赤倉・軽井沢編 2日目その1 〜自己をメタ認知することは大事なことかもしれないが…〜
昨夜の心配事も解消し、何回も露天風呂にゆっくり浸かっていたため熟睡でき、気持ちよく目が覚めた。昨日の早朝出発による寝不足は取り戻せたようだった。
2日目の朝、8時半から朝食なので、7時に起きて露天風呂に入った。昨夜ぬるめに調節してあったため、ゆっくりと湯船につかった。
露天風呂からは、右奥に野尻湖が眺められ、正面には斑尾山がしなやかにそびえたっている。湿度が高いためか、景色全体が霞んで稜線がはっきり見えなかった。
テラスのすぐ下は、冬場にはスキーのゲレンデになるであろう草原が緩やかなスロープを成していた。そこに張られたリフトは、稼動しておらず、リフトの支柱が生い茂った草叢に突っ立っていた。
草叢に 手持ち無沙汰で 無表情
そういえば、学生の頃、このスキー場に来たことがあり、広いゲレンデの真ん中に鎮座したこのホテルの横を滑り降りながら、
「将来、こんな素敵なホテルに宿泊してみたいな。」
と貧乏学生の私が夢想していたことを思い出した。そんな風に多くのスキーヤーから注目されるホテルなので、スキーのシーズンに露天風呂に入っていたら、スキー客から丸見えになってしまうだろうな、とテラスの籐の椅子に背もたれながらぼんやりしていた。
朝食の予約時間になったので、私は、古着屋で買ったTシャツにチノパン、家人は、ラルフローレンのボタンダウンシャツにデニムというラフな格好で朝食会場に向かった。
このホテルでの朝食は、いつもダイニングでアメリカン・ブレックファストをいただくのだが、家人がYouTubeで視聴した、このホテル自慢のフレンチトーストを今回は食べようと、ブュッフェにしてみたのだ。
しかしながら、本来私たちは、ブュッフェを好まない。その理由はそれぞれ違う。
家人の理由は、感染症予防である。元々循環器に持病があるため、コロナ禍以降ブュッフェから遠ざかっていた。
私の理由は、家人とは違い、まったく個人的な理由である。
朝ブュッフェ 浅ましき欲 もたげたり
元来、食いしん坊で、自意識過剰な私は、食べたことのない料理や食材を見たり、聞いたりすると、その味を知りたくて、食べたくて堪らなくなる性分なのである。それならば、いろいろな料理がたくさん並んでいるブュッフェが大好きなのだ、と思われるだろう。
ところが、これも食べたい、あれも食べたいと料理を漁るように皿に盛り、その皿が何皿もテーブルに並べてしまう自分を、卑しく情けない奴だ、と感じ、自己嫌悪に陥ってしまうのだ。だから、私は、自分をそんな意地汚く、さもしい輩にさせるブュッフェを好きになれないのだ。
気がつけば 誰がこんなに 食べるのだ?
朝食後、案の定、食べ過ぎた腹をかかえて部屋のベッドで苦しむ私を、
「だから、そんなに食べたら後が大変よって言ったのに」
と家人は白い目で眺めながらあきれていた。
パンパンのお腹をかかえたまま、11時にチェックアウトして次の旅行先である軽井沢に向かった。昼を過ぎてもまったく腹の状態は改善されず、昼食抜きでホテルにチェックインした。
小倉百人一首に収められた喜撰法師の和歌をパロって一首
我が胃袋は朝餉をたくさんしかと食う
予を意地汚いと人はいうなり




