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第4話 学園の特別席

 食堂へ近づくにつれ、焼いたパンの匂いがしてきた。


 図書館では紙をめくる音がよく聞こえたが、


 こちらでは食器の触れ合う音に、生徒たちの話し声が重なっている。


 扉をくぐると、長い卓が並ぶ広間が現れた。


 高い窓。梁の見える天井。料理を受け取る列には、上級生も下級生もいる。


 皿を持った生徒が席を探し、仲間を見つけて手を上げた。


「今日は、いつもとは違うほうもご紹介しますね」


 セレナが言った。


 レオンはうなずきながら、配膳口の上を見ていた。


「……献立は、あとでも読めますよ」


「ええ。ですが、よい匂いがしますねえ」


 セレナも、つられて顔を向けた。


 本日の煮込み。焼き魚。豆と野菜のスープ。


 その隣に、丸いパンを描いた小さな札があった。


「あれが、学園名物の『大樹の包み焼き』です」


「大樹の?」


「上に、枝と葉の模様があるんです。中には肉と茸の煮込みが入っています」


 ちょうど、配膳口へ焼き上がりが運ばれてきた。


 丸く膨らんだパンが、いくつも並んでいる。


 焼き色のついた表面に切れ込みがあり、そこだけ少し濃く、枝葉の形を浮かび上がらせていた。


 レオンは、それを見送った。


「なるほど。木の下へ行く前に、こちらをいただくんですね」


「お昼ですから」


 セレナは、当然のこととして答えた。


   


