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第5話 学園の世界樹

 食堂を出たところで、レオンは庭園の奥へ目を向けた。


 緑の枝葉が、屋根の向こうに広がっている。


「次は、あちらでしょうか」


「ええ。今度こそ」


 セレナは答えてから、少し笑った。


 正門から見えた。


 図書館の窓からも見えた。


 昼食の間も眺めていた。


 まだ、一度も下まで行っていない。


 二人は花壇に沿った道を進み、回廊の端を曲がった。


 そこで、レオンが足を止めた。


「……これは」


 目の前に、幹があった。


 今まで見ていた枝葉を支えるには、当然、それだけの幹がいる。


 分かっていたつもりだった。


 だが、近くで見ると、向こう側の景色が隠れるほど太い。


 地面へ張り出した根は、土の中へ潜り、少し先でまた姿を見せている。


 その間を避けるように、道が緩く曲がっていた。


 レオンは顔を上げた。


 枝が分かれる。さらに分かれる。


 葉の重なりの隙間から、午後の光が落ちてくる。


「遠くから見たときより、大きく感じますねえ」


「こればかりは、来ていただかないと」


 セレナの声には、少し得意そうな響きがあった。


   


 木陰には、ベンチがいくつも置かれていた。


 本を読む生徒。仲間と話す生徒。何もせず、枝を見上げている生徒。


 一つの木の下なのに、少し離れれば、それぞれ別の場所のようだった。


 レオンは、根を踏まないように道を選んだ。


 向こう側にもベンチがある。


 そこへ座る三人を見て、歩みを緩めた。


「おや」


 赤い髪のアルタンが、ベンチの端に腰かけていた。


 隣にはメイ。少し離れて、アミラが座っている。


 メイは大きな葉を一枚持っていた。


 落ち葉を拾ったのだろう。指で葉脈をたどり、光へ透かしている。


「これ、何枚あるんだろう」


「木についてるやつ?」


 アルタンが見上げた。


「うん」


「数えたら、卒業するな」


 メイは、手元の葉と枝を見比べた。


「一枚ずつじゃなくて、枝一本の葉を数えたら?」


「枝、全部同じじゃないぞ」


「じゃあ、太い枝と細い枝で分ける」


 アミラも上を向いた。


「数えてる間に、落ちてくるよ」


 一枚、葉が揺れながら降りてきた。


 三人が、目で追った。


「……そこは、だいたいで」


 メイは答えた。


 アルタンが笑った。


「じゃあ、すごくいっぱい」


「それは見れば分かる」


 メイの返事に、アミラも笑った。


 レオンは、セレナと顔を見合わせた。


 もう少しだけ、声をかけずにいた。



「この木の下で昼寝すると、頭がよくなるって話、知ってるか?」


 アルタンが言った。


 メイが顔を向けた。


「何時間くらい?」


「え?」


「何時間寝たら、どのくらいよくなるの?」


 アルタンは口を開き、それから閉じた。


「……そういう細かい話じゃなくて」


「寝すぎると、夜に眠れないよ」


 アミラが言った。


「だから、毎日ちょっとずつだな」


「アルタンは、やってるの?」


「まあ、たまには」


 アミラが、アルタンを見た。


 メイも見た。


「何だよ」


「効果、あった?」


 メイが真剣に尋ねた。


 アルタンは、膝の上で手を組んだ。


「……これから出る」


 セレナの肩が揺れた。


 その気配に、三人がこちらを向いた。


「あ。先生」


 メイが葉を持ったまま手を上げる。


 レオンも、笑って会釈した。


「こんにちは。お休みのところ、失礼します」


「先生も寝に来たの?」


「私は、案内していただいているところですよ」


 メイの問いに答え、レオンは隣のセレナを見た。


「ようやく、こちらまで来ました」


「ずっと見えてるのにね」


 アミラが言った。


「ええ。本当に」


 セレナは、深くうなずいた。




 三人のベンチから少し離れたところに、空いた席があった。


「少し、休みましょうか」


 セレナが言った。


 レオンはうなずき、本を膝に載せて腰を下ろした。


