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赤倉・軽井沢編 1日目その3 ~美味しい食事とホテルのホスピタリティの大切さが身に染みた~

 「シャンパン忘れ大事件」後、私は、飼い主のご機嫌を伺うチワワのように家人に接していた。そして、ディナーの時間となった。


 家人は、昨年アウトレットで購入したディナー用の花柄ワンピースに着替え、ラメ入りベージュのサンダルを履いた。私は、チェックの黄色のシャツに、先日ユニクロで買った「感動パンツ」を履き、20年以上前に購入した麻の紺ブレを羽織った。靴は、8年前に昇進祝いに家人がプレゼントしてくれた茶色の革靴を履いた。2人とも高原リゾート用の装いである。家人と手をつなぎ、というよりも、脚の悪い家人の手を引き、いつも以上に足元を気にしながらメインダイニングに向かった。

 受付で部屋番号と名前を告げ、席に通された。席に座り、コースメニューの説明を聞いた。スープは「冷製コーンスープ」であったが、2人とも追加料金の必要な「ビーフコンソメスープ」に迷わず変更した。料亭の腕の見せ所が「お椀」であるように、フレンチレストランのそれが「コンソメスープ」なのだ。しかし、コンソメスープをメニューに記載しているフレンチレストランは意外に少ない。言い換えるならば、コンソメスープをメニューに載せている店は、味に自信があるということであろう。さらに、メニューにはなかったが、「チーズの盛り合わせ」を前菜として頼んだ。家人はチーズをつまみながら白ワインを飲むのが好きなのである。

 家人はもちろん白ワインを注文し、私は、ウーロン茶を頼んだ。(ここのジンジャーエールはW社のでないことを私は知っていた。)ドリンクが運ばれて来たので、今年もまたここに来られたことを祝って乾杯した。

「美味しい。」

と言う家人の顔を伺うと、顔がほころんでいた。ここのグラスワインは当たりのようである。ひと安心した。

 前菜が2品続いた。1品目は鮭料理、2品目は鮎料理で、どちらも今まで食べたことのない料理でたいへん美味しかった。このダイニングでもう何回も食事しているが、今までで一番おいしいように感じた。家人も同様に思っていたようで

「料理長が代わったのかしら。」

と小声で言った。

「そうかもしれないね。聞くわけにもいかないけど。」

 このホテルには、洋食が2カ所、和食は1カ所の食事処がある。ある時期には、洋食に満足できず、和食ばかり食べていたこともあった。今日の料理は、なかなかやるではないか、と唸った。

「そういえば、ホテルマンのホスピタリティが以前よりもよくなっているよね。」

「わたしもそう思っていたの。インバウンドの影響でホテルが乱立し、接客態度が低下したホテルが多いけど、ここはその逆ね。」

家人は、ワインのおかわりをした。有り難いことに、ますます家人の機嫌がよくなってきている。ホテル様様である。

 給仕係が前菜の皿を片付ける際に、スープ用のスプーンをコンソメスープ用の大きなスプーンに交換していった。それを見た家人は、そのスプーンを手に取って左目にあてがい、

「視力検査が出来そうね。」

とおどけて言った。

「そうじゃないだろ?」

とツッコむと、

「そうだった。こっちだった。」

と右目をスプーンで隠した。私は、もう大丈夫だ、と安堵した。


フレンチや 給仕とともに 大殊勲


 コンソメスープの大皿が運ばれ、続いてコンソメスープの入った銀製容器を持った給仕がお玉で皿にスープをよそった。店のプライドを示す料理には、こういう儀式が大切である。

 琥珀色に澄み切ったスープを大き目のスプーンですくい、口に流しこんだ。雑味をまったく感じない牛肉の旨味に、玉ねぎやにんじんなどの野菜の甘みが重なり、じんわりと口いっぱいに広がった。後味はさっぱりとしていて、スプーンが止まらなかった。家人を見ると家人もこちらを見て、左の人さし指を頬に当てグリグリして微笑んでいた。

 ここで、あることを思い出した。

「スープは、すすってはいけないのよ。」

これは、交際が始まった頃、家人から教わったスープを飲むときのエチケットである。スープの飲み方にそんな流儀があるとは知らなかった。そんなことを思い出せるような冷静さが、私に戻ってきた。だが、安心してはいけない、と自分に言い聞かせた。

 家人が和牛、私が鴨の、メインディッシュも食べ終わり、デザートとコーヒーで、しばらくディナーの余韻を楽しんだ。

 レストランを出ると、高原の夜はとっぷりと更けていた。宿泊棟に向かう渡り廊下を、家人の手を引きながら歩いていると、妙高山から吹いてくる涼しい夜気を含んだ風が心地よかった。


 凍りつく 身体をほぐす 山夜風  

 食後、部屋に戻って何回も露天風呂に入り、食前の冷や汗、脂汗を流した。家人の機嫌は「あれは何だったんだ?」と言いたいほど良くなっていた。怒っても長引かないのが、家人のいいところである。

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