 列に並ぶ前に、セレナはレオンを広間の端へ案内した。


 大食堂の奥へ向かう通路とは別に、扉が一つある。その脇には、小さな案内板が置かれていた。


「あちらには、来賓用のお部屋があります」


「理事の方々などが、お使いになるんですか」


「ええ。学園へお越しになったお客様との会食に使います。


 大食堂とは別に、落ち着いてお話ができますから」


 レオンは、案内板へ目を向けた。


 その日の利用についてと、料金が書かれている。


「普段も、使えるんですね」


「来賓の予定がない日に、席数を限って開けています。


 普通の食事代とは別に、追加料金がかかりますけれど」


 セレナは、開いた扉の向こうを見た。


 窓際に、小さな卓がある。


 白い布と、整えられた椅子。その先には庭園が見えた。


「今日は、空いているようですね」


 レオンも、中をのぞいた。


「なるほど。施設の有効活用ですねえ」


 セレナは、一拍置いてうなずいた。


「……ええ。それもありますね」


「こういう使い方なら、普段も手入れが行き届きますし」


「せっかくですから、今日は、こちらにしませんか」


 レオンは、料金をもう一度見た。


 いつもの昼食なら、十回ほど食べられそうだった。


 上着の上から財布のあるところへ軽く触れ、それから、窓際の卓へ目を戻す。


 少し考えてから、うなずいた。


「では、ご一緒させていただきましょうか」


「ええ」


 今度は、セレナの返事に間はなかった。



 部屋の利用を頼むと、係のメイドが献立を持ってきた。


 二人が扉の脇で待っていると、厨房へ続く通路を、大きな籠を抱えた警備員が通りかかった。


 籠には、土のついた根菜が詰まっている。


「おや。先生方、今日はそちらですか」


「ええ。学園をご案内しているんです」


 セレナの返事に、男はレオンと、その脇に抱えられた本を見た。


「それは、ごゆっくり」


 籠を抱え直し、厨房のほうへ向かう。


 男が通ると、配膳口へ出てきた料理人が声をかけた。


「それ、奥へ頼む。帰りに空の籠を持ってきてくれ」


「はいよ」


 慣れた返事だった。


 レオンは、その背中を見送った。


「こちらでも、お仕事ですね」


「食材の搬入もありますから。厨房だけでは、手が足りません」


「毎日、六百人分の三食ですものね」


「職員も食べますよ」


 さらに増えた。


 レオンが厨房へ顔を向けると、今度は大きな鍋を二人で運ぶ姿が見えた。


 その向こうでは、別の料理人が皿へ煮込みを盛っている。


「魔導具も使いますが、味を見たり、焼き具合を確かめたりするのは料理人です。


 そこへ来賓用のお料理まで、同じ厨房で作りますから」


「それで、こちらのお席も数を限っているんですね」


「ええ。空いているからと、いくらでもお客様を入れるわけにはいきません」


 そのとき、配膳口から声が聞こえた。


「これ、魔力がつくって聞いたんですけど」


「食えば急に強くなるもんじゃないぞ」


 料理人が、皿を持つ生徒へ答えていた。


「ちゃんと食って寝ろ。野菜もな」


「肉、もうちょっと――」


「まず、それを食べてからだ」


 レオンが、少し笑った。


「大事な指導ですねえ」


「先生が言うより、聞く子もいそうです」


 二人は顔を見合わせた。


 メイドが、二人へ献立を開いて見せた。


「包み焼きでしたら、本日は魔獣肉のものもございます」


 レオンの顔が戻った。


「おや。そちらには、書いてありませんね」


「よいお肉が入った日だけ、お出ししていますので」


 セレナは、レオンを見た。


「いかがですか?」


「ぜひ、いただきたいですねえ」


「では、私も同じものを」


 メイドはうなずき、二人を窓際の卓へ案内した。


    


 包み焼きを待つ間に、スープが運ばれてきた。


 野菜と豆の入った、湯気の立つ一皿だった。


 窓の外では、庭園の道を生徒たちが歩いている。


 大食堂のにぎわいは、こちらでは少し遠い。


 レオンは本を邪魔にならない場所へ置き、スプーンを取った。


 やがて、包み焼きが運ばれてきた。


 大食堂で見たものと同じ丸いパンが、縁に模様のある皿へ載っている。


 添えられた野菜も、彩りよく並べられていた。


 レオンは、パンの枝葉を眺めた。


「食べるのが、少し惜しいですね」


「冷めてしまうほうが、惜しいですよ」


「それも、そうですね」


 教わったとおり、上の部分を切り開く。


 湯気が、ふわりと上がった。


 濃い色の煮込みの中に、肉と茸が見える。香草の香りが、焼いたパンの匂いに重なった。


 レオンは一口食べた。


 少し待って、もう一口。


 セレナは、自分のパンを開けながら尋ねた。


「いかがですか?」


「これは、おいしいですねえ」


 レオンの声が、いつもより少し低くなった。


 切り取ったパンをちぎり、煮込みへ浸す。


 セレナも、一口食べた。


 肉には歯応えがあったが、煮込みの中でほどけていく。


 茸にも汁が染みていて、パンをもう一片、ちぎりたくなる。


 しばらく、二人とも料理の話しかしなかった。


     


「昔から、ある料理なんですか?」


 レオンが尋ねた。


「私が生徒だった頃にもありましたよ。人気のある日は、焼き上がりを待つこともありました」


「では、卒業した方にも懐かしい味でしょうね」


「ええ。お客様として来ても、これを頼む方がいるそうです」


 セレナは、皿の上へ目を落とした。


「立派な料理もいいですけれど、覚えている味を食べたいこともありますから」


 レオンは、うなずいた。


「今日、ご案内していただいてよかったです」


 セレナが顔を上げた。


「そうですか?」


「ええ。建物だけ見ていては分からないことが、ずいぶんありました」


 レオンは、空になりかけた皿を見た。


「これを毎日、大勢の分だけ用意してくださるんですものね。ありがたいことです」


「……そうですね」


 セレナは、その視線を追った。


 それから、自分の皿へ戻す。


 パンの底には、まだ煮込みが少し残っていた。


「そこも、おいしいですよ」


「ええ。残すわけにはいきませんね」


 レオンは、慎重に底のパンを切り分けた。


 セレナも、最後の一口を口へ運んだ。


     


 食後のお茶が来る頃には、空腹も、歩いてきた疲れも落ち着いていた。


 レオンは、窓の外を見た。


「よいお席ですねえ」


「気に入っていただけました?」


「ええ。おいしい料理をいただいて、ゆっくりお話もできますし」


 セレナは、カップを持つ手を止めた。


 レオンが、こちらへ顔を向ける。


「また、ご一緒していただけますか」


「ええ。もちろんです」


 答えてから、セレナはお茶を一口飲んだ。


「次は、私が空きを確かめておきますね」


「ありがとうございます」


 レオンは安心したように笑い、脇の本へ手を伸ばした。


「それで、先ほどの回廊ですが」


 セレナは、ゆっくりカップを置いた。


 開かれた本が、二人の間へ寄せられる。


 図書館で続きを話したかった頁だった。


「……ええ。こちらですね」


 セレナは椅子を少し寄せ、図をのぞき込んだ。


 今度は、隣にお茶がある。


 窓の向こうで、大樹の枝葉が揺れていた。

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