 木陰を、風が抜けていく。


 食堂から、たいして歩いていないはずだった。それでも日向から入ってくると、涼しさが心地よい。


「生徒の頃から、ここで休んでいらしたんですか?」


「ええ。友人と話したり、本を読んだり。試験前に、教科書を持ってきたこともあります」


「昼寝も?」


「……少しだけなら」


 二人は、そろってアルタンのほうを見た。


 向こうでは、まだ葉の枚数の話をしていた。


 メイが枝を指さし、アルタンが何か答える。アミラは、落ちてきた別の葉を拾ってメイへ渡した。


「ここなら、勉強もはかどりそうですね」


「風が強い日は、紙を追いかけることになりますよ」


「おや。それは経験がおありで?」


「ええ。友人と二人で」


 セレナは、少し遠くへ目を向けた。


「あの辺りまで走りました」


 レオンは、示された道を見た。


 それから、自分の膝の本を押さえた。


「気をつけましょう」


 セレナが笑った。




「これだけの庭園なら、学園の外の方も見てみたいでしょうねえ」


 しばらくして、レオンが言った。


「お祭りなどでいらした方には、喜んでいただけますよ」


「休日に、一部だけでも見学できたらよさそうですね。寮や教室に入らない道を決めて」


 セレナは、隣を見た。


 レオンは、木々の間に続く道へ目を向けている。


「入園料をいただけば、庭のお手入れ代の足しにもなるでしょうし」


「今度は、収入のお話ですか」


「ええ。お昼に、施設のよい使い方を教わりましたから」


 セレナは、先ほどの貴賓席を思い出した。


 追加料金のことまで、しっかり覚えているらしい。


「公開するなら、案内や警備の人手も必要ですね」


「そうですね。皆さんのお仕事を増やすだけでは、いけませんね」


 レオンは、少し考えた。


 向こうのベンチで、アルタンが顔を上げた。


「入園料、取るの?」


「そういう使い方もできそうだと、話していたんですよ」


「それなら、お茶も売れるな」


「食堂のお菓子も?」


 メイが尋ねた。


「持って歩けるやつ。ここで食べられるし」


 アルタンが答えると、アミラは足元へ目を落とした。


「ごみは、持って帰ってもらわないと」


 レオンとセレナは、同時にうなずいた。


 あの警備員なら、来園者にも同じことを言うだろう。


「それに、こういうところは二人で来る人も多いだろ」


 アルタンは、庭園の道を指した。


「ゆっくり歩いて、お茶飲んでさ」


 セレナは、隣で本を抱えるレオンを見た。


 レオンは、納得したようにうなずいていた。


「今日の私たちのような回り方ですね」


「……そうですね」


 セレナが答えた。


 アルタンの視線が、二人の間を往復した。


 何か言いかけた口が、閉じる。


 代わりにメイが聞いた。


「先生たちは、次どこに行くの?」


「宿舎のほうです。まだ、案内が残っていますから」


 セレナが答えると、アルタンは、うんうんとうなずいた。


「案内ね」


「ええ。案内です」


 レオンの返事は、少しも揺らがなかった。



 立ち上がる前に、レオンはもう一度、枝を見上げた。


 図書館で見た古い図にも、同じ場所に木があった。


 その下で誰かが本を読み、紙を飛ばされ、友人と話してきたのだろう。


「また、来たくなりますね」


「ええ。季節が変わると、景色も変わりますよ」


 セレナも、上を向いた。


 しばらく、二人は座ったままでいた。


 向こうでメイが、拾った葉を並べている。


「これ、持って帰ってもいいかな」


「落ちているものなら、少しだけね」


 セレナが答えると、メイは二枚を選んだ。


 アルタンが、その手元をのぞく。


「結局、何枚くらいありそうなんだ?」


 メイは大樹を見上げた。


「すごくいっぱい」


「それ、さっき俺が言ったやつ」


「数えるより、見てるほうが面白いね」


 アミラが言った。


 レオンはうなずき、膝の上の本を抱え直した。


 今日は、開かないままだった。

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