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 運びは足元を覗き込み、ひゅう、と口笛を鳴らす。その音はすぐに周囲に染み込んで消えた。

 大きく丸く落ち窪んだ地面。青く透明な水が湛えられた池の水底には、何か巨大な生物の骨が沈んでいる。水の中で翼を広げているように見えた。

 手にしていた鳥籠を置き、生した苔に滑らぬよう注意しながら、運びは岩を渡って驢馬の元へと戻る。自分の身の丈ほどもある大きな布の包みを降ろした彼は、荷物が苔や泥に擦れるのも構わず引きずって再び水際に臨んだ。痩身が人に与える印象のとおり非力な彼にはなかなか時間のかかる作業だったが、誰も文句を言う者はいなかった。

 包みを括っていた縄を解き、布を勢いよく引っ張る。中身が転がり、大きな音と水飛沫を上げて水中へと躍り出た。沈んでいく黒い翼はドレスの裾や袖のように揺れながら、水底の骨に寄り添うように――……

 顔に跳んできた水を拭い、一息ついた運びは鳥籠の扉に手をかけた。こちらは小気味よい音を立てて簡単に開く。

 空に向かって掲げられた籠が、カタンと揺れた。

 乱雑に突っ込まれた紙は次々に身を(もた)げ、小さな出口に殺到する。勢いとは裏腹にとても静かに、紙はするすると籠を飛びだし蝶へと姿を変え、晴れ渡る空へ舞い上がった。

 先代の魔女の力を受けた白い手紙の群れが、山を越えて方々へと旅立っていく。

 魔女が書く最後の手紙は、他の魔女へ宛てた己の訃報だ。遠く、西の渓谷にも飛んでいくだろう、と考えながら空に消える手紙を見上げ――山に埋もれて見える城へと視線を向け、〝運び〟は口を開いた。

「確かに運ばせていただきましたよ、レルレンの魔女。あとはどうぞ、旦那様んとこでごゆっくり」



 そう、これは悲しい娘の物語。

 東の山に住む、魔女の伝承。


 ――なあお前、知ってるかい、レルレンの山に魔女がいるんだと。

 ――へえ?

 ――なんでも一緒に住んでいた叔父を殺して、バケモノに魂を売り渡したって話さ。

 ――ほお。おっそろしい話もあるもんだねぇ……


 ……という、酒場での噂話。

「なんだいアンタ、あんな話に興味あんのか」

「いーえ。ちょっとね、化け物ってどんなもんだろって、思っただけです」

 ほろ酔いで話している男たちから視線を戻し、訝しがる宿屋の主に銀貨を渡しながら、青い目を細めて男は笑った。



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