだが。
わたしはジークに触られた髪留めを見る。
……あの男、絶対に何か企んでいる。
わたしは髪留めをそのままバスルームのゴミ箱に入れる。
ああ、せっかくの休暇なのに。
どうしてわたしの周りには、面倒な大人しかいないのだろう。
次回 話せばわかる?




